大きくなるだけじゃなかった
草原に出た僕たちは、とりあえず周囲を見回した。
森から出てきてまっすぐの方向、つまり東側は遠くに北の鉄鉱山とは比べ物にならないくらい横幅のある大きな山があった。
南側にも草原が続いているんだけど、先は少し坂になっているから、もしも海に出れたとしても崖になっているかもしれない。
北には遠くの方に森が見えていて、その先に小さな山が見える。
つまり、周囲は自然がいっぱいということだ。
「どうしましょうか」
「とりあえず少し周りを歩いてみて様子を見ますか?」
「それもいいですけど、工房はまだ先ですか?」
「えっと……少なくともあの山は越えないとダメそうです……」
うららさんに聞かれたので提案してみたけど、逆に工房の場所を聞かれた。
なので、地図で確認してみたら東側のある山の更に先だった。
山を越えるか迂回するにしても、とても時間がかかりそうだ。
どこかに中継地点を作って、そこに転移できたら楽になるんだけどな……。
例え魔法や魔道具でできたとしてもまだまだ先になりそうだ。
「それでは……少し周りを探索しましょうか」
「ですね」
遠くに見える山を眺めて諦めたうららさんに言われて周囲の探索を始める。
とりあえずいつでも戻れるように森に沿って南に進んだ。
「何かいます。茶色いのでブラウンラビットでしょうか?」
注意を向けてなかったので森の中から大きなステップボア飛び出してきたのには驚いたけど、しのぶさんの警戒に引っかかったので問題なく倒せた。
その後も南下していると、ミヤビちゃんが何かを見つけた。
正確には空を飛んでいたシロツキだけど。
ミヤビちゃんの示す方向には草むらがあって、茶色い兎耳が飛び出ていたので僕もブラウンラビットだと思うんだけど、草むら自体が大きいので、相対的にブラウンラビットも大きくなる。
街の近くにいるブラウンラビットは僕の膝ぐらいのサイズだったけど、このブラウンラビットは腰近くまでありそうだ。
大きいステップボアや、成長した雑草魂のようにHPが増えてるんだろうね。
「私が行きます!」
こっちの草原に出てくるモンスターの強さも気になるので戦うことになり、しのぶさんが向かっていった。
大きくなってもブラウンラビットなのでしのぶさんにかかれば余裕だと思ってたんだけど、近づいていったしのぶさんに気づいた。
「なっ?!」
しのぶさんが攻撃する前にブラウンラビットが飛び出してきたんだけど、その額には鋭いツノが生えていた。
ブラウンラビットの攻撃方法は頭をぶつけてくる頭突きと、体でぶつかってくる体当たりがあるんだけど、このブラウンラビットの頭突ははそれがツノによる一撃になる。
しかも、体が大きいからか瞬発力があった。
「ぐっ!」
「しのぶさん!」
不意を突かれて頭突きを放たれたしのぶさんは、かろうじて忍刀をツノに当てて防ぐことはできたんだけど、勢いは殺せなかったみたいで、地面を転がり1割ほどダメージを受けた。
それを見たミヤビちゃんが駆け出し、しのぶさんを庇うようにツノ付きブラウンラビットとの間に入る。
「鑑定しました!ブラウンホーンラビットです!」
うららさんが鑑定した結果を教えてくれた。
ブラウンラビットではなく別のモンスターらしいね。
名前は見た目そのままだけど。
「やぁ!え?!」
軽やかなステップを踏みながら近づいてきたブラウンホーンラビットに向けて、ミヤビちゃんが槍を突き入れた。
それを額のツノで受け止め、跳ね上げてミヤビちゃんの体勢を崩した。
「うわっ!」
そこに額のツノを前面に出した頭突きではなく、飛び蹴りをしてきたブラウンホーンラビット。
低空を跳んだためミヤビちゃんの盾が間に合わず蹴り飛ばされた。
ツノが生えて頭突きが強力になっただけじゃなく、蹴り技も増えたんだ。
今もステップボアより軽やかなステップを踏んでいるので、攻撃方法が増えただけじゃなさそうだ。
「繰り糸!」
試しに糸を放ってみると簡単に避けられたので、ラナンキュラスとハピネスによる挟撃を仕掛けてみた。
ラナンキュラスは槍による突きに、ハピネスに持たせた鉄の剣を横薙ぎに振るわせた。
だけど、大きく飛び退くバックステップで避けられた。
そこにセインの精霊、ひーちゃんとひかりんが体当たりをした。
さすがに避けた直後は素早く動けないみたいで、2体の精霊による攻撃は直撃した。
HPも1割半ぐらい減っているので、防御力はそこまでないようだ。
「次は油断しません!」
「私もです!」
しのぶさんとミヤビちゃんがブラウンホーンラビットに迫る。
2人に合わせてラナンキュラスハピネスも攻撃させる。
ハピネスの剣を受け止めたところにミヤビちゃんとラナンキュラスの槍が突き刺さり、しのぶさんの斬撃を受けてHPバーが砕け散った。
予想外の強さだったけど、さすがに2人と2体の攻撃は避けられなかったね。
「ツノの生えたブラウンラビットだったので甘く見てました。あのツノは厄介です」
「硬かったです。それに、跳ね上げる時も凄い力でした」
しのぶさんとミヤビちゃんが戻ってきたので、クローバーで回復しつつ話を聞いた。
体が大きい割りに動きが早いので攻撃は避けられるし、その直後に一気に距離を詰められるので下手に近づくとやられてしまうかもしれない。
僕はハピネス達がいるから何とかなるけど、セインやうららさんでは対処できそうにないモンスターだと言われた。
裏を返せば完全なソロだと一方的にやられるということだけど、否定できそうにない。
あの頭突きを間近で避ける自信はないし、一撃受けたらHPは危険になると思う。
身を切らせて繰り糸で縛れるならなんとかなりそうだけど、そんな冒険はしない。
「それじゃあ探索を続けましょう」
全員の準備が整ったので更に南へ向かう。
途中の草むらにブラウンホーンラビットがいたので、今度は最初から連携を重視して戦った。
前衛2人は、来るとわかっていればツノの一撃避けたり受けたりできるので、その隙を突いて攻撃を加えることで難なく倒すことができた。
次に見つけたブラウンホーンラビットは、シロツキとトバリによる上空からの強襲で不意を突かれ、しのぶさんとミヤビちゃんも加わった攻撃を受けてなす術なく倒された。
戦い方が確立されたら普通に倒せるようになったんだけど、これは1羽限定だった。
南に進むにつれてブラウンホーンラビットの数が増えてきた。
そのため同時に2羽、3羽との戦闘が増える。
1羽なら囲めば攻撃を当てられたし、2羽ならしのぶさんとハピネス達、ミヤビちゃんとシロツキ達で別れたら対処できるんだけど、これが3羽になると厳しくなる。
うららさんとセインも援護してくれるんだけど、焦りや連携不足でうまくいかない時がある。
そして、4羽になった時点でアザレアのストーム乱射としのぶさんの火遁、シロツキ達のブレスという力技で対処するようになった。
ただでさえ常時4体の人形に糸を繋いでいるのに、更に魔法の乱射をしたことで僕のMPが一気に減った。
合間合間にマナポーションを飲んでいるんだけど、この先に進むにはもう少し準備を整えたほうがいいと思う。
「これ以上は厳しそうですね。一度街まで戻りましょうか」
うららさんが僕に渡したマナポーションの数を羊皮紙に書き込みながら言った。
今から戻れば街についた頃には夕飯の時間になっているはずなのでちょうどいいと思う。
他のみんなも賛成だったので、街に向かって帰ることにした。
来た道を戻るか今の場所から北西に森を抜けるか話し合った結果、何か見つかるかもしれないということでここから街へ向かうことになった。
強いモンスターに出会わなければいいんだけど……。