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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.03

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21 俺のせい。背には罪の十字架が


 ドアが閉まると、不気味なほどの静寂が。


 ベッドに腰掛けたまま固まる俺。視界の端には、パイプ椅子へ腰掛ける朝霧あさぎり

 この静けさが余計に緊張を増幅させる。なんだか耐えられない。


「具合は大丈夫なのか? 久城から、危険な状態かもって聞いてたから……」


「えぇ。心配かけてごめんなさい……」


 うつむき、かすれた声だけが絞り出された。


 久城くじょうも詳しい症状は教えてくれなかった。ただ、何かに怯えたような落ち着きのない表情で、助けを求めるようにすがりついてきた。俺の知らないところで何が起きたんだろう。


 肝心の朝霧も覇気が無い。風見かざみは牙を無くした虎などと揶揄やゆしていたが、俺から見れば、棘を失いしおれた薔薇といったところか。


 萎れても、その気高さと美しさは決して損なわれていない。葉の隅々まで栄養剤を与えられれば良いんだろうが、あいにくそんな便利な物は持ち合わせていない。


「カミラさんの診断は、何て?」


「分からないわ。スタッフが慌てた様子で呼びに来て、いなくなってしまったから」


「は? いなくなった? ったく、負傷者を放ったらかして、どこに行ったんだ……」


 相変わらず自由奔放な人だ。

 おどけて見せようと大げさに頭を垂れると、ポケットの中でかすかに聞こえた金属音。


「そうだ……」


 取り出したのは、預かったブレスレット。


「悪い。壊れちまった……」


 虎の悪魔との戦いの最中、壁に叩き付けられた衝撃で、留め具が外れてしまったのだ。


「ごめん。大事な物だったんだろ?」


神崎かんざきが無事だったんだから安いものよ……きっと、身代わりになってくれたのね」


 それをいつくしむように見つめ、両手でお椀を形作る朝霧。そこへブレスレットを戻した。まるで何か神聖な儀式のようで、安らかで厳かな気持ちになるから不思議だ。


 彼女は我が子の帰りを迎えるように、穏やかな微笑みでそれを見つめる。


「ホントにごめん……」


「本気でそう思っているのなら、新しい物に買い換えるわ。そうね。明日がいいわ! あなたが選んで!」


「は? 明日って……」


 突然、何を言い出すんだ。しかも、桐島きりしま先輩が攫われたっていうのに、呑気に買い物をしている場合じゃない。


 でも、目の前の朝霧は、うろたえてしまうほどの純粋無垢な笑みを浮かべて。


 改めて見ると本当に美人だ。昨年のミス光栄で、一年の部を受賞しただけのことはある。まさか、そんな人に想われているなんて。


 でも、今の俺の心を満たしているのは朝霧じゃない。どうしても助けたい人が、側にいて欲しい人は別にいる。


 きっと、全てを中途半端にしている俺の責任だ。突き放すことも受け入れることもできず、出来る限りのことはしてみせるなんて都合の良い言葉でやり過ごしている俺の罪。全てをはっきりさせて、お互い楽になるべきだ。


「朝霧。聞いてくれ……」


「そうそう。お手伝いの沙緒里さおりさんが、珍しいコーヒー豆を手に入れたの!」


 その気配に何かを感じ取ったのか、慌てて言葉をかぶせてくる。


美奈みな……」


「あなたがコーヒーを好きだって話したら、是非ごちそうしたいって」


「聞けよ」


「聞かないわよ!」


 静まりかえったこの部屋へ、悲痛な叫びがやけに大きく響いた。いや。声が響いたのは部屋だけじゃない。俺の心へ突き刺さるように届いたそれは、瞬く間に全身へ染み渡った。


 目には見えない罪の十字架が、背中に重くのし掛かる。


「聞きたくないわよ……きっと、私が一番聞きたくないことを言うつもりでしょう!?」


 うなだれた顔は長い黒髪に隠され、表情を窺うことはできない。膝の上で握られていた小さな両拳が微かに震えている。


「レイカさんのこと、聞いたわ……助けに行くつもりなのね?」


「あぁ……」


 どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。別れ際の恋人たちは、こんな気持ちで最後を迎えるんだろうか。


「どうしてそこまでするの? もう、私たちの手におえる問題じゃないわよ。後は霊能戦士れいのうせんしに任せて、あなたは明日、私とブレスレットを買いに行く。それでいいでしょう?」


 立ち上がり、俺の両手に自らの手を重ねてくる。朝霧の右手に握られていたブレスレットが甲へ食い込み、鈍い痛みが襲う。まるで俺の心へ棘を突き立てるように。


「良くねぇよ……先輩は目の前で拐われた。このままにできねぇし、風見を絶対止める!」


「本当にそれだけ? さっき私に言おうとしたことと関係あるんじゃないの!?」


 端正な顔がすぐ間近にある。吸い込まれそうな瞳を前に、これ以上は逃げられない。


「朝霧には申し訳ないけど、やっぱり俺は桐島先輩のことが好きなんだ……何としても、俺の手で助けたい……」


「病院には悪魔もいるのよ。死ぬかもしれない……具現者リアリゼーターなんて辞めて、私と一緒にいてよ。私なら、あなたが望む物を何でも与えてあげられるわ! 何でもしてあげる……」


 俺の手を取り、自らの胸へ押し当てる朝霧。ブラウスの薄布一枚を通じて、温もりと柔らかな感触が直に伝わってきた。


「ちょ!? 下着は!?」


「付けてないし、履いてないわ。神崎の好きにしていいよ……だから、お願い……」


「うおっ!」


 急にのし掛かられ、たまらずベッドへ倒れ込んでいた。彼女の黒髪が顔へかかり、シャンプーの香りに包まれながら天を仰いでいた。


 俺の胸にすがり付き、小さく震える存在がある。そっと包んでやらなければ壊れてしまうと分かっているのに、そうすることをためらってしまう。この儚い存在は俺だけを頼り、俺の助けを必要としているのに。


 あの日とは違う無機質で真っ白な景色。キャンパスに絵を描くように、その景色へ俺の世界を構築する。でもそこに、朝霧のいる場所はない。ないんだ。


 胸の上へ覆い被さる儚い存在。それを抱きしめたい衝動を堪え、強引に身を起こした。

 心が引き裂かれそうだ。でも、俺より朝霧の方が何倍もつらいに決まっている。


 隣にいる朝霧の顔をまともに見ることができず、床へ投げかけた視線。その片隅に映ったのは僅かにめくれ上がった彼女のスカートと、そこから覗く色白ですらりとした太もも。そこへ釘付けになった俺は最低だ。


「ごめん。俺じゃ、朝霧の心を埋められない……もっと相応しい人がいるよ」


 背を向け、無言で立ち上がる朝霧。何を思い、どんな顔をしているんだろうか。


神崎かんざきの気持ちは良く分かったわ。でも、この気持ちを抑えることができない。私にはもう、あなたしかいないの……」


 決して振り向くことなく、機械仕掛けの人形のような動きでドアへ向かってゆく。様子が心配だが、また中途半端な優しさを見せるわけにはいかない。


 すると、朝霧の手から何かがこぼれ落ちた。それは返したはずのシルバー・ブレスレット。


「落としたぞ!」


 呼びかけるも、応じることなく部屋を去る。そこに残されたブレスレットが、俺の心を縛り付けようとしているようで不気味に映った。


「これで良かったんだ……」


 それを拾い上げながら、この選択が正しかったんだと自分自身へ言い聞かせ、無理矢理に納得させる。そうでもしなければ、これ以上進めない気がしたから。


 様々な葛藤と不安を抱えながら、その日は瞬く間に過ぎていった。食欲もなく、その後の記憶も曖昧だ。ただとてつもない疲労と倦怠感けんたいかんが全身を包み、一刻も早く眠りたいという欲求だけがあった。


 目を覚ましたのは翌日の六時。病室のドアを激しく叩く音で目が覚めた。


「なんだってんだよ。こんな時間に……」


 眠りを妨げられイライラした気持ちのやり場もなく、寝癖の付いた髪を掻き毟った。

 アジトで借りたジャージ姿のままドアを開けると、そこにいたのは久城だ。


「どうしたんだよ?」


「リーダー、どうしよう!? 美奈ちゃんがどこにもいないの!」


「は?」


「昨日の夜、ごく、落ち込んでたから気になって。一人になりたいっていうから別々の部屋で寝たんだけど、気になって覗いたら……」


「散歩とかじゃねぇのか? それか勝手に家へ帰ったとか……」


「分かんない。アジトのめぼしい所は回ったし、携帯も通じないんだよ。なんか、ごくおかしいんだよ……」


 何かをためらい言葉を探す久城。その視線が落ち着き無く周囲を漂った。


「俺に何か隠してるだろ?」


 ただならぬ予感に、久城を室内へ招いた。どこで誰が聞いているか分からない。


「落ち着いて聞いてね。実は美奈ちゃん、昨日の戦いの最中に様子がおかしくなって……玲華れいか先輩に危害を加えようとしたんだよ」


「桐島先輩に? ウソだろ!?」


「冗談でこんなこと言うと思う? 私だってウソであって欲しいよ! でも事実なんだよ……もう、何が何だか分かんないよ……」


 瞳に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな久城。そんな彼女を前にしても、俺にはどうすることもできない。


「美奈ちゃんにはもう、リーダーしか見えてないんだよ。きっと美奈ちゃんを救えるのはリーダーだけなんだよ」


「久城。俺へ勝手に期待を寄せるのはもう止めてくれ……いなくなったのも俺のせいかも知れない。朝霧に伝えたんだ。俺は桐島先輩が好きだって……」


 これはきっと、誰が正しいとか間違っているとか、そんな明確な答えなんてない。


 気持ちの行き先を失った俺たちは、互いに次の言葉を求めてその場に立ち尽くしていた。

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