22 決別だ。あんたにゃ何も頼まねぇ
正午過ぎの夢来屋裏口。夏の陽射しが肌を焼くように照り付ける。
暑い。額を流れ落ちた汗が首筋を伝い、不快極まりない。そもそも風見は、なぜこんな時間に動き出したんだろうか。
セレナさんに昨日の状況を報告している最中に、その知らせはもたらされた。神津総合病院を見張っていた霊眼が、風見の姿を捉えたというのだ。病院の入口。エントランス前の車寄せロータリーへ置かれたベンチに腰掛けているという。
通信機の電源を切っているらしく、呼びかけても反応がない。仮に繋がっていたとしても応えるとは思えないが。
「向こうから動いてくれるなんてな」
事件の経過はセレナさんへ報告済みだ。風見が悪魔と繋がっていたという知らせは、スタッフにも衝撃の波紋を生んだ。
確認したいのはただ一つ。風見の浄霊が可能なのかどうかということ。
セレナさんが言うには、憑依と異なり自我を保っているという不可解な点。経緯が分からないため、浄霊できるかは不明だという。
弱らせた所を捕まえる。最悪、こちらの攻撃で命を落とす可能性も捨てきれないが、そうなったらその時だ。俺は何もためらわない。あんな奴に、未来を、レイカ先輩を渡せない。
そして報告の最後に賞金が更新された。狼の下位悪魔ウォルフィンが100万。虎の上位悪魔ティガは序列持ちということもあり400万もの配当が。
例のごとく、クレアへの分配を差し引かれたものの、俺は860万まで上昇。セイギは病院へ行く前に単独任務をこなしていたため538万。ミナは230万。サヤカが213万。風見は除名を検討中だが、現状243万。リョウ先輩が250万。タイちゃんが256万。そしてレイカ先輩は231万となった。
だが、賞金が上がったところで、今の俺には何の意味も無い。レイカ先輩を救えるかどうか。大事なのはただそれだけだ。
いつものように霊能戦士の支援は期待できない。それに、来るかも分からない彼等を待っている余裕もない。戦士を派遣できないほど、戦神の勢力が強いということだろう。
ゼノの情報によれば、敵の狙いは霊界王が住む神殿にある転送装置。それを奪って地上侵攻を企んでいるんだとか。
空間移動の能力を持つのは、悪魔の王ジュラマ・ガザードだけ。奴が封印された今、悪魔たちは地上へ介入する術がないのだという。
(カズヤ。腹をくくれよ。風見と戦うことをためらうんじゃねーぞ)
不意に、ゼノから思念が響いた。
(ためらいなんて微塵もねぇよ。それにしてもおまえのことだから、三日月島に突入するって言うと思ったんだけどな)
(捕まった女を助けるのが先だ。目の前で誰も死なせたくねーのは俺も一緒なんだ)
その言葉に、ティアという名の女性の姿が過ぎる。彼女がどうなったのかは分からないが、大事な人が捕まったという事実は、根深い傷となってゼノの心に残っているんだろう。
思念でのやり取りをしている間に、隣へ人影が並び立っていた。
「今日はよろしく頼む……」
「あぁ。絶対に二人を助けるぞ」
昨日とは打って変わり、鋭気に満ちた表情のセイギ。こいつも覚悟が決まったらしい。
周囲にはクレアとタイちゃん。そしてリョウ先輩の姿。すると裏口のドアが開き、遅れていた久城が姿を現した。
「リーダーどうしよう……やっぱり、ミナちゃんがいないんだよ……」
「仕方ねぇ。ミナ抜きで行こう」
グズグズしていると風見を取り逃がす恐れがある。のんびりしていられない。
「ごめん。あたしは残ってミナちゃんを探してみるよ。それに足手まといにしかなんないもん。これ、持っていって」
久城が差し出してきたのは、ロール状に丸められたもの。久城の能力である、癒やしの力を持った羽衣だ。
「みんなの分もあるから。リーダーは知ってると思うけど、この力だけはあたしから離れても持続するからね」
各自へそれを手渡していく久城。朝霧を心配するその気持ちも痛いほど分かる。
以前に朝霧から聞いたが、あいつはクラスでも浮いた存在で孤立気味なのだという。気遣ってくれるのは久城だけなんだろう。
「ごめんね。俺はいいや」
突然そう言ったのはリョウ先輩だ。みんなの視線が自然と集まった。
「どうしたんスか? 絶対に貰っておいた方がいいっスよ」
「あのさ。言い出しずらかったんだけど、俺、この任務から降りるわ」
「え?」
思わず耳を疑った。
「どうしたんだ、リョウ?」
タイちゃんが慌てて声をかけた。
「っていうか、おまえらも良くやるよな? 昨日は死にかけたじゃん? まだ死にたくないし、この任務で俺たち引退だろ? 最後の任務で死ぬなんて割に合わないじゃん?」
「本気で言ってるのか? シュンとレイカのことはどうするんだ?」
熱くなるタイちゃんとは対照的に、上の空で前髪をいじるリョウ先輩。
「ほら。俺って、レイカちゃん狙いで具現者になったわけじゃん? 彼女はシュンにお熱だし、命張ってまで助ける意味ないじゃん?」
「最っ低ですね……」
クレアが侮蔑の視線を向ける。だが、リョウ先輩にはどこ吹く風だ。
「結局、自分が一番だって。リタイアして賞金貰って終わり。具現者に関する記憶は書き換えられるらしいし、後はカズヤ君に託すよ」
他人事のように言ってのける軽さに、怒りが込み上げてきた。
「先輩にとってはその程度なんスか? これまで助け合ってきた仲間じゃないんスか?」
「熱い、熱い。マジ勘弁。ヒーローごっこは卒業だって。そんな大義名分を掲げて戦ってたわけじゃないし。みんなもそうじゃないの? バイト感覚って奴?」
「今の俺たちの中に、そんな軽い気持ちで戦ってるヤツなんていませんよ。A-MINを使える先輩の力が必要なんスよ」
こんな人が一緒に戦っていたなんて。タイちゃんとレイカ先輩が可哀想だ。
「ムダだ、神崎。話にならん」
「そうですよ。私が二人分戦います!」
セイギの手が肩へ置かれると同時に、背後からクレアの声も上がった。
本人のやる気がない以上、これ以上の話し合いはムダか。軽そうなイメージはあったけれど、まさかここまでとは。
でも、リョウ先輩の言うように、こうして集まった理由もそれぞれだ。思い人を助けたいと戦うセイギも、裏を返せば賞金目当て。俺たちは世界を救う勇者でもなんでもない。ただの高校生なんだ。
俺たちにここまで言われて尚、涼しい顔のリョウ先輩。気が変わる様子もない。
「でも、ミナちゃん探しなら喜んで手伝うから、遠慮無く言ってね」
はだけた胸元から龍のシルバーネックレスを揺らし、リョウ先輩が近づいてきた。突然肩を組まれ、顔を引き寄せられる。
「おまえ、分かり易過ぎじゃん? 中途半端な態度を取り続けるなら、俺がミナちゃんを貰っちゃうよ?」
あんたに何が分かるんだ。心の中へ土足で踏み込まれたようで、この人のことがどんどん嫌いになっていく。
「ご勝手にどうぞ。でもミナのことだ。先輩は好みじゃないと思いますよ」
「おぉ。自信たっぷりかよ? ハードル高い方が燃えるじゃん!」
薄ら笑いを浮かべながら、久城と共に夢来屋の中へ消えてゆく。
「どうしてあんな男にA-MINの力が目覚めたんだ……その力を寄越せ」
忌々しげにつぶやかれたセイギの恨み節は、まさに的を得た一言だった。
☆☆☆
「みんなはここにいてくれ……」
移動車で病院へ移動した俺たち。ロータリーには依然として動かない風見の姿が。明らかに俺たちを誘っている。
「決心は付いたかい?」
「あんたを倒す決心ってことかよ?」
風見は、組んだ両手を膝に乗せ、前傾姿勢で俺を見上げてくる。その顔へ余裕の薄ら笑いすら浮かべて。
「そう言うと思った。本当に残念だよ。こんな仕打ちをしないといけないなんて……」
「は? それはこっちのセリフだ。大人しくレイカ先輩を解放しろ。さもないと……」
あまりの怒りに自分を抑えきれない。
「レイカ君は院長の郷田に預けたよ。セイギ君から聞いていないかな? 集められた適合者たちに彼が何をしているか」
「適合者? 何のことだ?」
「実験のサンプルだよ。強い霊力を持つ女性を集めているんだよ」
実験という言葉が妙に気になる。
「で、郷田ってヤツがそいつらに何をしてるっていうんだよ?」
「悪魔も黙認しているけれど、自我を失い人形のようになった彼女たちをつまみ食いしているんだよ。レイカ君には異常に興奮していたからね。知らない方が幸せだったかな?」
「てめぇ!」
怒りにまかせて繰り出した左足。風見はそれを腕で振り払い、胸元から一本の鍵を放り投げてきた。
「あげるよ。病院の地下二階、研究所入口の鍵。早く行かないとレイカ君の貞操が危ないよ。僕と共闘すれば、彼女がこんな目に遭うこともなかっただろうに……」
人の不幸を楽しむこいつを今すぐ八つ裂きにしてやりたい。その怒りを必死に押し留め三人を振り返った。
「病院の地下二階だ! 急ごう!」
風見を無視して病院内へ駆け込む。今は一刻も早くレイカ先輩を探すんだ。もう俺にはそれしか考えられない。




