ダムのような巣とハチミツ取り放題
薄っすらと流れているハチミツのせいで少しベタつく地面や草を踏みしめて進んでいくと、そのハチミツが徐々に濃くなってきた。
それに伴ってベタつきが増し、僕とセインにしのぶさんの足取りは重くなる。
ハピネスとアザレアは僕が抱え、ラナンキュラスは近くを飛ばし、クローバーはセインに持ってもらっている。
騎士人形は僕を守るように前に出ているんだけど、その足取りもハチミツのせいで重う、鎧のせいか僕より歩きにくそうだ。
ここを抜けたらウォッシュをたくさん使わないとダメそうだ。
戦闘になれば少なくともハピネスとラナンキュラスはハチミツで汚れるだろうし。
「大丈夫ですか?」
「今のところなんとか」
「ベタベタする〜」
木の上からしのぶさんの声が降ってきた。
地上を進む僕たちは、ベタつくせいで少しバランスを崩すことはあるけど歩けなくはない。
感触はそんなによくないからセインの嫌そうな声には同意する。
これがスライムのようなプニプニだったらバランスを崩そうとも喜んで進むんだけどね。
「お姉ちゃんトバリちゃんに運んでもらう?ここは狭いから普通に乗っても上手く飛べないと思うから掴んで飛ぶことになるけど……」
「キュ!」
「ありがとうミヤビちゃん。だけど、戦闘になった時にうまく戦えなくなりそうだから、遠慮しておくね」
「うん。わかった」
シロツキに乗ったミヤビちゃんがうららさんの前に降りてきて提案したけど、うららさんは断った。
いくら足元がベタつくとは言え歩けないわけじゃないから、荷物のように運ばれるのは断るよね。
仮に普通に乗っても慣れていなければ木に頭をぶつけそうだし、無理に避けようとしてトバリの飛行を邪魔しそうだ。
「もうすぐです!」
ベタベタを我慢しながら歩いていると、またしのぶさんの声が降ってきた。
転ばないように足元を見ていたんだけど、その視線を前方に向けると遠くに蜂の巣のようなものが見えた気がする。
ハチミツさえなければもっと急ぐんだけど、あいにくゴールが見えてもハチミツは無くならないどころかさらに濃くなった。
少し粘りも出てきた気がする。
「えぇ……」
「うわ〜」
「花畑とは違った凄さがあります!」
近づくにつれてその巣が普通じゃないのはわかっていたんだけど、いざ巣のある広場に出たら言葉を失った。
セインも引いてるけど、ミヤビちゃんはキラキラとした目で巣を見ている。
たしかに見応えはあるんだけど。
目の前には複数の巣があったわけではなく、ダムのように1つの塊になって先を塞いでいた。
その黄色いダムからゆっくりとハチミツが流れ出していて、地面を覆っているね。
広場は直径50mほどの円形なんだけど、その向こう半分が巣で、こっち半分は森になっている。
広場の地面には草や花が生えているんだけど、全部がハチミツで覆われているので、パッと見ただけだと琥珀の中に入っているように見えなくもない。
固まっていたら確実に採取するくらいには綺麗だ。
セインの精霊に氷属性の精霊がいたから冷やして固めてもらえないかな。
溶けたら終わりだけど、アイテムバッグに入れている間は問題ないからね。
「オキナさん。あれを見てください」
「え?」
僕達の近くにある木の枝に立ったしのぶさんが斜め左右を指差した。
そこにはクイーンパラライビーが2匹いて、その周囲には護衛のパラライソードビーやパラライスピアビーがいる。
だけど、そのどれもが巣を背もたれにしてうつむいて寝ているようだ。
「巣は広かったです」
「上には他の武器を持ったビーや、普通のパラライビーうつ伏せで寝ていました」
しのぶさんとミヤビちゃんが確認した結果、巣の厚みは3mほどあるらしく、上には他のパラライビー達がいたようだけど、全部寝ているらしい。
これが朝や昼だったら全部飛び回っているんだろうね。
「どうしますか?」
「とりあえず森沿いに探索しましょう。巣に近づくのは後回しで」
「わかりました」
うららさんに聞かれたけど、しのぶさんの足場のこともあるので中央の探索は後回しにした。
しのぶさんの機動力が奪われた状態でクイーンパラライビー2匹との戦闘は避けたい。
広場になっているからトバリに乗ってもらうという手もあるんだけど、その場合トバリはただの動く足場になりそうだ。
先行してうららさんに糸を張ってもらうことも考えたけど、向こう側の糸を繋ぐ場所は巣しかないので、それが攻撃と取られたら戦闘になりそうだから提案できない。
たぶん、どれか1匹と戦闘になった時点で全部一斉に襲ってくると思う。
ストームを連発するぐらいしか対処法が思いつかないけど、それをしている間にクイーンパラライビーに倒されて終わりそうだ。
「ねぇ爺これって取れるのかな?」
「どうだろう」
「やってみるね〜」
広場の淵に沿って移動しながら木や地面を調べても、特になにも見つからなかった。
すると、ジッと地面を流れるハチミツを見ていたセインが、ハチミツを指差しながら取れるか聞いてきた。
巣を壊した時に流れてくるハチミツと同じように見えるから取れると思うけど、そうなるとハチミツ取り放題になるから無理かもしれないね。
セインはポーションの空き瓶をウォッシュで洗い、それでハチミツの表面を掬い、栓をしてアイテムバッグに入れた。
「取れたー!」
普通に取れるみたいだね。
そうなると、容器をたくさん持ってくればいい商品になるかもしれない。
昼間だとビーがたくさんいるから、夜限定のハチミツ取り放題になるんだろうけど。
「う!」
ハピネス達を一時的にアイテムバッグに収納して、全員で空き瓶にハチミツを入れていると、セインが急に声を出してハチミツの中に倒れた。
ボチャッという音と共に倒れたセインのステータスプレートには麻痺のマークが表示されていたから、何かして麻痺した結果だと思うんだけど周囲にいるモンスターは寝ているビー達だけだからね。
「セインさん!」
「大丈夫ですか?!」
ハチミツに顔から突っ込んだせいで息ができないからか、徐々にHPが減り出したセインをしのぶさんが仰向けにし、ミヤビちゃんが声をかける。
僕はその間にクローバーを取り出したんだけど、このまま麻痺を直したら顔に付いた痺れハチミツでもう一度麻痺しそうだ。
「ウォッシュ。繰り糸、安らぎと苦痛の左手」
「せめて髪や服も……」
「あはは……」
「私がやります。ウォッシュ、ウォッシュ、ウォッシュ……」
とりあえず顔に付いたハチミツを綺麗にしてからクローバーで麻痺を治した。
するとしのぶさんが手を彷徨わせながら呟き、ミヤビちゃんが苦笑した。
早く回復しないとダメかと思ったんだけど、女性陣からするとアウトだったらしく、うららさんがウォッシュを連発して綺麗にした。
たしかにセインのサイドにまとめられた金髪はハチミツで塗り固められたようになっているし、服もハチミツのせいで張り付いていて、コートを着ているはずなのにハッキリと体型がわかる。
慌てて目を逸らしたけど、セインは唇を尖らせて僕を見てきた。
「ありがと……でも、もうちょっと考えてほしかったな〜。爺も見たいんだろうけどさ〜」
最初はいかにも不機嫌ですという言い方だったのに、最後にはニヤニヤしながらからかってきた。
見たくないわけじゃないけど、じっくり見たら今度こそ変態のレッテルが貼られてしまうので絶対に見ない。
「それは置いといて、どうして麻痺したの?」
「もぅ〜!置いとかないでよ!乙女心は複雑なんだからね〜。……えっとね、麻痺したのは手に付いたハチミツを舐めちゃったからだよ。蓋を閉めた時に流れでついね……おいしそうだったし……いや〜やっちゃった」
セインは右手後頭部に当てて少し照れながら答えた。
まぁ、気持ちはわからなくない。
僕も流れ作業でハチミツを掬っていると、手に付いたハチミツがとても美味しそうに見えたし。
話を聞いたミヤビちゃんは慌てて手を振って、手に付いたハチミツを落としていて、しのぶさんとうららさんもハチミツを少し眺めた後ウォッシュで落とした。
たまたま実行したのがセインなだけで、みんな同じことを考えていたのかもしれないね。