甘い香りは罠の味
ゴーレム坑道を抜けた先は、山頂の崖の下だった。
崖からは遠くに広がる森にばかり見てたけど、いざ下に出ると結構な広さのある開けた場所だった。
がけ崩れの影響か、むき出しの地面に所々岩が突き刺さり、草は全く生えていない。
他にも砂の山があったり、倒木もたくさんあった。
普通のがけ崩れだったらもっと砂とかたくさんあると思うんだけど、ここは不自然なほど平だね。
本当に何があったんだろう。
僕たちが戦ったテンペストバードの幼体でここまでできるのかな。
できたとしたら、僕たちはどれだけ格上のモンスターと戦ってたんだろう。
どちらにせよ2度と戦いたくないけどね。
「ミヤビちゃん。吸血バタフライを探しに森に行く?」
「はい。お願いします」
「倒し終わったら坑道を通って南に出て、イタズラモンキーを倒せばいいよね」
「そうですね。数も少ないのですぐに終わります」
「そうだね」
何も起きなければすぐに終わるけど、どうなることやら。
東の森に行けばPKに襲われていたミヤビちゃんと出会ったし、北の山に登ればテンペストバードやアイアンゴーレム。
何も起きなかったのは西の海岸ぐらいかな。
しのぶさんとの出会いをカウントするなら別だけど。
何も起きないことを祈ろう……。
そんなことを考えながらミヤビちゃんを連れて森に入った。
ここは東の森よりも木が密集している感じがするよ。
東の森には道があったから人の手が入ってるんだろうけど、ここは山の向こうだから手付かずなんだね。
草も背が高いし、蔦も木に絡まってるし、薄暗い感じがちょっと怖い。
「甘い匂いがします」
「何だろうね」
道無き道を進んでいくと、甘い香りが漂ってきた。
ミヤビちゃんはスンスンと匂いを嗅ぎ、シロツキもそれに続いた。
お菓子の家でもありそうなぐらい甘ったるい匂いだよ。
実際にあったら蟻が群がってそうだけど。
甘い匂いに包まれながら少し進むと、樹液を飲んでる白っぽい鳥が2羽いた。
その鳥は体長20cmぐらいで、2羽とも木にできた穴に顔を突っ込んでる。
今なら後ろから一方的に攻撃できるね。
「繰り……っ?!」
「え?!」
アザレアに糸を繋ごうとした瞬間、樹液を出してる木の枝がしなり、樹液を飲んでいた白っぽい鳥を絡め取った。
木の幹には顔のような亀裂が入り、薄っすらと赤い目が見える。
この木はモンスターで、樹液を使って獲物を引きつけてるんだね。
「オキナさん。どうしますか?」
「今はまだ気づかれてないみたいだから様子を見よう。繰り糸。魔法少女の杖・火」
念のためアザレアに糸を繋いで、魔石も火に変えておくけどね。
動く木と白っぽい鳥の様子を見ていると、締め付けられた鳥のHPバーが砕けって光になった。
モンスター同士での戦闘でもHPバーが見えたし、倒されたら光になるんだね。
捕食シーンを見たいわけじゃないからこれでいいんだけど、モンスターもレベルアップとかあるのかな。
だとしたらたくさんのモンスターを倒しているモンスターは強い可能性が出てくるし、一定レベルに上がれば進化するのかもしれないね。
まぁ、全部予想だけど。
動く木ことトレントは、白っぽい鳥を倒すと顔のような亀裂がなくなり動かなくなった。
獲物を待ってるんだね。
とっさに動けないだろうから、攻撃するなら今かな。
「戦ってみる?」
「はい。やってみましょう」
ミヤビちゃんが槍を持った手に力を込める。
僕はアザレアで援護かな。
シロツキとアザレアは定位置から降りて、地面に伏せるようにしてトレントを覗き込んだ。
2頭様子を見るみたいだね。
「いつでもいいよ」
「では、行ってきます。突撃!」
槍の先からミヤビちゃんの体を包むように青白いオーラが出てきて、一気に加速した。
トレントはいきなり出てきたミヤビちゃんに驚いたのか、枝を動かさなかった。
ミヤビちゃんは一直線にトレントに向かう。
槍が後少しで届くというところでミヤビちゃんの小さな体が跳ね飛ばされた。
トレントの足元から根っこが槍のように突き出ていて、ミヤビちゃんはそれをカウンターで受けたみたいで、HPが4割も減っていた。
「人形の館!クローバー来い!繰り糸!」
急いでクローバーを出して、ミヤビちゃんの元に移動させる。
そして、即座に慈愛と救済の右手で回復する。
「こっちだ!ボール!」
トレントの前に出て、アザレアの杖から火の玉を飛ばす。
木だから枝や根っこで弾かれたとしてもダメージが通りそうだよね。
火の玉の行方見ていると、トレントのひび割れた口から樹液が飛ばされボールに当たった。
すると、ジュゥゥゥゥという音を立てながらボールが消えた。
枝でも根っこでもなく樹液で対応されるとは思ってなかったよ。
「ランス!」
今度は速度重視で火の槍を飛ばした。
すると、ボールの時よりも多い樹液を一点集中するかのように放ってきた。
小さな鉄砲水が火の槍に当たると、ボールの時と同じように蒸発する音を立てて消えた。
ランスもダメか……。
火で攻める相手じゃないのかな。
「魔法少女の杖・風!」
水や土は光は効果がなさそうだし、風で葉が吹き飛ばされるイメージがあるからこれにした。
「ボール!」
案の定樹液を飛ばてこなかったけど、今度はいくつもの根っこを壁のように突き出してボールを受け止めた。
と言っても根っこの壁は数本抉れていて、トレントのHPも2割ほど減っていた。
このダメージなら問題なく倒せるね。
「やぁ!」
もう一度ボールを放とうとしたら、ミヤビちゃんが横から槍を突き入れた。
槍はトレント幹に突き刺さり、抜いたところから樹液が出てきていた。
ミヤビちゃんは慌てて跳び退いて距離をとった。
これでトレントのHPは残り半分を切った。
僕とミヤビちゃんなら余裕で倒せそうな相手だけどね。
迫る枝を掻い潜って近づき、地面から生えてくる根っこの槍を盾で受けながらミヤビちゃんは本体のところに進んだ。
横薙ぎに振るわれた槍のせいで体が大きく歪むトレント。
その隙だらけな体にボールを当てると、HPバーが砕け散って光になった。
それと同時に周囲を満たしていた甘い香りも消えた。
甘い香りはトレントの樹液の香りで、近くにいるときは香りに気をつければ良さそうだね。
ただ、動いてなければすどれがトレントかわからないから、それ以上の警戒はしないことにした。
できる対策としたら、少しでも木がない場所に移動することだけど、正直どこに進めばいいかわからないよ。
とりあえず北上し続けることになったよ。
少し歩いているとさっきと同じような甘い匂いが漂ってきた。
この辺にトレントが居るってことだね。
盾をしっかりと構えたミヤビちゃんと周囲を探してると、ミヤビちゃんに見せないほうがいいかもしれない光景があった。
さっきと同じように樹液を出す木があったんだけど、それに群がってるのは白っぽい鳥じゃなくて、5匹の茶色い芋虫だった。
芋虫はトレントが出してる樹液以外にも、木に穴を開けて飲もうとしていた。
トレントの天敵なのかな。
「ひっ?!」
この光景にミヤビちゃんが気づいて……固まった。
ロックワームでさえ立てに隠れるミヤビちゃんなので、この反応には納得だよ。
それにしても、ミヤビちゃんは蝶々を狩る時に芋虫が出ることを考えなかったのかな。
吸血バタフライが成長で生まれるんじゃなくて、ポッと出現すると思ってたのかな。
もしかしたら別の個体なのかもしれないけど、どっちにしろミヤビちゃんにとっては関係ないよね。
そこに芋虫がいるから。
探せばサナギも見つかるかもしれないけど、その時はミヤビちゃんに伝えないでおこう。
固まるだけならまだいいけど、暴れられたら困るからね。
とりあえずミヤビちゃんを後ろに下がらせて様子を見ることにした。
そろそろ、トレントが動くんじゃないかな。