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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.03

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27 純粋な悪


 神津かみつ総合病院の地下二階。その一室で、地の底から響くような苦悶くもんの呻きを上げ、一人の男、江波えなみ鷹緒巳たかおみが絶命する。


 それを冷徹な瞳で見下ろし、満足げに一つ頷いた風見は、手にした純白の刀と、背中で揺らめく大蛇たちの具現化ぐげんかを解いた。


「あなたには地獄すら生ぬるいよ……どこまでもちて、永遠に彷徨さまようといい」


 一つの大きな仕事を成し遂げた充足感と共に、その口元が醜い笑みをたたえる。


 風見かざみが寄越したワイシャツへ身を包んだレイカは、変貌した彼の横顔を見つめていた。


「シュン。どうしてここに?」


 その言葉で我に返った風見。レイカを気遣うように見るその顔は、聖人とすら呼ばれているいつもの穏やかなそれだ。


「君を迎えに来たんだよ」


 風見の目に映るレイカの姿は散々たるものだった。振り乱れた黒髪。泣き濡れ充血した瞳と赤く腫れた頬。

 彼が渡したワイシャツもサイズが合わず袖を捲り上げている。裾も、スカートが半分以上隠れるほどの大きさだ。


 この憔悴しきった少女をミス光栄だと言って、果たして何人が信じるだろうか。


「こんな目に遭わせてすまない。郷田ごうだから情報を引き出すために、仕方なく君を……もっと早く駆け付けるはずだったのに」


 レイカの瞳から新たな涙がこぼれた。


「酷い……酷すぎるよ……私がどんな思いをしたと思ってるの……」


 ベッドの上にへたり込んだまま、立ち上がる気力すら失ったレイカ。それを見つめる風見は、彼女の中で何か大切な物が失われてしまったのだと感じていた。


「どうして私たちを裏切って悪魔に付いたの? 何があなたを変えてしまったの?」


 レイカは疼き始めた脇腹の痛みを感じながら、挑むように風見を見据える。


黒川くろかわたちへ報復するための力が必要だったのさ。だけど、裏切るとか敵味方だとか、そんなことは今の僕にとって大した意味はないんだよ。僕の目的はたった一つなんだから」


 そこにいるのは、自らの欲望に対して、純粋かつ忠実に従うだけの一人の少年。


「それを実現するために、最も有効な手札を効果的に使っているだけなんだ。パズルゲームの連鎖れんさを仕掛けるようにね」


 その連鎖は既に始まっている。次々と消されてゆく目的への障害。それは違う形となってカズヤやレイカの身に降り注いでいるのだ。


 風見が遅れてやってきた理由もそれだ。このフロアに巣くう見張りの悪魔をカズヤへ引きつけ、相手をさせる。その間に、彼はこうして悠々と敵の包囲網をすり抜けたのだ。


「安心して。君を絶対に見捨てない。僕の理想郷に必要な存在なんだ。必ず連れて行くよ」


「理想郷? 何の話をしているの?」


 昨日までの彼女なら、その言葉に至福の喜びを感じていただろう。だが、今は違う。その言葉は更なる破滅へ導かんとする、悪魔の囁きにしか聞こえない。


「悪魔の力を借りて、この地上を浄化するんだ。清らかな心を持つ者だけが生きる世界。そこで僕は神になる!」


 演説するように流麗に奏でられる声。そこには迷いなど微塵もない。


「君には、僕と美咲みさきの使用人として働いて欲しい。そして、彼女の友達になってやって欲しいんだ。まだまだ子供だからね」


 レイカの顔に困惑が浮かぶ。


「何を言ってるの? 義妹いもうとさんは……」


 義妹の自殺。その事実は風見本人から聞かされていたことだ。


「あるんだよ」


「え?」


 得意満面な風見に言葉を失うレイカ。


「あるんだよ。美咲を蘇らせる手段が。それを手に入れるために、こうして奔走ほんそうしているんじゃないか」


 答えを迫るようにレイカへ視線を送る。


「僕は行くよ。事態は一刻を争うんだ。決断は君に任せるよ」


 彼女に背を向けドアへ向かう風見。


「待って!」


 それを見たレイカが慌てて腰を上げる。


「一人に、一人にしないで……」


 この部屋に取り残される。それは今の彼女にとって、欲望の権化となった風見と棘の道を歩くよりも辛いこと。


 動くはずのない江波の遺体を怖々と窺いながら立ち上がり、おぼつかない足取りで風見の背を追った。


「さぁ。一緒に行こう……」


 純粋な悪。穏やかで柔和な笑みをたたえた風見が、そっと右手を差し出した。


★★★


 その頃、別の部屋では、車椅子の女性にメスを突き付けた郷田ごうだと、セイギたちとの睨み合いが続いていた。


 郷田は三人を入り口近くに留まらせ、車椅子の女性と共に、部屋の最奥で壁を背にして立っている。


 身動きが取れないセイギとクレアに、負傷したタイガ。打開策を見付けられないまま、時間だけがいたずらに過ぎていく。


 そんな彼等を勝ち誇ったように見据え、黄ばんだ歯を剥き出して微笑む郷田。


「手も足も出ないだろう? 違うか?」


 口端をもたげていやらしく微笑むその顔が、セイギの怒りを募らせてゆく。


 郷田は三人を悠々と眺めながら、クレアに、いや、その体に視線を止めた。


「ほう。これは中々……そこのお嬢さん。君に命令しようか」


「何ですか?」


 不満をあらわにした表情で、機械のように抑揚の無い声を返すクレア。


「おまえたちも妙な指輪を持っているんだろう? 後ろの男の分も合わせてこっちへ持って来い。妙なマネをすれば、この女の首にメスを突き刺すからな」


 ここで逆らっても得は無い。クレアはあきらめの溜め息をつき、霊撃輪れいげきりんを取り外す。そのまま背後を振り返り、痛みに脂汗を滲ませるタイガからも同様に指輪を受け取った。


「で? これを渡せばいいんですか?」


「そうだ。ゆっくりと歩いてこい」


 クレアは言われた通りに部屋の中を進む。床に広がる茶色の絨毯を踏みつけ、中央に置かれたガラステーブルを横切る。


「こちらからもお願いがあります。私が人質になりますから、その人を離してください」


 郷田の申し出はクレアにとって願ってもないチャンスだった。人質を取られたままではどうすることもできない。自分が身代わりになることで、新たな突破口を模索していた。


 クレアにとっては見ず知らずの相手だが、セイギの大切な人だと聞いている。身代わりとなってこの窮地を乗り切ったという美談が伝われば、カズヤが見直してくれるかもしれないという不純な計算が彼女を動かしていた。


 立ち止まったクレアは深紅の長衣ちょういへ手を伸ばし、襟元のボタンを二つほど解いた。


「悪い話じゃないと思いますけど」


 彼女がやや前屈みの姿勢を取ると、郷田の視界へ深い谷間が飛び込んできた。


「ほっ、ほほぅ……」


 だらしなく鼻の下を伸ばし、紅潮する郷田。その喉が大きく鳴った。


「ゴホン。まずは指輪が先だ。床にそれを置いて背後を向け。いいな?」


「では指輪を置きます。彼女をこちらへ。それを見届けたら後ろを向きますから」


 郷田の視線は、しゃがんだクレアの胸元へ釘付けになっていた。深い谷間を覗き込みながら、車椅子を彼女へ押し出した。


 クレアはそれを受け止め、背後を振り返りながらセイギへ再度押し出す。


「交渉成立、だな」


 床に置かれた霊撃輪を踏み付け、背を向けたクレアへ寄り添う郷田。彼女を抱くように腕を回し、喉元へメスを突き付ける。


「二人はその人を連れて逃げてください。私なら大丈夫ですから」


「そんなことできるわけがないだろう」


 車椅子を安全な位置へ引きながら、セイギはうろたえた声を上げる。


「がっはっはっ! おまえたちはその娘と一緒に尻尾を巻いて逃げ帰るんだな!」


 高笑いする郷田を睨みながら、セイギは悔しげに歯噛みすることしかできない。


★★★


「うぜーんだよ。カス悪魔がっ!」


 敵の懐へ飛び込み、繰り出した荒々しく強烈な一閃。ひるの頭部を持った男性悪魔は右肩から脇腹までを両断され絶命していた。


 切り落とされた悪魔の体。それが落下しながら瘴気しょうきへ変わる。それと入れ替わるように五体の悪魔が押し寄せていた。


 ゼノは体制を整えながら左手を持ち上げる。人差し指と中指が天へ伸ばされたその仕草は。


「光の攻霊術こうれいじゅつ惑星砕ほしくだき!」


 直後、ゼノの体を中心に、モノクロのフロアを純白に染め上げるほどの閃光が弾けた。


 光の上位霊術じょういれいじゅつは爆発と爆風を発生。彼に近接していた悪魔は一溜まりも無く爆散し、左右にそびえた壁をも吹き飛ばした。


 閃光が消え失せた後には、一つなぎになった広大なフロアと瓦礫の山。そして遠巻きに彼を窺う残る八体の悪魔。


「くそったれが……」


 大きく息を吐き、込み上げる疲労を堪えながら舌打ちを漏らすゼノ。


 戦いは始まったばかりだ。ここで霊力を使い果たすわけにはいかないという焦りが生まれていた。消費を押さえながら、早く的確に相手を葬る。斬魔剣ざんまけんがあれば容易たやすい相手だが、ゲート召喚しょうかんする時間など与えて貰えないことは彼にも分かりきっていた。


 ゼノの視線の先には象の顔を持つ巨漢悪魔。彼から感じる霊力だけが他の下位悪魔ロー・クラスとは明らかに違う。恐らく中位悪魔ミッド・クラス


「てめーが親玉かよ。すぐに始末してやるから覚悟しやがれ」


 直後、背後に膨らむ殺気。慌てて横へ飛んだ時、その右腕を何かがかすめた。

 二の腕に走る鋭い痛み。攻撃を受けたに違いないが、そこに悪魔の姿はない。


「どうなってやがる……」


「おまえに、俺の姿が捉えられるかな?」


 人影など微塵も無いその場所から、何者かの声だけが発せられた。

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