腹ごしらえと夜の草原
夕飯を取って早めにログインすると、予想通りうららさんもログインしていた。
玄関ホールにゼロツーさんがいないので、武具制作室で何か作っているんじゃないかな。
「お帰りなさいませ。オキナ様」
「ただいま。この後は人形制作室に行きます」
「畏まりました。ご案内いたします。ゼロフォー、ゼロファイブ、あとはお願いします」
「「わかりました」」
ゼロツーさんの代わりにホールにいたゼロワンさんは、僕達がここでログアウトしたから待っていたんだろうね。
踊り場で控えていたゼロフォーさんとゼロファイブさんに後から来るはずのミヤビちゃん達を任せて、転移室へ続く階段裏へ向かい、工房エリアへ転移した。
人形制作室へ行く途中に武具制作室を覗いてみたら、予想通りうららさんがゼロツーさんと一緒に何かしていた。
ゼロツーさんは僕に気付いて軽く頭を下げたんだけど、うららさんは机の上に置いたボールタイガーの尻尾に対して何かするのに集中していて気づかないようだ。
なので、集中を乱さないようにそっと扉を閉じた。
人形制作室に入り、マナポーションを飲みながら最小の胴体を7個作った。
そして、以前能力入力をせずに結合した3つの両腕と胴体だけの小さな人形に対して、バブルシャワーを付与した。
その結果、このパーツ全体にバブルシャワーが付与されたんだけど、なぜか両手以外にお腹からもバブルシャワーを出せるようになった。
しかも、お腹に関しては握り込んだりできないのでシャボン液は出せない。
この辺は人間と人形の違いなんだろうけど、今度から付与するスキルは色々試してからにしたほうが良さそうだ。
それに、お腹からシャボン玉を出すということは、お腹が露出した服を着せる必要がある。
うららさんに頼むにしてもなんで付与したのか聞かれたら反応に困りそうだ。
別にお腹は嫌いじゃないけど、その時はスキルの関係だと言おう。
他にもスキルを付与していないパーツがたくさんあるけど、この後街に戻る可能性もあるのでこれ以上MPを使わずホールに戻る。
そして、ゲーム内の夕食をとるために食堂へ向かうと、セインとミヤビちゃんが紅茶を飲みながらロールケーキを食べているところだった。
「爺!ゼロスリーさんに痺れハチミツを渡したら痺れないようにしてくれた!」
「このハニーロールケーキもとても美味しいです!」
「せやろ!痺れハチミツは冷やすと毒と分離するから、そこを取り除けば効果がなくなるねん。ちなみに熱したら揮発した毒で調理者が痺れるから注意しいや」
ロールケーキを食べる2人の後ろにゼロスリーさんがいて、痺れハチミツについて説明してくれた。
ということは、冷やして分離する毒を抽出すれば何かに使えるってことだ。
しのぶさんの煙玉に含ませることはできないかな。
そうすれば痺れ煙玉になって、逃げる時に追いかけてきたモンスターを痺れさせることができて逃げやすくなるかもしれないし。
あとで提案してみよう。
「オキナ様もハニーロールケーキを食べに来たん?」
「いや、僕はこれで何かお願いします」
アイテムバッグからステップボアの肉を取り出してゼロスリーさんに見せる。
甘い物は嫌いじゃないけど、今はロールケーキという気分じゃない。
「ステップボアの肉か〜。ステーキのするなら付け合わせの野菜とパンで500ゴールドやな」
「じゃあそれでお願いします」
「了解や!座って待っててな!」
500ゴールドを渡すとゼロスリーさんが食堂から出て行った。
空いてる席に座ってしばらく待つとしのぶさんがゼロフォーさんに案内されてきた。
「セインさんとミヤビちゃんが食べているのは何ですか?」
「ハニーロールケーキです」
「痺れハチミツから痺れを取り除いた物を使っているらしいですよ」
「そうなんですか!いいな〜」
セインとミヤビちゃんが食べているロールケーキを見て、しのぶさんが羨ましそうにしている。
するとゼロフォーさんが近づいて何か話すと、しのぶさんが痺れハチミツをアイテムバッグから取り出し、それを受け取ったゼロフォーさんが食堂から出て行った。
どうやら厨房へ持って届けに行ったみたいだ。
足りない材料についてはロールケーキを持ってくる時に回収するんだろうね。
痺れハチミツの話題になったので、先程の冷やすと毒が抽出できることをしのぶさんに伝えると、時間がある時に試してもらうことになった。
目指すは痺れ煙玉と苦無や刃物に塗る痺れ薬だ。
しのぶさんは師匠と同じように忍術具は自分で作っているんだけど、生産スキルを取らずに全て手作業でしていて、それ用の簡易作業ツールもあるらしい。
なので、工房の鍵を渡すか聞いても断られた。
「お待たせー。ハニーロールケーキは300ゴールドもらうでー」
話しているとカートを押したゼロスリーさんが戻って来ながら、しのぶさんに足りなかった食材の金額を言った。
お金を受け取るとカートからハニーロールケーキと紅茶のティーセットが乗ったお盆を給仕人形に渡し、僕のステーキはゼロスリーさんが配膳してくれた。
「ごゆっくり!」
「「いただきます」」
ステップボアのステーキを切り分け、横に添えられたステーキソースにつけて食べたり、付け合わせの野菜やパンを味わっているとうららさんがゼロツーさんと一緒にやってきた。
そして、うららさんも痺れハチミツを渡してハニーロールケーキを注文した。
「そういえばボールタイガーの尻尾ですけど、LUKが1上がるアクセサリーになりました」
言いながらうららさんが取り出したのは、尻尾の先10cmほどを切り、切断面を布で覆って糸で縛れるようにした物だった。
キーホルダーで見たことがある形だ。
「誰が着けますか?」
話し合った結果、一番LUKが低いうららさんが着けることになったんだけど、セインとミヤビちゃんも欲しそうだったので、次に尻尾が手に入ったら作ることになった。
猫又のように2本あった尻尾だけど、ドロップするのは1本だから、最低でも2匹倒す必要がある。
もっと東を目指すべきかな。
「行ってらっしゃいませ」
「はい。行ってきます」
食事が終わるとゼロワンさんの先導で転移室に向かい、見送られて草原へ戻った。
僕はすぐにハピネス達と騎士人形を取り出し、セインは精霊を召喚する。
そして、周囲を見回したけどブラウンホーンラビットに囲まれているということはなく、それどころか見える範囲にモンスターはいなかった。
「ブラウンホーンラビットがいないのは陽が落ちているからでしょうか?」
「可能性は高いですね。そうなるとブラックドッグの上位種みたいなものがいてもおかしくないんですけど……何もいませんね。しのぶさんの警戒に引っかかる物はありますか?」
「今のところありません」
「そうですか。では、今のうちに移動しましょう」
ミヤビちゃんとうららさんがモンスターがいないことを気にしながら、しのぶさんに警戒の結果を聞いた。
しのぶさんの警戒にも何も反応がないみたいなので、うららさんを先頭に歩き出す。
「向こうから何か来ます!」
「犬が来ます!」
ミヤビちゃんが指差した方向からブラックドッグみたいなモンスターが走ってきた。
街の周辺で見たブラックドッグより一回り大きく、牙や爪も鋭くなっている。
走る速度も上がっているみたいなので、やっぱり上位種のようだね。
「鑑定しました!ブラックドッグリーダーです!」
リーダーらしい。
ということはブラックドッグを呼び出したりできるのかな。
ブラックドッグの群れの中に1頭紛れていたらすぐわかりそうだけど、少なくとも見えているモンスターは全部同じに見える。
つまり、全部リーダーということだ。




