森のクマさん
4頭のステップボアを倒した後、さらに東へ進んだ。
といっても出てくるのはステップボアやパラライビーばかりで、たまに痺れキノコが出てくるぐらいだった。
倒した数はステップボアが10頭、パラライビーが集団で現れたせいで24匹、痺れキノコの群生地帯を見つけたので20匹をアザレアで焼き払った。
群生地は一気に倒せるから、経験値やアイテム面でとてもいいらしい。
なので、言われるままファイアストームを放った。
そのあとはモンスターが出てくることなく、気づけば周囲の雰囲気が薄暗くなっていた。
しのぶさんの情報によるとここから出現するモンスターが変わるらしい。
ゴーレム坑道は見た目で場所が変わるけど、森だとちょっと薄暗くなった程度でわかりづらい。
木の種類が変わったり、霧が出てきたらもう少しわかりやすいんだけどね。
まぁ、個人的には霧が出るとホラーっぽいから嫌だけど。
「この先に何かいます」
しのぶさんが僕たちを手だけで制した。
視線の先には木があるだけで何もいない様に見えたけど、微かに声が聞こえる。
「はにぃぃぃ……」
変な声が聞こえてきたけど姿は見えない。
木の裏側にいるのかもしれない。
「この声……ハニーベアでしょうか」
「ハニーベア?」
「はい。ワイルドベアの子供で、ハニーベアの近くに蜂蜜を採取できる場所があるんみたいです。ハチミツはパラライビーのドロップでも取得できるんですが、巣からはロイヤルハニーが取れるらしいです」
「いいアイテムなんですか?」
「薬師と錬金術師が使うそうですけど、何ができるのかは書かれてないですね。探せばどこかにあるかもしれませんけど」
しのぶさんが掲示板を見ながら説明してくれた。
珍しいアイテムみたいだから取りにいってもいいかもしれない。
「はにぃぃぃ!」
アイテムのことを考えていると、ズシンズシンという音と少し野太い鳴き声が聞こえてきた。
子供って聞いてたから小さいと思ってたけど、かなりのサイズがありそうだ。
「ハニーベアは、攻撃を加えることなく追いかけると蜂の巣にたどり着けるそうです。なので、ハニーベアが出てきても攻撃しないでくださいね」
「もし攻撃するとどうなるんですか?」
「親のワイルドベアが出てくるそうです。来ます!」
ガサガサと茂みが揺れ、奥から4足歩行のクマが出て来た。
ハニーベアって聞いてたから可愛いのを想像していたんだけど、実物は全然可愛くなかった。
1m以上ある体型はどう見ても熊で、顔も熊だ。
肘から手にかけてと、膝から爪先にかけて、あと腹部にポツポツと黄色い毛が生えているぐらいで、残りの毛は茶色い。
黄色い毛側部分はハチミツでテカテカしているけど爪はとても鋭く、僕ぐらいなら簡単に切り裂かれそうだ。
「か、可愛くないです……」
「お、おかしいですね……。掲示板には「はにぃ」と高音で鳴き、全黄色の毛で覆われたテディベアのような体型だと書かれているんですか……」
「はにぃぃぃぃ!」
目の前にいる熊は、確かに「はにぃ」と鳴いているけど、高音じゃなく野太い上に力強い。
体型もテディベアなんて可愛いものじゃないし、毛も黄色の方が少ない。
「大人になりかけなのでしょうか」
「ユニークモンスターじゃなければそうなんでしょう。ちなみにうららさんの鑑定では何て表示されますか?」
「ハニーベアと表示されていますね」
うららさんの想像通り大人になりかけているせいで、体が成長して大きくなり、毛も生え変わってるんだと思う。
鑑定上はハニーベアと表示されているから、ハニーベアの特性っぽい『攻撃したら親が来る』っていうのは残ってると思う。
あくまで勘だけど。
「どうしましょうか?」
「とりあえず様子を見ましょう。ハニーベアと表示されているなら攻撃しない方がいいと思います」
「わかりました」
しのぶさんに聞かれたので、様子見すると答えた。
成長してるならハチミツを取らないかもしれないから、蜂の巣が見つかればラッキー程度で考えよう。
「では、行ってきます」
「はい。気をつけてください」
「はい」
しのぶさんが跳躍して木に飛び移る。
ハニーベアは僕達の前を横切って茂みに消えていったので、しのぶさんが様子を見るために後をつけることになったからだ。
その間、僕達は周囲を警戒してここで待機する。
もしも、モンスターに見つかって逃げることになったらメッセージで知らせることになってる。
「……ぃ」
しのぶさんがハニーベアを追いかけてから3分ほど経つと、何かが聞こえてきて、さっきのハニーベアが出てきた茂みが揺れた。
ハチミツを求めて、別のハニーベアが来たのかもしれない。
「はにぃ」
固唾を飲んで見ていると、茂みから体長30cm程の小さなテディベアが出てきた。
全身黄色の毛で覆われたテディベアは、高い声で「はにぃ」と鳴いているので、こっちが掲示板に書かれていた『ハニーベア』なんだと思う。
「鑑定しました。ハニーベアです」
「か、かわいいです」
「きゅっ」
「あ、ごめんなさい。シロツキちゃんとトバリちゃんの方が可愛いですよ」
うららさんが鑑定した結果はハニーベアだった。
さっきのとはすごい違いだけど、どっちも同じなんだ。
見た目は全然違うのに……。
ミヤビちゃんが可愛いと言うと、頭に乗ったシロツキが尻尾でペシペシしていた。
『私の方が可愛い』とか言われたんだろうね。
「私たちもハニーベアを追いますか?」
「そうですね……しのぶさんが追いかけたハニーベアと同じ方向に向かっているみたいですし、この先に蜂の巣があるんだと思います。追いかけた方が良さそうですね」
しのぶさんとも合流できるだろうし。
それに、こっちのハニーベアは周囲への警戒が甘いので、僕達でも問題なく追跡できる。
しのぶさんの方は、やたらと周囲の匂いを嗅いだり、キョロキョロと警戒していたけど、このハニーベアは、前だけ嗅いでる。
たぶん、ハチミツの匂いを追ってるんだと思う。
「キュ!」
「あ、待ってください。まだ、何か来るようです」
僕とうららさんが移動しようとすると、木の上に止まっていたトバリ降りてきて1鳴きして、ミヤビちゃんに何かが接近していると伝えた。
なので、僕とうららさんはあげた腰を下ろして、周囲を警戒する。
「グルゥゥゥ」
1分もしないうちに、ハニーベア出てきた茂みを乗り越えるようにして、巨大な熊が出てきた。
その熊は体長が3m程で、体毛は全身茶色。
鋭く伸びた爪は最初のハニーベアとは比べ物にならないほど鋭い。
「ワイルドベアです……」
「大きいです……」
「強そうですね……」
ワイルドベアは、前を進むハニーベアの様子をチラチラと確認しつつも、周囲の警戒を行なっていた。
匂いを嗅いだり見渡すだけじゃなく、後ろ足で立ち上がり、周囲の木に爪痕を残しながら進んでいく。
縄張りとしてアピールしているのかな。
「ど、どうしましょうか」
「とりあえずしのぶさんにメッセージを送りましょう。ハニーベアとワイルドベアが向かってると書けば戻って来ると思います」
「わかりました。僕が送りますね」
「お願いします」
うららさんとの相談の結果、しのぶさんにメッセージを送ることになったので、話した内容をそのまま送った。
それにしても、ロックゴーレムも大きかったけど、ワイルドベアは迫力が違った。
無機質な岩と生きてる熊の違いかな。
そのまま様子を見ていたけど、ワイルドベアはこっちに気づくことなくハニーベアの後を追って消えていった。
しのぶさんの索敵のおかげで、最初のハニーベアの時点で10m程距離があった体と思う。
これだけ離れていても、ワイルドベアはしつこく匂いを嗅いでいたので、もう少し近ければ見つかっていたかもしれない。
それにしても、トバリが気づかなかったら僕達はハニーベアとワイルドベアの間に入ることになっていたね。
そうなると後ろからワイルドベア襲われていたはずだ。
その場合シロツキが気づいたかもしれないけど、いきなりあの熊と戦うことになったら、たぶん動揺してうまく戦えなかったと思う。
一度見たから次は問題ないだろうけど、勝てるかどうかは戦ってみないとわからない。
たぶん、勝てると思うけど。




