夜の花畑
イエローネームの集団を警戒しながら森を進んでいくと、遠くにある木の根元に茶色い毛玉が転がっていた。
ワイルドベアが寝ている姿なのは遠目で見てもわかるんだけど、近づいて戦闘になった時に後ろからイエローネーム集団に襲われないとも限らないので、放置して先へ進んだ。
「ここまでくれば大丈夫だと思います」
しのぶさんが後ろを確認しながら言った。
ワイルドベアは4箇所にいたんだけど、親子で丸まっていたり、番で寄り添っていたり、一頭だけで寂しそうに丸まって寝ていたので戦闘は避けて進んだ。
もしもイエローネーム集団が街へ戻るとしても、途中にワイルドベアが寝ていたら攻撃する可能性が高いからだ。
さっき見かけた時も寝ていたワイルドベアの親子と戦っているところだったから、帰り道に寝ているワイルドベアがいたら戦うと思う。
余裕があればだけど。
「ここからだと花畑が近いですね」
「パラライビーがたくさん飛んでいたところですか?」
「そうです」
「夜だとどうなるのか気になりますね!」
「私もです!」
「夜になるとビーがいなくなったから静かになっているかもねー」
余裕ができたのでマップを確認すると、明るい時間に来ると沢山のビーが飛んでいる花畑の近くだった。
シロツキ達が巣があることを飛んで確認した場所だけど、ビーの数が多くて探索を断念したんだよね。
花畑のことを伝えるとしのぶさんとミヤビちゃんが興味を示し、セインが周囲の状況から花畑の様子を予想した。
セインの言う通り夜になったらビーと遭遇しなくなったので、花畑にいた大量のビーもいなくなっているかもしれない。
もしそうだったらシロツキ達が見つけた巣に近づけるかもしれないけど、さすがに巣にはビーはいるはずだ。
それでも花畑の探索はできるだろうから、いつか明るい内に訪れた時のために行くのはありだ。
「一度のぞいて見ましょうか。ビーがいなければ探索するということで」
「そうですね。もしそうだったらいくつか花を採取したいです」
うららさんも反対じゃないので、マップを開いて花畑へ向かう。
もしかしたら安全に染色用の花が手に入るかもしれないので、結構乗り気だった。
「ビーはいませんね」
「綺麗です……」
「これは見応えがあるね〜」
「光っているのは魔力でしょうか」
たどり着いた花畑にはビーがいなかった。
さらに、月の光を受けた花畑はキラキラしていて、一部の花は光を反射するように輝いている。
花だけじゃなくて空間全体が光っているので、最初は花粉のせいかと思ったけど、どうやら一部の光っている花から出ている魔力が原因のようだ。
確かあれはマナポーションの素材になるやつだ。
花畑の所々にマナポーションの材料になる魔力花が周囲を照らすように咲いていて、その周りは様々な色の花が咲いているはずなんだけど、魔力花の明かりが弱いせいで色がはっきりとわからない。
なので、うららさんはセインの精霊が放つ光を頼りにある程度同じ数になるように花を集め始めた。
ミヤビちゃんはその護衛として持ち側に立ち、シロツキとトバリはその上空を飛ぶ。
しのぶさんは花畑を警戒しながら進み、モンスターが出てこないか確かめている。
土の中に潜んでいると出てくるまでわからないからね。
僕もミヤビちゃんと一緒にセインとうららさんを守っているんだけど、ビーどころか他のモンスターも出てこない。
暇になったセインが花を摘んで、ハピネスやクローバーの髪に挿して飾り立てて遊べるぐら安全だった。
しばらく周囲の警戒をしながら少しずつ花を集めていると、花の採取が終わったうららさんが立ち上がる。
その頃にはアザレアの魔女帽子に花冠が飾られ、ラナンキュラスの首元に花のネックレスが飾られていた。
試しにアザレアをアイテムバッグに入れて取り出してみたけど、花冠は別枠になることなくそのままアザレアの帽子についたままだった。
別に邪魔になるわけじゃないので取らないけど、放り投げたり激しく動かすと取れそうだね。
「向こうにモンスターの気配が沢山あります。シロツキ達が示していた方向と同じなので、巣があるんだと思います」
周囲の警戒をしていたしのぶさんが、入ってきた方向とは逆側の森を指差しながら言う。
シロツキ達が空を飛んで見つけた巣がある方向からモンスターの気配がするということは、ビー達が巣で休んでいるんだろうね。
近づいたら一斉に襲ってきそうだけど、ここまできて確認しないわけにもいかないので、しのぶさんを先頭にゆっくりと進むことになった。
ある程度近づいたらハピネスかラナンキュラスに同期操作を使って調べるつもりだけど、それをするにしてもせめて森まで近づく必要がある。
花畑が広いせいで、今の場所で使っても森の入り口ぐらいしか調べられないからね。
こういった時のためにもっと同期操作を使ってレベルアップした方が良さそうだ。
「甘い匂いがしてきました!」
「森に近づくにつれて強くなってますね!」
「巣から蜜が溢れているんだと思いますが、これほどの香りとなるととても大きな巣があるのか、あるいは大量の巣があるのかもしれませんね」
森に近づくと甘い匂いが漂ってきてミヤビちゃんとしのぶさんのテンションが上がった。
クイーンパラライビーを呼ぶために巣を壊した時も甘い匂いがしたけど、今嗅いでいる香りはそれの比じゃない。
うららさんの言う通りこの先にあるはずの巣が、今まで見たことがない規模の可能性が高くなった。
「ちょっと甘すぎるね〜」
「そうだね」
僕とセインにはこの香りは強いんだけど、うららさんを含めて3人は平気そうだ。
僕は甘みが強いものはそこまで好きじゃないのでそれが影響しているのかもしれない。
別に頭が痛くなるとかはないんだけどね。
セインもチョコレートとかは好きだけど、どちらかといえば塩系のお菓子の方が好きらしいので、僕の予想は合ってそうだ。
「足元がベタつきはじめましたね」
「少し歩きづらくなりました」
前を歩くしのぶさんとミヤビちゃんが足元を見ながら話している。
僕やセイン、うららさんのいる場所は特に何もないんだけど、しのぶさん達の足元を見ると少しテカテカしているし、そこを踏んだ2人の足裏には琥珀色の液体が垂れていた。
もしかしてこの辺にもハチミツが垂れてきているのかな。
だとしたら、あまりハピネス達を歩かせたくないな。
ウォッシュで綺麗にできるかもしれないけどね。
「しのぶさん、ミヤビちゃん。薄っすらとですが足元にハチミツがあるみたいです」
「ですね。踏み出す際に少し抵抗がある程度ですが、この状態で戦うのは正直避けたいです」
「私も踏ん張りがきかないです」
「そうですよね。一応ですけど、ウォッシュを試してもらってもいいですか?」
「わかりました。ウォッシュ」
ミヤビちゃんが靴に向けてウォッシュを使うと、裏側についていたハチミツは綺麗になくなった。
だけど、足を下ろす先にはハチミツがあるので、せっかく綺麗になってもすぐに汚れてしまう。
「うぅ……ウォッシュ」
ミヤビちゃんが足を下ろす場所を作るために地面に向けてウォッシュを使ったんだけど、手のひらぐらいの円形にハチミツがなくなっただけだった。
しかも、ゆっくりとハチミツが流れてきて、その穴もすぐに埋まった。
「ウォッシュで綺麗にできるけど、地面にやってもすぐ元に戻りますね」
「この先に進むのならハチミツで汚れる覚悟をする必要があるわけですね」
「戦いづらいですけど、私は木を足場にすれば何とかなりそうです。うららさん、戦闘になったら糸をお願いしますね」
「わかりました」
「私はシロツキちゃんに乗ることにします……」
「うん。その方がいいと思うよ」
しのぶさんは出来るだけ木の上移動して、ミヤビちゃんはずっとシロツキに乗ることになった。
ミヤビちゃんを乗せるためにハチミツを踏んだシロツキは少し嫌そうな声を出したけど、乗った後にウォッシュをかけてもらって綺麗になった途端嬉しそうに鳴いた。
僕とセインとうららさんはハチミツに足を取られないように気をつけて進むことにしたんだけど、セインがシャボン液を巻いてハチミツを上書きしようとした結果、滑って転ぶということもあった。
身体中が薄っすらとハチミツで汚れたセインは、ムスッとしながらウォッシュで汚れを落とした。
ハチミツに対して有効なのはウォッシュだけのようだね。




