人形の香り
「何で背後にいるんですか?!」
いきなり背後に現れたしのぶさんは、相変わらず黒ずくめだったけど、各所にある防具が少し変わっていた。
何というか硬そうな上に殴ったら痛そうな小さな突起が追加されているし、覆ってる範囲も広くなっていた。
「すごい戦闘音が聞こえたので来ました。何か強力なモンスターが出たのかと思ったんです私は開拓メンバー中でも戦闘主体ですから」
「そういえば湖の近くを開拓してるって言ってましたね。ということはマサムネちゃんもヌシ釣りの森開拓メンバーになるの?」
前にしのぶさんとフレンド登録した時にそんなことを言ってたのを思い出した。
湖だけだったら北の鉄鉱山にある地底湖も湖だし、南の海に出れば湖のある島があるかもしれない。
西の海岸は……塩湖とか?
塩とか作ってそう。
東の森の湖って言ってたからここのはずだけどね。
「違いますよオキナさん!『おいでよ!ヌシ釣りの森!』です!」
「あぁ、うん。そうだったね」
『おいでよ!』を省略したらマサムネちゃんに怒られた。
たぶん名前をつけたのがマサムネちゃんだから強く言ってきたんだろうけど。
「それで、マサムネちゃんとしのぶさんは『おいでよ!ヌシ釣りの森!』の開拓メンバーってことですよね?」
「そうです。私とマサムネちゃんは狩り担当です」
マサムネちゃんが「勢いが弱い」って呟いてたけど無視した。
それよりも2人の言う狩りはモンスターだよね?
マサムネちゃんはPKを狩ってそうなイメージがあるし、しのぶさんが僕を見つけたのもミヤビちゃんを襲ってるPK達を見ていた時だったから、2人の狩りが何を対象としているの気になる。
しのぶさんは強力なモンスターかもしれないから来たって言ってるからそうじゃないだろうけど、マサムネちゃんはPK主体気がする。
「それで、どうして新しい人形を手に入れたのに教えてくれなかったんですか?」
「マサムネちゃんに指摘されるまで忘れてたんです。指摘された後も近々会うからいいかなと……」
「いいわけないじゃないですか!さぁ、紹介してください!」
しのぶさん的にはなしだったらしい。
そこまで見たいものなのかな。
「えっと防御人形のラナンキュラスです」
石の腕をアイテムバッグに収納してからラナンキュラスを持ち上げて、しのぶさんの目の前に出す。
すると背中が僕の方にくるんだけど駆け抜ける翼を使ったことで破けている箇所が見当たらなかった。
よくよく観察してみると肩甲骨付近に少し切れ目が入ってることがわかったんだけど、他の3体と比べると全然違う破け具合だった。
破けたというより切れ込みを入れたという方が正しいと思う。
これぐらいの破け具合なら使うことに抵抗はないんだけどね。
「おぉ……可愛い……」
しのぶさんは受け取ったラナンキュラスをとても良い笑顔でいろんな角度から見ていた。
ドレスアーマーの隙間もしっかりと観察し、髪や服の匂いも嗅いだ。
そういえばラナンキュラスの匂いはまだ嗅いでない。
しのぶさんから返してもらったラナンキュラスの匂いを嗅いでみるとバニラの香りがふんわりとした。
ほんの少しの香りだから全然きつくなかった。
「オキナさん何してるんですか?」
「え?あー。人形達はいい匂いがするんだ。嗅いでみる?」
マサムネちゃんに怪訝そうな目で見られたんだけど、普通に答えた。
いい匂いがする物があれば嗅ぎたくなるのは普通だし、紅茶の香りを楽しむようなものだよね。
「えっと……、じゃあ、せっかくなので」
少し迷ったマサムネちゃんだけど、興味が勝ったのかラナンキュラスを受け取って匂いを嗅ぐ。
その間にしのぶさんはハピネス達を集めてきて匂いを嗅いでいた。
「私はアザレアの香りが好きです」
「私はクローバー!緑茶みたいで落ち着くいい匂いでした!」
「僕はハピネスかな」
しのぶさんはアザレアのラベンダーの香りが好きみたいで、今も抱きしめてる。
マサムネちゃんはクローバーの緑茶っぽい匂いが落ち着くらしいんだけど、それならもう少し落ち着いて発言してほしい。
僕はハピネスのバラの香りだ。
1番最初に手に入れた思い出補正もあるのかもしれないけど、他の3体と違って主張してくる感じがいい。
ハピネスが舞えばバラが舞う感じだね。
「オキナさんありがとうございました。ちょっとやることができたので私は行きますね」
「うん。こちらこそありがとう」
「はい!またやりましょう!今度は負けませんよ!」
「マサちゃんまた今度ね!」
「はい!行くよしらたま!いちご!チョコ!」
マサムネちゃんがしらたまに飛び乗って森へと消えて行った。
いちごは空を飛んで追いかけ、チョコは木を飛び移りながらだった。
急いでる感じがしたんだけど何かあったのかな。
「オキナさんはこの後どうするんですか?」
「とりあえず湖まで戻って、手に入れた木を加工してもらうつもりです。その後は街に戻ると思います」
「なら、私も付いて行っていいですか?20時まで一緒にクエストでもしましょうよ。素材集めでもいいですよ」
「え?あ、メッセージが来てた」
しのぶさんに言われてメッセージに気づいた。
ミヤビちゃんにイベントの前の顔合わせを20時でどうかと聞かれたから、その内容をしのぶさんに送ったんだった。
受信時間を見るとマサムネちゃんと戦ってる最中だったし、気づかないわけだよ。
しのぶさんからのメッセージには20時で問題ないということと、集合場所をどうするか書かれていた。
一緒に行くなら集合場所は気にしなくていいよね。
だから、20時でいいということと、集合場所はミヤビちゃんに合わせるとメッセージを送った。
「すいません。気づいてませんでした。とりあえずもう1組にメッセージを送ったので、後は集合場所を向こうに決めてもらうだけです」
「謝らなくていいですよ。別に緊急の内容でもないんだし。それで、一緒に行ってもいいんですか?
「そうですねぇ。間に夕飯を挟みますけど一緒に行きましょうか」
「やった!じゃあ、パーティ申請よろしくお願いします!」
しのぶさんに促されたので僕からパーティ申請をする。
別にしのぶさんがリーダーでもいいと思うんだけど、何かあるのかな。
「どうして僕がリーダーなんですか?」
「パーティリーダーしか他の人をパーティに誘えないんですよ。この後合流する人達をパーティに入れるならオキナさんの方がいいと思ったのでお願いしました」
「そうだったんですね。ほとんどパーティを組まないので知りませんでした」
僕からパーティ申請したのはミヤビちゃんだけだからそんな制限は知らなかった。
今後パーティを組むことが増えるかわからないけど念のため覚えておこう。
僕から積極的にパーティを組むことはないと思うけど。
面倒だし。
相手から誘われたら受けるかもしれないけど、それも目的を聞いてからだね。
「じゃあ湖に向けて行きましょう。その前に人形の館、ハピネス、クローバー、アザレア収納」
ラナンキュラス以外を収納して、糸を繋いだ。
もっと操作に慣れないと。
「ラナンキュラスちゃんで戦うんですか?」
「はい。手に入れたばかりなので慣れるために。駆け抜ける翼」
「飛びました!ラナンキュラスちゃんが飛びました!完全に天使です!。背中の切れ込みはこのためだったんですね!」
羽の生えたラナンキュラスを見たしのぶさんのテンションが上がった。
ラナンキュラスの背中の切れ込みは見つけたのに、アザレアのお腹とかには気づかなかったのかな。
服を脱がさないとわかりづらいし。
「もっと見ていたいですけど……今は移動ですね。索敵は任せてください」
落ち着いたしのぶさんが先導してくれるらしい。
チラチラとラナンキュラスを見てるけど。
大丈夫なんだろうけど、ちょっと気になるね。
「忍者だから得意なんですか?」
「そうです。気配察知スキルを取ったんです。これで近くにいるモンスターの気配がわかります。そして!」
話してる途中で手首を振ったしのぶさん。
その手には苦無が握られていて、それを木の間に投げた。
すると、少し離れたところで何かが落ちる音がした。
その場所に近づいていくと羽に穴を開けられて飛べなくなった蜂がいた。
前はうまく投げれなかったのに、1日でここまで上手くなるんだ。
「すごいですね!一撃で飛べなくなってますよ!」
「……」
しのぶさんを見ると目を逸らされた。
もしかして狙ってやったわけじゃないのかな。
体を狙って投げたけど羽に当たったとか。
「見当違いのところに投げたら、こいつの方から近づいて来て当たったんです……」
蜂としのぶさんを交互に見ていると目を逸らした理由を話してくれた。
どうやらまだ投げるのは上達してないらしい。
投擲スキルとかないのかな。
投げる時に何も言ってないからスキルを使わず投げてるはずだけど、このままだと一緒に戦う時が怖い。
後ろから攻撃されそうだ。
まぁパーティメンバーにダメージは入らないけど。
ラナンキュラスで地面に落ちた蜂を突いて倒した。
索敵は頼りになりそうだけど、見つけた後が問題だね。




