ボートの上の戦闘に難あり
ミヤビちゃんが指差した方向から来るのは魚のモンスターだった。
夜の海岸で戦って先端がドリル状になった魚ではなく、ヒレが刃になっている魚だった。
背ビレと左右のヒレに加えて尾ビレも鋭く尖っているんだけど、あれを捕食するモンスターは口の中がズタズタにならないのかな。
「ブレードフィッシュです。すれ違いざまに切りつけて一撃離脱して行くモンスターなので気をつけてください」
「わかりました!」
「了解です!」
「シロツキちゃんとトバリちゃん気をつけてね!」
「わかりました。繰り糸」
うららさんの鑑定結果に対してそれぞれ答えながら武器を構える。
僕とセインは座ったまま戦う予定なので、立っているのはミヤビちゃんとしのぶさんだけなんだけど、それでもボートが狭く感じる。
ミヤビちゃんの武器が槍ということもあるんだろうけど。
「来ます!」
「くっ!軌道が読みづらいですね!」
ブレードフィッシュは水面から飛び上がって攻撃してくるんだけど、その時に微妙に体を傾けているせいで動きが直線じゃない。
体長が20cmぐらいなので横腹を切ろうとしてもヒレに当たって仕留めづらい。
ミヤビちゃんは盾で受けてから反撃しようとしたみたいだけど、ヒレを弾くということはブレードフィッシュが海側に飛ぶことになり、無理に槍を伸ばしても尾ビレの刃に当たって大したダメージを与えることができない。
それどころか、一度攻撃に出てしまうと次のブレードフィッシュに対応する余裕がなくなりそうだ。
「わわわ!揺れる揺れる!」
「体勢を低くした方が良さそうです」
「モンスターが見えないのでアザレアで攻撃しづらいです。同期操作を使うべきでしょうか?」
戦ってくれている2人には悪いけど、しのぶさんがブレードフィッシュのヒレを武器で受けたり、ミヤビちゃんが槍を振るうたびにボートが揺れる。
それに、ミヤビちゃんが槍を横に振ると座っている僕達の頭上を槍が通過するので頭を上げづらく、モンスターが見えないせいでアザレアの魔法が放てないし、セインも精霊に指示を出せない。
アザレアの杖を雷に切り替えて、ダメ元でボールを放ったんだけど当たらなかったし、セインも対象を支持することなくラッシュを支持したんだけどうまくいかなかった。
そうなると僕ができることは同期操作ぐらいしかない。
「そうなると操船は私ですか?」
「そうなりますね」
「…………戦闘中は動かさないでおきましょう」
「ですね」
うららさんがオールを握るために身を乗り出した瞬間、槍が頭上を通過した。
漕ぐ時に当たる軌道だったので、動かさないで正解だと思う。
「終わりました!」
「もういません!」
しのぶさんとミヤビちゃんが戦ってくれたことで僕達にダメージはなかったし、船体の被害も最小限に抑えることができた。
だけど、この後もこんな戦闘が続くとしたら、いつか転覆しそうだし、大きなモンスターに襲われた時に火力不足で対処できないかもしれない。
対策を練らないと。
「私はシロツキちゃんに乗ります!」
「なら私は地走りですね!」
「ミヤビちゃんはともかくしのぶさんは海でも大丈夫なんですか?」
「問題ないと思いますけど、試しますね。地走り!」
相談した結果ミヤビちゃんが空で迎え撃ち、しのぶさんが海面に立って戦うことになったんだけど、海の上にも立てるんだろうか。
普通の水に立てたから問題ないんだろうけど、海は波があるから難しそうだ。
「よっと」
ボートの縁に手を付いて片足を出したしのぶさん。
地走りは問題なく発動していて沈むことなく立てたみたいで、もう片方の足も海面に付けて立った。
だけど、やっぱり波の影響は受けるみたいで少し大きい波が来るとフラフラしている。
「これは……止まっているとバランスを取るのが難しいですね」
「そうなんですか?」
「はい!動いている方が足をつく場所を選べる分楽です!」
そう言ってしのぶさんはボートの周りを走り始めた。
大きな波が来た時はハードルのように跳ぶことで回避して、それ以外は白波が海面に消えるところを選んで踏んでいるようだ。
海面を人が走ることに違和感しかないんだけど、これなら僕とセインも戦闘に参加できる。
しかも、僕とセインの戦い方はミヤビちゃんと比べると静かだから、うららさんにオールを任せれば移動もできると思う。
うららさんの糸でモンスターを縛ってもらうかもしれないから移動してもらう必要はないかもしれないけど。
あるいは他の方法で進めてもいいかもしれないけど、セインの精霊で船を押したりできるのかな?
ハピネス達は……体の大きさ的に漕げないと思うんだけど、試してみてもいいかもしれない。
戦闘用の人形でボートを漕ぐのはどうかと思ったけど、すでに採掘をしてもらっているんだし変わらないか。
「セイン。精霊の力でボートを進めたりできる?」
「それはオールを回してもらうってこと?」
「それでもいいけど、風で押したり水で流したりかな」
「ふぅちゃんとみーちゃんかー。やってみるね!ふぅちゃん!このボートを風で押して!」
セインの指示でふぅちゃんが後ろに回って風を出した。
その結果ゆっくりとだけど前に進んではいる。
ただ、これなら並みに任せてもいいんじゃないかというぐらいの速度だ。
ふぅちゃんをボートの背にくっ付けて風を出してもらってもほんの少し速くなっただけであまり変わらなかった。
みーちゃんの場合は水を操ったり波を生み出して進めるんだけど、自然にできる波に負けるのでこっちも効果があるとは言えない。
レベルが上がれば違うんだろうけどね。
「爺のハピネスちゃん達はどうなの?」
「できるのかな?せっかくだからやってみるよ」
ハピネスをオールに近づけさせたけど、座った状態では漕げないし、椅子に立たせても手前には引けるけど奥に引っ張る時に踏ん張れなくて波の力に持っていかれる。
なので、船の内側に立たせて柄の先端を両手で握らせ、全身を使って漕いでみたんだけど、やっぱり体が伸びた時に踏ん張れないのでダメだった。
「無理みたいだね」
「オキナさん。ハピネスちゃん達では無理そうですけど、あの鎧の人形ならいけるんじゃないでしょうか?」
「あ!そうですね!騎士人形ならできそうです!」
人形で何かをやろうとしたらすぐにハピネス達が思い浮かぶけど、今は僕より大きな騎士人形がいるんだった。
地味に活躍してくれているんだけど、僕が直接操作しない分意識がハピネス達に集中するから存在感がないんだよね。
「繰り糸」
騎士人形を出して糸を繋いだ。
これで自動行動は初期化されたけど、ボートの上では僕を守るために動いて揺れるだろうから、逆にこの方がいいのかもしれない。
なので、後は漕ぐだけだ。
「おぉー。普通に漕げます」
「速度も安定感もオキナさんと変わらないですね。安心できます」
「これなら戦闘中も進めるね!」
「そうだね。数が多かったりしても戦いながら逃げることができるのは大きいね」
騎士人形に漕がせながらいざという時にどうするか話す。
僕たちはボートを漕ぐしかできないけど、しのぶさんとミヤビちゃんが足止めしてくれることになったので、強いモンスターに出会っても何とかなりそうだ。
しのぶさんが危なくなればトバリが回収することにもなったし。
「それにしても、鎧姿の大きな人が縮こまってボートを漕いでいる姿はシュールですね」
「上から見るとキラキラしていますよ」
周りを走っていたしのぶさんと、空を飛んでいたミヤビちゃんが近づいて来て騎士人形の感想を言ってくれたんだけど、しのぶさんの方がシュールだ。
試しに踵を揃えて忍者っぽい千年殺しポーズを取ってもらったんだけど、なぜか逆に違和感が消えた。
ポーズがビシッと決まっているからかな。




