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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.03

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20 おまえもだ。取られた物は取り返せ


 虎の悪魔ティガから受けた脇腹の傷へ、温シップを貼ったように温もりが広がる。霊体が受けた、目には見えない傷跡だが、それでも痛みがあることに変わりない。


 ゼノが癒しの霊術れいじゅつを使えばなんてことのない傷かもしれないが、あの見た目通り、治癒や補助系統の術は苦手らしい。


 ベッドへ横たわりながら足下へ視線を向けると、久しぶりに見るオーレンさんの姿が。現在、戦いを終えた俺たちはアジトへ戻り、治療を受けている真っ最中だ。


 時刻は十九時を過ぎている。今日はアジトへ泊まり、明日に備えるようにとの命令だ。


 だが、今日一日で多くの物を失った気がする。朝霧あさぎり久城くじょうに付き添われ治療中。タイちゃんと酒賀美さかがみ先輩、クレアもしかりだ。


 加えて風見かざみの裏切りによって桐島きりしま先輩も連れ去られた。俺だけが大した傷を負うこともなくおめおめと戻ってきたというわけだ。だが、情けないなどと嘆いていられない。桐島先輩を助けるためにも立ち止まっていられない。今はただ、前へ進むしかないんだ。


 ここへ運び込まれるまでに、ゼノへいくつかの確認を取った。虎の悪魔とのやり取りで、俺の知らない情報があったから。


 眷属けんぞくというチームのようなものと序列じょれつと呼ばれる階級。そして、上位悪魔ハイ・クラスたちが変身した、神格しんかくと呼ぶ特殊能力だ。


 眷属は、思った通りチーム分けのようなもの。闇導師やみどうし戦神せんじん、そして消滅した深淵しんえん死神しにがみによる四チーム。それぞれに派閥意識が強く、協力することなど有り得ないのだという。俺は気付かなかったが、悪魔の胸元か肩口辺りに各眷属の紋章が刻まれているとか。


 霊魔大戦れいまたいせん深淵しんえん死神しにがみ眷属けんぞくは壊滅したため、残すは二チームのみ。しかもゼノの情報では、地上に残る上位悪魔ハイ・クラスはごくわずか。恐らく、今日の熊と黒豹だけではないかという。


 そして序列。各眷属の上位五体に与えられる階級で、彼等だけが持つ変身能力が神格。その力は憑依ひょういした霊体を解放する能力のため、虎の悪魔は巨大虎へ変身したのだという。


「おや? 気分が優れませんか?」


 口と顎に蓄えたヒゲの間から白い歯が覗き、人懐こい笑みを投げかけてくる。


「いえ。大丈夫です」


 慌てて視線を逸らし天井を見上げた。


 それにしても、まだ気がかりが残っている。ゼノの素性。あいつが何も話さないから、知らないことが多すぎる。


 分かっていることは、孤児だった過去と、ティアという女性との繋がり。そして、鳴り物入りで霊魔大戦れいまたいせんへ参加し、英雄視されているにも関わらず表舞台へ出てこないという謎。


 更には、幻獣王げんじゅうおうと顔見知りで、彼の力を宿す大剣たいけんを操ることができるということ。一番不可解なのは、悪魔にも知られている点だ。奴らはゼノのことを別の名で呼んでいた。始まりの魔人まじん、ゼロ。ゼノではなく、ゼロ。言い間違いかもしれないが何か引っ掛かる。


「さてと。治療はほぼ終わりました。今日中に痛みも引くでしょう。私は他の方たちを診てきますが何かありますか?」


「いえ。俺はもう大丈夫っスから。みんなのこと、よろしくお願いします」


 ベッドへ身を起こし、深々と頭を下げた。


「はい。任せてください」


 緑の長衣をひるがえし、オーレンさんが部屋を出て行く。朝霧はカミラさんが付きっ切りで診てくれているため、先輩たちやクレアの様子を見に行くんだろう。


 一人になると、やり切れなさが込み上げてきた。桐島先輩を救えなかった無念の思い。それが、心へシミを作るように広がってゆく。


「絶対に助けてみせる……」


 自身へ強く言い聞かせる。残念ながら影井かげいあかねを助けることはできなかったが、魚海うおみひかる呪印じゅいんを刻まれただけで命の危険はなかった。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。


 その時だ。不意にドアをノックする音。オーレンさんが忘れ物でもしたのか。


「どうぞ」


 顔を見せたのは予想もしない相手だった。驚きに言葉を失っていると黙って室内へ入り込み、ベッドの脇で立ち止まる。


「すまない。面倒をかけたな……」


「いや。別に……」


 こいつにしては珍しくしおらしい態度に、思わず面食らってしまう。


 悪魔との戦いで消耗した俺は、医療チームへセイギの保護を頼んだ。風見の言う通り、病院の玄関口へゴミのように放り出されていたという。霊撃輪れいげきりんと通信機を奪われた状態で。


 心と言葉の行き場へ困ったように腕を組み、サングラスを指で押し上げている。


「こういう時、どう言えばいいのか分からないんだが……」


 妙に落ち着かない様子で体を揺する。その動揺や緊張が伝わり、なぜかこっちまで落ち着きを無くしそうだ。


「別に気にするなって」


「私は、いわゆるいじめられっ子だった。友達と呼べる者もなく、他人と接するのが怖い。自分しか信じられない。それでも私は……」


 奥歯を噛み、自分の中の何かと必死に戦うセイギ。サングラス越しでも、その瞳に強い意思を感じる。


 いじめられっ子。その告白が影井朱と重なる。俺に告白するだけでも大変な思いだっただろうに。そう思うと、今まで俺たちに壁を作っていたのも頷ける。


 他人に依存せず、自分の力しか信用できない。それは朝霧にも通じる部分。似た者同士だからこそ、ぶつかり合っていたのかも。


 するとおもむろに床へ手を付き、土下座をしたんだ。あのセイギが。


「それでも私は、おまえを信じる! こんなことを頼めるのは神崎かんざきしかいない!」


 その背が小刻みに震えている。


神津かみつ総合病院に、どうしても助けたい人がいる……いじめられていた私をいつも助けてくれた恩人だ。懸賞金を稼いでその人を救いたいと具現者リアリゼーターになったというのに、私の力ではもう、どうすることもできない……」


 こいつが強さと金にこだわっていた理由。思い人を救いたいという気持ちが、強さの原動力になっていたというわけか。


 土下座を続けるセイギ。その手首には再支給された通信機がある。しかし、中指になくてはならない霊撃輪れいげきりんが失われている。


 指輪を作成する際、所持者の霊力と結びつけるため、古い指輪を処分しない限り作り直せないのだという。つまり、奪われた指輪を取り返さない限り、セイギはもう戦えない。


「尻ぬぐいに巻き込むなと言ったこともある。心ない言葉でおまえたちを散々傷つけた私が、こんなことを頼める立場でないことは充分に承知している。それでも、おまえの強さにすがるしかない。私の代わりにあの人を……あの人を助けてください!」


 額が床にぶつかる鈍い音。こいつの本気の覚悟が痛いほど伝わってきた。俺もその覚悟に向き合わなければ。


 ベッドを抜け、土下座を続けるセイギの隣へ立った。脇腹が微かに痛んだが、こいつの心の痛みに比べれば軽いものだ。


「おまえの言う通り、散々傷つけられてきた。今更、手のひらを返してすがり付かれたって、こっちも迷惑なんだよ」


 セイギは微動だにしない。


「俺はどうしても病院へ行かなきゃならない。父さんもいるし、何としてもレイカ先輩を助けきゃならない。おまえも他人に依存するんじゃなく、自力で這い上がってこいよ」


「どういう意味だ?」


 呆気に取られた顔で見上げてくる。


「一緒に来いって言ってんだよ!」


「だが、私には霊撃輪が……」


「取られた物は取り返せ! それとも何か? てめぇは、やられっぱなしで構わねのか!? 正義のヒーローは最後には勝つんだろ!?」


「今の私では足手まといだ……」


 覇気の無いこいつを見ているうちに怒りが込み上げ、その襟元を握りしめていた。


「霊撃輪を取り返すまで、俺が絶対に守る! その人を助けたいんだろうが! それが仲間の絆じゃねぇのかよ! てめぇは、大好きなヒーローから何を学んできたんだ!?」


 掴んでいた襟元を乱暴に振り払い、部屋の出入り口を見つめた。


「明日は早い時間にこっちから攻め込む。風見の霊力なら補足できるはずだ。今のうちに休んでおけよ。病院の構造はおまえだけが頼りなんだからな」


「自分の力と可能性か……」


 つぶやきながらセイギはゆっくりと立ち上がった。その瞳に闘志をたぎらせて。

 だが、その言葉に驚いたのはこっちだ。


「どうしておまえがそれを?」


「おまえが逃げ出したあの日、霊眼れいがんで追跡していたのは知っているだろう? セレナがレイカと連絡を取っていたのも。あの日のやり取りは全員に筒抜けだったということだ」


「は?」


 今更だが、たまらなく恥ずかしくなってきた。まさか、あの会話を聞かれていたなんて。


「アスティに説教しておきながら情けない。まさか自分に返ってくるとはな。明日はよろしく頼む」


 サングラスの位置を整えたセイギがドアを開けた時だった。その背中を追い越して、廊下に佇む一人の女性の姿。


「ったく、今日はなんなんだ。個人面談じゃねぇんだから……」


 セイギと入れ違い様に入ってくると、後ろ手でドアを締め、黙って見つめてきた。


 二人きりになると、どうしても緊張してしまう。あの夜の出来事が脳裏をかすめてゆく。


 潤んだ瞳。桜色に染まった唇の弾力。指へ絡み付いた艶やかな黒髪。雪のように白い肌と折れてしまいそうにしなやかで華奢な肢体。そして、この手で触れてしまった胸の膨らみ。全てが鮮明に記憶されている。


「で、ミナはどうしたんだ?」


 側に置かれたイスを引き寄せ、ベッドへ腰掛けた。すると、その存在を知らせるように、ポケットの中で何かが微かな音を立てた。

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