熊からの逃走
しのぶさんを先頭に森を走る。
時折道を変えてるのは、その先にいるモンスターを索敵で察知したんだと思う。
今の所モンスターに遭遇してないからね。
後ろからはバキバキという音が聞こえてくる。
しのぶさんは気が密集しているところを選んで走ってるんだけど、そんな小細工は意味がないと言わんばかりの突進だ。
もちろん追いかけてきているのはワイルドベアだ。
クイーンパラライビーと戦っていたワイルドベアの番だと予想している。
モンスターに番がいるのかはわからないけど、ハニーベアが鳴いたことで来るのは親らしい。
だとしたら、父親を倒しても母親がいるはずで、今追ってきているのがどっちかはわからないけど、親なんだと思う。
「オキナさん!足止めはできませんか!?」
前を走るしのぶさんから聞かれたけど、アザレアで後ろに向けて魔法を撃つことしか思い浮かばない。
ボールやランスだとうまく当てれそうにないし、ストームは勢いで突破されそうだ。
そうなるとウォールかバインドだけど、バインドを動いてる相手に当てるのは無理だと思う。
消去法でウォールになった。
「魔法少女の杖・土」
右腕に抱いたアザレアが持っている杖の魔石を、火から土に変える。
土でも突き破られると思うけど、物理的な衝撃が強そうな土を選んだ。
火に怯むなら倒しやすいんだけどね。
「ウォール!ウォール!」
今走っている場所は、ウォールがスッポリ収まるぐらいの道幅だった。
なので、簡単に破られないよう2枚連続で出してみた。
「ガルアァァァァァァァ!!!」
後ろからワイルドベアの咆哮と何かが砕けた音が聞こえてきた。
2枚じゃ効果はなかったみたいだけど、何枚に増やせばいいかわからない。
とりあえず、一気に増やしてみよう。
「ウォール!ウォール!ウォール!ウォール!ウォール!」
マナポーションを飲んでから、ウォールを5回連続で出した。
一応迂回されても対処できるように、左右に少しだけバラツキをもたせた。
「グルゥ!!ガァ?!ゴァァ!!」
今度の結果は気になるので、速度が落ちることはわかっていても、チラチラと後ろを見てしまう。
ワイルドベアは、目の前に出てきた土壁に突撃したんだけど、4枚抜きで止まった。
止められたことに苛立ったのか2本足で立ち上がり、腕を振るって最後の1枚を壊していた。
結構なMPを消費するけど、5枚あれば足止めはできるみたいだけど、消費MPが150とおかしい数値だ。
1000近いMPがあるとはいえ、さっきの戦闘で疲弊した身からするとそうそう連発できるものじゃない。
5枚目で止まった瞬間にバインドで止められたらいいんだけど、効くかどうかもわからないから使いづらい。
「オキナさん!こっちです!」
「おっと。すぐ行きます!」
ワイルドベアを気にしすぎて、しのぶさんとの距離がだいぶ空いてしまった。
それに気づいたミヤビちゃんが僕を迎えにきてくれたので、距離を詰めるべく速度を上げる。
「お待たせしました」
「いえいえ。オキナさんのおかげで少し距離が空きました!そのおかげでこれが使えます!」
しのぶさんは腰のポーチから何かの玉を取り出した。
忍者が逃げる時に使う玉ってことは煙玉かな?
使うために距離が関係するのは、近すぎたら効果がないんだろうね。
「それでは投げます!せや!」
投げる瞬間になってしのぶさんのコントロールの悪さを思い出したんだけど、しのぶさんはワイルドベアめがけて投げることはせず、ワイルドベア側の地面に叩きつけた。
ボワっと広がる白い煙。
ワイルドベアとの距離が開いているとはいえ。この煙を突き抜けられたら終わりだと思うんだけど、どうするつもりなんだろう。
「オキナさん!上です!」
「え?」
見上げるとうららさんをお姫様抱っこしたしのぶさんが木の枝に立っていた。
いつの間に登ったんだろう。
というか、上に逃げるなら事前に説明して欲しかったよ。
「繰り糸」
しのぶさんの向かい側の木に糸を伸ばして、煙の中から木の上へと登った。
僕が登ったと同時にシロツキが隣に止まったので、枝が大きく揺れる。
糸を切らなくてよかった。
シロツキが来たことで、騎乗しているミヤビちゃんも僕の横に来ることになり、トバリはミヤビちゃんの肩に止まった。
向かい側ではうららさんがお姫様抱っこされたままで少し枝がしなってるけど、こっちは数が多いせいで枝がしなってる。
同じ枝に複数人が乗るものじゃないね。
「グルァァァァ!!」
ワイルドベアは吼えながら煙の中に飛び込み、腕を振り回して煙を晴らそうとしている。
まだ中にいると思っているのか、あるいは匂いを追ってるのかもしれない。
もしも後者だと上に逃げた意味がなくなる。
「ガフッ!ガフッ!グルルルルルル……ガフッ!ガァフッ!!」
そんなことを考えていると、足元のワイルドベアがクシャミをしだした。
もしかして煙玉に胡椒のような刺激物が入ってたのかな。
だとしたら僕も煙は吸ったからクシャミが出てもおかしくないと思うんだけど、その気配はない。
スキルと同じように味方には影響が出ないんだと思う。
「ガフッ。ガフッ!ガフッ!」
ワイルドベアは耐えられなくなったのか、煙から出てきた。
クシャミをしながら出てきたあげく、座り込んで目をこすってる。
目にもダメージを与えるなんて、どんな材料でできてるんだろう。
「グルルルルル……。ガフッ!ガフッ!」
ワイルドベアは周囲を見回したり、匂いを嗅いでいるんだけど、そのどちらもうまくいってないみたいで落ち着きがない。
このまま諦めてくれるといいんだけど、子供を殺された親としては、まだ戦うよね。
「ガァ!」
見つからないことにイラついたのか、力任せに近くの木を叩き折る。
折れた木がしのぶさん達の方に倒れたんだけど、ギリギリ当たらなかった。
当たってたら枝は折れてたね。
ワイルドベアは時折暴れながらもどんどん進んでいった。
それを息を潜めて見送った僕たちだけど、念のためもう5分ほど木の上で時間を潰した。
といっても、何も喋らずジッとしていただけなんだけどね。
「そろそろ大丈夫だと思いますが、一応周囲を見てきます。足元に気をつけてくださいね」
「はい。その、ありがとうございます」
「どういたしまして」
しのぶさんがうららさんを木に立たせてから偵察に出た。
うららさんは木の幹に抱きつくようにくっ付いて、顔だけこっちに向けている。
「お姉ちゃんは高いところが苦手なんです。トバリちゃん、お姉ちゃんを支えてあげてください」
「キュ!」
「なるほど。確かにこの木は高いね」
今いる高さは5mぐらいの高さだ。
苦手な人にはキツイかもしれない。
僕は高いところは好きな方だから大丈夫だし、ミヤビちゃんも問題なさそうだ。
シロツキに乗って高いところ飛ぶぐらいだからね。
「お待たせしました。とりあえず近くにワイルドベアらしきモンスターはいませんでした。ただ、向こうの方に何本か木が倒れていたので、こちらからヌシ釣りの森を目指しましょう」
「わかりました」
しのぶさんが示したのはワイルドベアが消えた方向だった。
あの後も何回か木が倒れる音がしたので、しばらく目と鼻の状態に苦しんでたんだと思う。
そうなると、音が止んでからは多少は元に戻ったということになるけど、こっちに来なかったことから見失ってる可能性は高い。
念のためワイルドベアが消えた方とは逆方向に進むけど。
「うららさん。失礼します」
「ひゃっ」
しのぶさんがまたうららさんをお姫様抱っこした。
飛び降りた際にうららさんの口から小さな悲鳴が上がったけど、気にしないでおこう。
指摘したら後が怖くなる気がする。
「繰り糸」
糸を伸ばして地面に降りる。
飛び降りても問題なさそうだけど、着地に失敗してダメージを受けるかもしれないからね。
「それじゃあ、行きましょう」
しのぶさんを先頭に、決めた通りの隊列で進む。
途中、できるだけ戦闘を避けた結果、パラライスピアビーの剣バージョン。
パラライソードビーに遭遇したけど、問題なく倒せた。
それ以外に戦闘はなかったけど、ヌシ釣りの森の湖に着いたのは昼前ので、一旦昼食のために全員ログアウトした。