撤退
修道服の後ろ側の先が少し焦げたクローバーを動かしてナックルを回復させた。
ナックルの方を向かせてるから、焦げている部分がしっかりと見えるのが心にくるよ。
替えがあるとはいえ、結構ショックだよ。
うららさんに頼めば直るかな……。
クローバー服のことは後で考えるとして、今はこの状況をどうにかしないと。
レイドバトルエリアの帯に書かれている時間は後3分ちょっと。
これが0になったら逃げられるのか、それともエリア全体に雷が落ちて全員死ぬのかはわからないけど、高いところにいるテンペストバードを攻撃するのは難しいんだよね。
アザレアの魔法かクローバーの腹部機巧ぐらいしか思いつかないよ。
ミヤビちゃんは嵐のせいでシロツキに乗って飛べないし。
だから、雷に当たらないよう逃げ回るしかないかな。
「どうする?」
「どうなるかわからないけど、時間いっぱいまで雷を避けるしかないんじゃねぇか」
「それしかないよね……」
ナックルは雷を弾いたり、素早いから避けれるんだろうけど、僕にはできないよ。
運動神経は良くも悪くもないけど、前兆があるとはいえ避けれる気がしない。
服が濡れて重くなってなくても同じだよ。
「……私が、守ります!」
僕の葛藤がわかったのか、ミヤビちゃんが胸の前で両手を握って気合を入れていた。
槍と盾は持ってないし、地面にも置いてないからアイテムバッグに収納したんだと思う。
軽量化かな?
「えっと……ありがとう……」
「俺も守ってやるぞ!できるだけ弾くからな!」
「ナックルもありがとう。ちなみにミヤビちゃんは雷を弾けないの?」
盾なら防いだり弾いたりできそうだけど。
ミヤビちゃんは握った手を解いてちょっと落ち込んでしまった。
「えっと、できません。こ、怖いので……」
「そっか。じゃあ頑張って避けようね」
「はい!」
雷は怖いよね。
仕方ないよ。
「ピュイィィィィィィィ!!!」
ナックル達と話していると、いつの間にかテンペストバードがこっちに来ていた。
嵐のせいで風と雨の音が強くて、羽ばたく音が全く聞こえてなかったよ。
テンペストバードは飛びながら、体から電撃を飛ばしていた。
その電撃は雷ほど早くはないけど、不規則に飛んでるし、落下位置も光らないから避けにくそうだ。
「行くぞ!」
ナックルがテンペストバードを迂回するようなルートで走り出したので、クローバーを拾って追いかける。
ミヤビちゃんは僕を突き飛ばすためなのか、ピッタリ後ろを追いかけてくれてる。
「ふっ!はっ!」
テンペストバードが放ってる電撃とは別に雷が落ちてくるので、ナックルはそれを殴って弾きながら進む。
そのおかげで前方の雷はなんとかなってる。
ただ、ナックルが通った後に僕に向かって落ちてくるような雷もあるわけで、それに関してはミヤビちゃんが引っ張ってくれたり、突き飛ばしてくれるから何とか避けれてる。
テンペストバードと距離が開いたので6人パーティの方を確認すると、なんとか生き残ってるみたいだけど、岩陰に隠れたり崖を見下ろしたりしていた。
もしかして崖から逃げれるか確認してる?
確かにレイドバトルエリアが円形なせいで、崖の先に帯があるから逃げれなくはないと思うけど、断崖絶壁だったからどちらにせよ死ぬんじゃないかな。
ミヤビちゃんがシロツキ達に乗れば、滑空するだけでいける気がするけど確証はないし、失敗したら真っ逆さまだから勧めれないよ。
僕も崖に糸をつけて伸ばせば降りられるかもしれないけど、やりたくないしね。
「ピュイィィィィィィィ!!!」
テンペストバードは僕たちの方へ移動して来ているので、背後から電撃の音が聞こえてくる。
大きい音が聞こえるたびにミヤビちゃんが「ひっ」とか「きゃっ」とか「ひぅっ」て言うせいで、緊張感がなくなったよ。
電撃を放ちながら飛んでいるので、だいぶ低いところまでテンペストバードは降りて来ている。
なので、クローバーに拾った石を渡して、パチンコで狙わせてみた。
「ギュアアアアア!!!」
パチンコで放った石は、寸分の狂いもなくテンペストバードの眉間に直撃したけど、HPは全く減っていない。
それでも攻撃されたことに怒ったのか、テンペストバードが移動をやめて大きく息を吸い込んだ。
そのせいで胸が大きく膨らんでるよ。
「おい!なんかヤバいぞ!」
「あ、あの岩に隠れましょう!」
「あ!待って!」
胸が膨らんだテンペストバードを見たナックルとミヤビちゃんが勢いよく駆け出して、前方にある大きな岩の陰に隠れた。
僕が見ても何かマズイことが起きそうなのはわかる。
だから、一目散に逃げたんだろうけど、僕の速度だと2人に置いていかれるし、岩陰には間に合いそうにないよ!
「そうだ!繰り糸!」
左手でクローバー接続していたので、右手の人差し指と中指から糸を出して、隠れる予定の岩にくっ付ける。
そして、糸を縮める!
「うぉぉぉ?!……ぐっ!!」
糸を2本出したせいか、とても勢いよく移動できた。
そのせいで右肩から岩にぶつかったけど、おかげでナックルとミヤビちゃんより早く岩にたどり着いたよ。
「ずるいぞ!」
「お、オキナさん、速いですね」
僕が岩陰に隠れてすぐに2人も来た。
僕からすればナックルが雷を弾けることがズルく感じるよ。
「ギュオオオオ!!!」
ミヤビちゃんが岩陰に隠れて数秒後、岩を竜巻が襲って来た。
さっき息を吸い込んでたから、これがテンペストバードのブレスなんだね。
僕達は岩のおかげで直撃していないんだけど、竜巻の中で放電が起きてるため徐々にHPが削られていってる。
なので、3人と2頭でクローバーを囲むようにして、慈愛と救済の右手で回復しながら収まるのを待つ。
ピリピリとするだけなのに継続してダメージが入るので、何とか回復で保っている状態だった。
僕が攻撃したからだよね。
失敗したなぁ。
竜巻が収まったので、そーっと岩陰からテンペストバードを見る。
その胸は膨らんでいなかったので、とりあえずは安心かな。
「うぉぉぉ!逃げれる!」
「やったぁ!」
「早く逃げよう!」
テンペストバードを警戒していると、さらに向こうで6人パーティのメンバーがはしゃいでいた。
どうやらカウントダウンが終わって逃げれるようになったらしい。
ただ、テンペストバードの様子は変わっていないので、何のためのカウントダウンかはよくわからない。
テンペストバードの雷モードが収まると思ってたんだけど、今もバチバチしてるし。
「何のカウントダウンだったのかな」
「逃げられないようにするためだけなら微妙だよな」
「ゴアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
「何?!」
「びっくりしたぁ!」
「せ、セルゲイ団長?!」
ナックルと話しているとテンペストバードではない野太い咆哮が聞こえてきた。
その声に驚いている僕とナックルだけど、ミヤビちゃんには予想がついているみたいで、ノース竜騎士団のセルゲイ団長らしい。
空を見上げると20mはある赤い竜が飛んでいた。
僕達は竜のお腹しか見ることができないので、セルゲイ団長が乗っているのかはわからないけど、たぶん乗ってるんだろうね。
赤い竜がテンペストバードを見ると纏っていた電気と風が消え、テンペストバードが反転して北に向かって飛んでいった。
赤い竜はテンペストバードを追うことなく、山頂をチラッと見ると空高く飛び、雷雲の中に消えた。
しばらくすると轟音が鳴り響き、テンペストバードが集めた雲が弾け飛んだ。
雲の中で何かが破裂したのか、周囲に広がるように爆発したよ。
雲の中に開いた穴から見える星空は綺麗だね。
「グルルルルル」
赤い竜は、喉を鳴らした後街に向かって飛んでいった。
その背中に赤い鎧を着たセルゲイ団長が乗っているのが見えた。
ミヤビちゃんもセルゲイ団長が見えたのか、大きく両手を振っている。
「これで終わりなの?」
「さぁ?」
レイドバトルエリアの帯を見ると、徐々に薄くなっていき、やがて消えた。
すると、目の前にウィンドウが現れた。
『テンペストバードが逃走したため、レイドバトルが終了しました』
終わりらしい。
負けなかったからいいかもしれないけど、倒せてないし釈然としないものがあるね。
カウントダウンは団長が山頂の異変を聞いてから出撃するまでの時間でした。
街の近くで大型のモンスターが暴れている場合、騎士団が出撃することになってます。
テンペストバードはまだ幼体なのでセルゲイ団長の竜には勝てないと悟り、逃げました。
目指す先は母親のところです。
一年中嵐が止まない島に向かいました。
リザルトは次回です。