ゴムの替わりに
街に戻った僕達は冒険者ギルドへ向かう。
ボートは砂浜に停めた時と同様に、収納せず5m離れた。
港ではボートを持ち上げてアイテムバッグに収納する猛者もいたんだけど、それが細身で背の高い女性だったから全員で呆然としてしまったよ。
それに気づいた女性が両腕をムキッとさせてこっちを見てきたんだけど、全然盛り上がってなかった。
女性が去ってからミヤビちゃんも挑戦したんだけど持ち上がらなかった。
だから、あの女性は純粋な近接戦闘職だと思うんだけど、鎧を着ていなかったから本当のところはどうなのかわからなかいね。
見た目で判断できないからムキムキでボディビルダー張りの人が魔法使いの可能性もあれば、しのぶさんのように全身で職業を表している場合もある。
驚かないようにするにはどうしたらいいんだろう。
「着いたー!」
「それじゃあ魔力水を飲んだ後、掲示板を確認してから出たところ集合で」
「私は倉庫にアイテムを預けますね!」
「私もー」
「私もです!」
「私は夕食の時に工房のアイテムボックスを使わせてもらいます」
「僕もうららさんと同じタイミングで整理します」
僕とうららさん以外は倉庫にアイテムを預けるみたいなので、魔力水を飲んだ後分かれた。
全員に工房の鍵を渡してもいいんだけど、それは皆から言われたらにしよう。
今のところ生産設備を使う人だけだからね。
うららさんと一緒に掲示板のところへと向かい、それぞれクエストを確認する。
北の鉄鉱山を越えた先にある森のクエストも増えているし、南の孤島よりも更に先の海で手に入るアイテムを求める物もあった。
西の岬の先については、まだ無い。
東の森を抜けた先に広がる草原についても同様だ。
街中のクエストでは配達や生産の手伝い。
お店の売り子に何かを調べるクエストがある。
地下道の清掃や料理の試食、子守に船の整備など雑多なものがたくさんあるけど、そのほとんどが常時クエストになっている。
時間限定のクエストもあるから、そういったものは他より報酬がいい。
一部のクエストにはそのクエストを効率よくするためのスキル付き道具の貸し出しもあるし、高難易度のクエストに関してはスキルオーブ支給となっている。
推奨レベル30の掃除って何を掃除するんだろう。
ゴロツキとかいうレベルじゃ無いと思うんだけど、メルカトリア人が相手だったら妥当かもしれないね。
「ん?うららさん。このクエストを見てもらってもいいですか?」
「わかりました」
気になったクエストがあったのでうららさんを街中の掲示板に呼んだ。
そのクエストはさっき戦ったモンスターの素材を集めるものだったけど、依頼主が気になったからだ。
『職業クエスト:真っ当な理由で触手が欲しいです!
依頼者:キルト(裁縫師)
内容:裁縫師のキルトだよー。
花クラゲの触手が30個欲しいので、持ってていらない人よろしく!
店売りで20Gのところ、私に売れば2倍!
数を集めるのは受けてくれた人に任せるから、この値段は手間賃だと思って!
イソギンチャクの触手はいらないので、そこのところ気をつけてくださいね!
納品はギルドによろしくです!
アデュー!
報酬:1200G』
裁縫師が張り出したクエストだからうららさんに伝えるべきだと思ったんだけど、クエストを見たうららさんは小首を傾げた。
花クラゲの触手はこのキルトさんが個人で楽しむためのものだったんだろうか。
真っ当な理由って書いてあるので生産だと思ったんだけど、もしかしたら料理かもしれない。
「う〜ん……。あ、これですね。花クラゲの触手はゴムの代わりに使えるみたいです」
「ゴムの代わりですか。なら、イソギンチャクは別の用途ですか?」
「イソギンチャクの触手は花クラゲの触手よりも硬いみたいです。武器や道具の滑り止めに使えそうだと書かれています」
「なるほど」
確かに両方伸び縮みしたけど、花クラゲの触手はたくさん伸びた分柔らかかった。
イソギンチャクの触手は鞭のようにしなるからそのまま武器としても使えるだろうけど、相手を搦めとる物だったから滑りにくい。
イソギンチャクを滑り止めに使うことに少し抵抗はあるけど、肌触りが普通のゴムと一緒だったら問題なさそうだ。
束ねたら牽引等にも使えそうだしね。
「うららさんが使うなら僕が手に入れた花クラゲの触手を渡しますよ」
「そうですね……。ゴムがあれば色々作れそうですし、頂いてもいいですか?」
「どうぞ」
流石にこれを手渡しするのは無いので、取引で花クラゲの触手を渡し、代金はこれから先何か作ってもらうことで納得してもらった。
今後もいろいろ作ってもらうだろうし、僕が使わない素材ならいくらでも渡すよ。
「お待たせー。何かいいクエストあったー?」
「いや、特に目ぼしいものはなかったよ」
「だよねー。討伐系や素材は数が必要だし、簡単にはいかないよねー」
掲示板を見終わって外で待っているとセインが出てきた。
僕が受けたことで無くなったクエストについて聞いているんだろうけど、あいにくといいクエストはなかった。
街の外だと討伐と採取が殆どだから時間がかかるんだよね。
アイテムを届けるとかだったら受けても良かったんだけど、ないものはどうにもできないから、結局僕とうららさんはクエストを受けなかった。
そして、それはセインも同じみたいだ。
「お待たせしました!」
「いやー!いいクエストがなかったので受けてきませんでした!」
「私もです!」
ミヤビちゃんとしのぶさんも受けなかったみたいだね。
今から東の森へ行くのは痺れハチミツが目的だから、討伐も採取も受けづらい。
出会ったモンスターを全部倒して、戻ってきてから納品系のクエストをクリアするぐらいだ。
「それじゃあ行こー!」
「はい!」
セインの掛け声にミヤビちゃんが返事をして歩き出し、東門を出てヌシ釣りの森へと向かう。
自動行動をし直した騎士人形とシロツキ達のお陰で、僕達の目の前で戦闘が起こることなく森にたどり着いた。
騎士人形は形だけなんだけどね。
騎士人形が戦うってことは目の前にモンスターがいるということだから。
「このまま森に入るの?それとも一旦夕食?」
「夕食にしては少し早い気がするけど……」
「そうですね。もう少し時間を潰したいです」
「そうですね!」
「晩御飯まで時間があります」
ヌシ釣りの森には思ったより早く着いてしまった。
アイテムの整理のために工房へ行ってもいいんだけど、すぐに終わりそうなんだよね。
食堂でまったりするのもありかもしれないけど。
全員で微妙な時間をどうするか考えていると、目の前で湖の守護者が水飛沫をあげながら飛び上がった。
そして、空中にいる湖の守護者に対して殺到する魔法やスキルによる攻撃。
空中で避けることができなかった湖の守護者は、飛び上がった場所から少しズレて水中へ落ちていった。
戦っている人たちはそれを追うことなく水中を覗けるところまで進み、スキルや魔法を放つ。
湖の主も反撃として水を噴射して応戦しているんだけど、周囲が水浸しだ。
近くで観戦している人たちはキャーキャー言っていて楽しそうだけどね。
「私達も戦おう!」
「いいですね!このメンバーなら瞬殺できそうです!」
「私は大丈夫です!」
「僕も大丈夫だけど、うららさんは戦えそうですか?」
「周囲の木を使ってしのぶさんの足場を作るので大丈夫です」
セインの言葉でみんながやる気になったんだけど、湖の守護者は大きいからうららさんの糸では縛れそうにない。
念のため確認したら足場に専念すると言われた。
シロツキ達が水中で挑発して飛び上がらせれば攻撃のチャンスだし、いいんじゃないかな。
あれ?
もしもこれでスキルオーブが出たら東西南北コンプリートだ。
それなら一回で出てほしいな。