高火力の代償
ワイルドベア簡単に倒せたことでテンションが上がった僕の耳に「ピシリ」と音が聞こえてきた。
嫌な予感がして発生源のハピネスを見ると、右手の剣に小さな亀裂が入っていた。
「ヒビが入ってる……」
ハピネスを手元に寄せてから糸を全て切って持ち上げる。
ラナンキュラスも手元には寄せたけど、糸は1本残しておく。
何かあった時に対応するためだ。
ハピネスの顔や腕、服を捲ったら見えるお腹や足は特に問題はない。
右手の剣だけにヒビが入っている。
糸を3本繋いだ状態での攻撃が原因なんだろう。
確かに出力が上がるんだから、それを実行するハピネス達に反動があってもおかしくない。
考えればわかることなんだけど、普段から耐久値を意識してなかった僕のミスだ。
「爺どうしたの?」
「あー。ハピネスの剣にヒビが入った。たぶん、糸を増やして攻撃したせいだね」
「ふーん。糸を増やすと威力が上がるんだけっけ。それで耐久値が減ったのかな?」
「たぶんね」
セインに返事をしながらハピネスをアイテムバッグに入れた。
人形の館はハピネス達の出し入れにしか使ってないので耐久値を確認できるかわからない。
その点、アイテムバッグだと耐久値は確認できる。
たぶんハピネス全体の耐久値で、パーツ毎の耐久値じゃないはずだけど、どれくらい減っているのかが見れるだけでもいい。
本格的に見るなら人形作成で修復を選べばできそうだけど、修理する対象よりスキルレベルが上じゃないと修理できないし、そもそも剣の素材である『紅灼鋼』は持ってないし、どこで取れるかもわかっていない。
予想では火山とかにありそうだけど。
アイテムバッグに入れたハピネスを選択すると耐久値が出た。
『1389/1500』になってるんだけど、詳細はわからない。
100減ったから剣にヒビが入ったかもしれないけど、減っているのが全て剣だとも思えない。
放り投げたりしたことでも減っているのかな。
やっぱり修復ができなくても人形作成で見たほうがいいかもしれない。
「何かわかった?」
「耐久値が思ったより減っていたことしかわからなかった。あとで詳しく調べてみるよ」
今はラナンキュラスの確認をしたほうがいいと思う。
手元に寄せていたラナンキュラスを目の前に浮かせて、その場でクルクルと回転させたり、槍と盾を構えさせたりした。
見た目には何も起きていなかったのでそこまで減ってるわけではないと思うけど、実際に数値で見るまでわからないから、ラナンキュラスもアイテムバッグに入れた。
ラナンキュラの耐久値を確認すると『2974/3000』だった。
☆7とレア度はハピネスと同じなのに耐久値が違う。
これは装備品の違いだと思う。
ハピネスはドレスのような服で、ラナンキュラスは鎧やガントレットにヘルムなど全身固そうな装備だからね。
26も減っているのは盾で攻撃を跳ね返したりしているのも影響していると思う。
そもそも1減る理由もわかってないけど。
実験は1人の時にやるべきなので、今はとりあえずハピネスの剣は使わない方向で考えよう。
ラナンキュラスも糸を3本にするのはなしだ。
少なくとも修復をするための素材が手に入るまでは……。
アイテムバッグからハピネスとアザレアを取り出し、ハピネスには右手を付ける。
そして、鉄の剣も取り出してハピネスに持たせた。
右手を封じたらハピネスの攻撃手段が減るから、とりあえずの処置で剣を持たせたんだけど、少し大きすぎる。
でも、ないよりましかな。
糸が繋がっていない状態だと重くて持てないので支える必要があるけど。
「こっちの準備は終わりました」
「いやー、さすがにワイルドベアの攻撃は痛いですね」
「何かあったんですか?」
回復を終えたしのぶさんとシロツキ達に警戒を任せたミヤビちゃんが僕のところに来た。
思ったよりも確認に時間がとられたみたいで、何をしているのか気になったようだ。
鉄の剣を持って僕の足に背を預けることでバランスを保っているハピネスをチラチラと気にしている。
なので、うららさんも呼んで包み隠さず教えた。
誰も紅灼鋼なんてアイテムを知らなかったので掲示板も調べてみたけど結果は同じだった。
説明ついでに素材が見つかるまでは、いざという時以外糸を3本にしないと伝えたら了承してくれた。
高火力すぎるので頼りすぎないようにするべきだという判断らしい。
「これからどうします?もう少しワイルドベアに挑戦しますか?」
「そのことなんですけど、できればみなさんの素材を見せてもらってもいいですか?」
この後もワイルドベアと戦うのか確認したら、うららさんが素材を見せてほしいと言ってきた。
アイテムバッグを見せてほしいってことだろうけど、装備を作る数が揃ってるか確認したいのかな。
「私はいいですよ」
「はい!お姉ちゃん!」
「どうぞ!」
「僕も大丈夫です。ただ、アイテムボックスに預けてるものもありますよ」
しのぶさんがアイテムバッグのウィンドウをうららさんに見せると、ミヤビちゃん、セインの順でウィンドウを渡した。
なので僕も渡したんだけど、ついさっきアイテムボックスに素材系のアイテムを入れたばかりだから、他のみんなと比べてスカスカだった。
ミヤビちゃんとしのぶさんは見たことがある素材が大半を占めていたけど、セインに関しては食材からよくわからないものまで色々あってごちゃごちゃしてた。
クエストで手に入れた物だと思う。
「後少しでワイルドベアのコートが作れるかもしれません。ただ、素材が素材なので失敗する可能性があります。なので、予備も含めて後4、5頭倒したいですね」
「なるほど。そのために全員の素材数を確認したんですね」
「はい。もちろん、皆さんから素材を受け取るのが前提ですけど、それはイベント後の精算でまとめようと思います。ちなみに今はこんな感じです」
うららさんがアイテムバッグから羊皮紙を取り出した。
そこには1人あたり何本のポーションやマナポーションを使ったか。
パーティ全体に使った金額とその理由。
素材の売買について書かれていた。
もちろん素材の売買については空白なんだけど、パーティ全体に使った金額で、ゼロスリーさんにお願いした料理について書かれていた。
これにワイルドベアの素材について書くんだろうけど、やりようによってはうららさんが赤字になるんじゃないかな。
素材を欲しがるのはうららさんだけだし。
「私が素材を受け取ったとしても、装備の受け渡しの際にお金を頂くので大丈夫です。パーティメンバー以外にも売る人はいます」
「あ、顔に出てました?」
「ふふっ。少し悩んでいたので当たりを付けただけです」
うららさんに考えを読まれたのかと驚いたけど、そうじゃないみたいでよかった。
別にやましいことはちょっとしか考えないけど、それが読まれたら恥ずかしいからね。
「僕は装備を作ってもらう側だからワイルドベアを倒すことは賛成ですけど……」
「私は賛成ですけど、クイーンパラライビーを倒してもらえると嬉しいです」
しのぶさんは賛成してくれた。
クイーンパラライビーに関してはしのぶさんの防具を作るのに甲殻が必要だからね。
「私も賛成です。もっと上手くう防げるように頑張ります!」
ミヤビちゃんはPSを磨くためみたいで、胸の前で両拳を握るいつものポーズをしてくれた。
気合十分だ。
「私もさんせ〜」
セインも賛成してくれたんだけど、たぶんそこまで深く考えていないと思う。
ワイルドベアに倒されたわけでもないから強さもそこまで感じてないだろうし。
「もしも防具が2つ作れたら1つはセインさんに渡すので頑張ってくださいね」
「本当に?!頑張るー!」
セインのやる気も上がった。
セインの戦い方はある意味僕に似ているから、あんまり重い装備はあわなさそうだからいいと思う。
僕と同じように『重量級防具装備不可』の職業特性があってもおかしくないし。
何にせよもう少しワイルドベアを倒すことに決まった。
次はもっと上手く戦えるように頑張ろう。




