2回目の殺戮
相手の中でアザレアの服を脱がしたことに気づいたのはいなかった。
全身鎧の人はミヤビちゃんとの戦闘に夢中だし、斧の人とヒーラーはセインやうららさんを倒そうと必死だし、弓使いもそれを援護するために矢を構えていた。
魔法使いも魔法で援護するために詠唱している。
唯一剣士がこっちに意識を向けていたんだけど、大半がハピネスに向いているようだ。
今ならアザレアを投げて魔女の大鍋を使えるかもしれないけど、ちょうどいい位置がない。
できれば全員をアザレアの出すモヤの中に入れたいんだけど、よくて4人だ。
弓使いと魔法使いを範囲外にするか、斧の人とヒーラーを範囲外にするかだ。
僕としては相手の攻撃スキルを使えなくしたいので弓使い達を含めたい。
ヒーラーを封じてもアイテムで回復されるからね。
魔法で回復することも可能だけど、詠唱が必要ない分アイテムを使う方が早い場合もある。
それならMPがない間に押し切ったほうが戦いやすくなると思う。
距離も空いてるからアイテムを使うまでに時間がかかるだろうし。
「なっ?!さっきの魔法を使うやつ?!なんで服がないんだ?!」
「体に空いた穴も怪しいぞ!」
アザレアを肩から下ろして剣士の近くへ走らせた。
流石にハピネスに気を取られていても、自分に近づいてきた物はわかるみたいで、魔法を使うのに前に来たことと服を着ていないことに驚かれた。
弓使いはアザレアの体に空いた穴警戒したみたいだけど、もう遅い。
「魔女の大鍋」
「なんだ?!」
ハピネスとアザレアに対して交互に剣を向けていた剣士が、アザレアの体から出てきたモヤに驚き後ろに下がった。
弓使いもセイン達に向けていた弓をアザレアに向けようとしたんだけど、すでに周囲はモヤに包まれている。
「きゃっ!何これ?!」
「なんだ?!」
「うぉ!早い!」
「くそっ!」
アザレアが出した黒いモヤは瞬く間に魔法使いを呑み込み、ミヤビちゃんと戦っていた全身鎧をミヤビちゃんごと包み込んだ。
さらに中途半端に距離をとった剣士と、木の上から飛び降りて移動しようとしていた弓使いもモヤの中に入った。
仮に飛び降りていなくても包み込むぐらい広がっているんだけどね。
「衣装替え!」
モヤの中からハピネスを引っ張り出し、アザレアと同じように『無し』を選択して裸にした。
アザレアとは違って人口スキンが破れていないので、ツルツルとしたお腹が見えているんだけど、この後穴を開けるつもりだ。
MP失って混乱している好きに最低1人は倒したいからね。
クローバーの腹部機巧で一気に吹き飛ばせればいいんだけど、アレを使うと僕のMPが0になるから、万が一倒せなかった時のことを考えると迂闊に使うことはできない。
相手に1番近いアザレア糸が切れた状態で攻撃を受けるかもしれないし、そうなると糸の守りが無いせいで壊れるかもしれないからね。
「うぉ?!MPがない!」
「そんな!」
「この黒いやつが原因だろうけど……体が重くなって全然動かない!」
「ぐっ!今攻撃されたらヤバイぞ!」
モヤの中から焦る声が聞こえてきた。
MPが吸い取られる上に動けないなんて凄い凶悪な|機巧《ギミックだ。
テンペストバードの時はその強さがよくわからなかったけど、対人で使えば凄さがわかる。
一応モヤの中にはクローバー拾った石をパチンコで放って攻撃しているけど、当たっているかよくわからない。
モヤの中に攻撃するなミヤビちゃんに頼んで、シロツキ達にブレスを放ってもらったほうがいいかもしれない。
爆風で弾かれたらラナンキュラスとハピネスで倒せば問題ないはずだ。
「ミヤビちゃん!シロツキ達にブレスを放ってもらえるかな?」
「わかりました!マーブルブレス!」
「おい!やめろ!」
「こっちは動けないのよ!」
ミヤビちゃんが了承するとモヤの中から声が上がったけど、シロツキ達はすでに飛び上がっている。
僕とミヤビちゃん止めるつもりはないけどね。
斧の人たちはしのぶさんが押しやったあと、セインの援護もあってこっちの助けには入れないみたいだ。
これで決着がつかなくても、少なくとも有利になるはずだからこの勢いで押し切りたいところだね。
「きゅー!」
「キュアァァ!」
シロツキとトバリがモヤに向けてブレスを放つ。
白と黒のブレスは空中で混ざり合い、螺旋を描くようにモヤの中に入っていき、爆発を起こした。
その爆発でアザレアも飛ばされたけど、仲間の攻撃なのでダメージはない。
ただ単に打ち上げられただけだ。
そして、他にも吹っ飛ばされているのは2人いた。
その2人は魔法使いと弓使いで、HPバーは0になっていた。
マーブルブレスを耐えられなかったようだ。
アザレアが吹っ飛ばされたことでモヤもなくなり、中から剣士と全身鎧の2人が現れる。
2人は即座に移動しながらアイテムバッグを操作し、ポーションを取り出して飲みだしたんだけど、全身鎧の方にはミヤビちゃんが迫り、剣士にはラナンキュラスとハピネスが迫る。
「くそっ!ぐっ!
「これはまずい!」
「螺旋槍!」
「愛の抱擁!」
ラナンキュラスの攻撃を受けて止まったところにハピネスの腹部機巧発動。
ミヤビちゃんはシロツキ達の体当たりでバランスを崩した全身鎧へ向けて回転する槍を突き出した。
「ぐぁ!」
「なっ?!離せ!」
ミヤビちゃんの槍を受けた全身鎧はHPが0になって倒れ、剣士は組みついてきたハピネスを突き放そうと暴れているけど、ハピネスの力が強すぎるみたいで全然離れない。
それどころか暴れれば暴れるほど強く締め付け、やがて暴れる余裕もなくなったようだ。
そして、少しでも抵抗したいみたいで、目の前でカタカタと不気味な音を鳴らしているハピネスを睨みつけた瞬間、腹部の左右から鎌のような刃が生えて突き刺さった。
次は両脇腹から細長い剣が突き出て、その外側をまた鎌が生えて刺さる。
肩付近からも下に刃を向けた鎌が生え、お腹からは肋骨のような細長い湾曲した刃が何本も生える。
そして最後にお腹の部分から両刃の大きな刃が生えて、剣士を突き刺した。
肋骨のような刃が生えた時点で剣士のHPは0だったけど、機巧は止められないので最後まで動き切った。
刃が引っ込むと同時に剣士の体がうつ伏せに倒れこんできたので、急いでハピネスを手元に寄せた。
わかってはいたけど穴が空いた姿を見るのはいい気分じゃないね。
早く人口スキンを手に入れないと。
だけど、その前に……。
「衣装替え、衣装替え」
ハピネスとアザレアにいつもの服を着せた。
残り2人を倒すのに腹部機巧を使う気は無いからね。
「俺の後に続ぇぇ!チャージアックス!!」
「堅守!」
斧を突き出すように構えて突っ込んできたけど、ミヤビちゃんが堅守で受け止めた。
チャージアックスは当たった相手を吹き飛ばす技のようで、当たる瞬間に振り上げようとしたみたいだけど、盾で止められて驚愕の表情を浮かべた後、ミヤビちゃんとラナンキュラスの槍でダメージを募らせ、いつのまにか木の上に登っていたしのぶさんが首を切って倒した。
ヒーラーは遠距離から斧の人を援護していたけど、アザレアとクローバーによる遠距離攻撃には耐えられなかったようで、シロツキとトバリのブレスもあって難なく倒すことができた。
これで全員を倒し切ったので、PK集団は一斉に光になって消えた。
これでようやく終わりだ。
短く息を吐くと、同じように息を吐いていたミヤビちゃんと目があう。
するとニコリと笑っていつもの胸の前で両拳を握るポーズを取った。