とりあえず鉄
しのぶさんと一緒に街に戻って来た。
全身黒ずくめなしのぶさんと歩いているから結構な人に見られたけど、その後僕が持ってるラナンキュラスに目が行くのはいつも通りだった。
すでに制限は解除してるけど、まだ大々的に人形を使って戦ってるところを見られたわけじゃないから珍しいんだと思う。
街中でジロジロ見られるのは嫌だから、町に入る前に人形の館に収納したけど。
「それで、これからどうしますか?」
「オキナさんはやりたいことはないんですか?」
やりたいことか……。
人形の腕を作る素材集めか、何か適当なクエストかな。
ただ、人形の腕は小さい腕を作れば数だけは揃えられるんだよね。
ハピネス達の腕を作る感じ。
ただ、それだと普通の武器を持たせづらいからあんまりやりたくない。
使い道は高いところにある小さな物を取れるぐらい?
あるいは小型ロケットパンチみたいなものかな。
「うーん。素材集めと何か面白そうなクエストがあればって感じですね」
「そうですか。ちなみに欲しい素材は何ですか?」
「木は加工をお願いしたので、石か鉄ですね」
石はそのまま使えるけど、できれば鉄はインゴットにしたい。
鉄鉱石でも腕は作れたんだけど、どう見ても鉄の腕より性能が低そうだったし。
「鉄ですか。いいですね。私も欲しいので採りに行きませんか?」
「苦無と防具ですか?」
「それもありますけど、忍刀を作るのにも必要なんです」
「忍刀……」
刀に詳しくないからよくわかってないんだけど、マサムネちゃんが持ってる刀よりも短くて反りが少ないやつだったと思う。
てっきり苦無の消耗が激しいから予備を作るためかと思ったんだけどね。
「じゃあ、クエストを見てから北の鉄鉱山に行きましょうか」
「そうしましょう!」
他にやることもないし。
西の探索をしてもいいんだけど、熱中しすぎてミヤビちゃんとの約束に遅れるのはダメだし、南はそもそも海だから探索のしようがない。
そうなるとヌシ釣りの森か北の鉄鉱山かその先の森になるんだけど、ヌシ釣りの森はさっき行ったし、北の森は用がない。
鉄を採りに行くくらいがちょうどいいよ。
「うーん……いいのがないというか。同じようなものばかりですね」
クエストボードには討伐系と調査系のクエストしかなかった。
討伐系は普通に見かけるモンスターの討伐。
調査系はそこに本当にあるのかわからないものを調査するものが多い。
温泉の有無とか。
「お使い系のクエストは時間の境目に貼られることが多いので今の時間にはないと思います。しかも、1回クリアされるとそれで終わりです。そういったものはもう少ししたら増えるかもしれませんが、別にお使いをするわけではないのでいいと思います」
「そうなんですか」
確かに同じお使いのクエストが何度も受けられるのは違和感がある。
配達だったら1度に全部渡せばいいし、仮に草むしりとかドブ掃除だったとしても一回やればいいものだからね。
もう少ししたら増えるのは時間が夜になるからだと思う。
夜になったら出現するモンスターが変わるし、メルカトリア人も仕事を終える。
そうなると夜に出現するモンスターの素材を求めるクエストや、夜限定のお使いや店の手伝いクエストが貼られるのかもしれない。
今のところお使いをやるつもりはないから、とりあえず行く先に出現するモンスターの討伐クエストを受けれればそれでいいや。
「じゃあ、これを受けておきましょう」
「わかりました」
2人ともリトルロックゴーレムの討伐クエストを受けた。
ロックゴーレム系のクエストや地底湖関連のクエストがなかったのは、まだ解放されてないからかもしれない。
あっても受けるつもりはないけど。
「しのぶさんはツルハシありますか?」
「ツルハシですか?ありますよ。探索と採取に必要な道具は一通り揃えてます」
冒険者協会を出て、北門に向かっている途中にツルハシのことを思い出したんだけど、しのぶさんは持ってるらしい。
一通り揃えてるのはすごい。
僕もしのぶさんを見習って揃えたほうがいいのかもしれない。
ハピネス達に使ってもらうけどね。
「そうなんですか。忍としてですか?」
「はい。といっても師匠から初級忍探索道具セットと初級忍採取セットを貰っただけなんですけどね。どこで何が必要になるかわからないので、常に最大限用意してから挑めと言われました」
「なるほど。でもそれってアイテムバッグがあるからこそできることですよね」
常に道具を出しっ放しにしてるわけにもいかないから、通常はアイテムバッグに入れておく必要がある。
必要になったら出すんだろうけど、それだと準備がいい普通の人と変わらない気がする。
「いえいえ。忍びですからこんな感じになります」
しのぶさんが腰布に手を入れてゴソゴソと何かを探し、抜き出した手にはハピネス達にちょうど良さそうな小ぶりなツルハシが握られていた。
そういえば苦無もアイテムバッグから取り出してなかった。
手を振るといつの間にか握られてたけど、それはこういうことだったんだね。
どこに忍ばせてるかは予想するしかないけど、これなら他の場所にも色々隠されてそうだ。
「なるほど。小型の物をいろんな場所に隠してるんですね」
「そうです。確かに予備はアイテムバッグに入れてますが、できるだけ身につけれるように服の中にポケットを付けたり、防具にセットできるようになってます。こんな感じです」
しのぶさんが手首の布を引っ張って中を見せてくれた。
その中には籠手にはめ込まれた苦無が2本あった。
「ちなみに左手はこれです」
左手は苦無じゃなくて針みたいな物が5本セットされていた。
針にしては太くて長いんだけど、なんなんだろう。
「こんな感じで色んなところに忍ばせているので、いざという時にアイテムバッグから出す必要はありません。まぁ全然使いこなせてないですけど」
「武器はわかるんですけど、ツルハシを忍ばせる意味ってあるんですか?」
武器は戦いに必要だからわかる。
けど、ツルハシは掘るときに出せばいいものだから忍ばせておく必要はないんじゃないかな。
ツルハシを武器として使うなら別だけど。
「師匠は手を縛られた時を想定してるみたいですよ。アイテムバッグが使えない状態で幽閉されても逃げ出せるようにとのことです」
「な、なるほど?」
「そうなりますよね。まぁ忍者はスパイみたいなものですから、捕まった時のことを想定しててもいいと思います」
「そうですか。まぁ、そういうものなんでしょうね」
「はい。そういうものです」
しのぶさんと話しながら進んでいたら、いつの間にか北門についていたのでそのまま門から出た。
まだ、夕暮れまで時間はあるけどのんびりとしてられないだろうから、途中のブラウンラビットは無視して進む。
向こうも攻撃してない僕たちを狙うつもりはないみたいなので、しのぶさんに苦無を投げないように言っておいた。
少し残念そうだったけど当たらないのに投げられて、それで戦闘になるのは面倒だからね。
ブラウンラビットと戦うことなく北の鉄鉱山に着いたので坑道に入る。
しばらく進むと、やっぱり鉄の守護者ことアイアンゴーレムと戦おうとするプレイヤー達がたくさんいた。
今戦ってるパーティはHPバーを1本削ったみたいで、アイアンゴーレムが剣を持っていたんだけど、それが両手だった。
大柄なアイアンゴーレムが持つ大振りな剣のせいで、上手く間合いが取れず苦戦してるみたいだ。
僕とミヤビちゃんが戦った時は片腕だったから1本しか持ってなかったけど、両腕が健在だと二刀流になるんだね。
攻撃量が増えてるから接近戦は難しくなってる。
これだとミヤビちゃんが近づきづらいだろうから、今のアイアンゴーレムが相手だと勝てなかったかもしれない。
武器が増えた分移動速度が落ちてるから、チクチクと細かく攻撃すれば倒せるかもしれないけど。
それに、リトルロックゴーレムはまだ呼び出されてない。
呼び出されたらアイアンゴーレムを警戒しつつリトルロックゴーレムに対処しないとダメだから、今のパーティだと勝てそうにないね。
回復役を除いて全員近接戦闘タイプだから、リトルロックゴーレムに囲まれたところをアイアンゴーレムに倒されて終わりだと思う。
少し観戦してたけど、アイアンゴーレムは僕たちに関係ないので、人の脇を通って戦闘フィールドに触れて向こう側に移動した。
「さっきのモンスターがここのボスなんですね」
「そうです。素材集めには向いてないんで坑道に入りましょう」
「あ、はい。わかりました」
しのぶさんを連れてリトルロックゴーレムが出るエリアに向けて移動した。
しのぶさんはアイアンゴーレムが気になってたみたいだけど、あれを相手にするのは嫌だ。
たとえ素材で鉄のインゴットが貰えたとしてもね。
そもそも僕としのぶさんでアイアンゴーレムを倒せるかわからないし。
ラナンキュラスが貫通攻撃できるからいけるかもしれないけど、順番待ちしてまではちょっと……。
観戦してた人たちの横で一列に並んでる人たちがいたから、パーティのうち誰かが並んでたんだろうけど、そこに加わってまで戦いたくはないよ。




