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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.03

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18 大激震。深紅の軌跡と黒旋風。


 鋭く凶悪な牙を剥いた巨大虎の咆吼ほうこうが轟く。まるで空間が意思を持ち、恐れおののいたように大気が激しく震えた。


 未熟な霊能戦士れいのうせんしであればそれだけで恐怖にすくみ、戦意を喪失していてもおかしくはない。それほどの圧倒的な存在感と禍々しい殺意が周囲を支配していた。


 だが、そんな空間に立たされて尚、狂戦士バーサーカーは余裕の笑みを崩さない。愛用の大剣たいけんを軽々と肩へ担ぎ、虎の動きを注意深く伺う。


「どーした? かかって来いよ。吠えてるだけじゃ、俺は殺せねーぞ」


 血のように赤黒く染まった虎の双眸そうぼうが少年を捉えるが、彼が担いだ大剣を警戒し動かない。そこから繰り出される無双の一撃が致命傷と成り得ることを良く知っているからだ。彼らを付き従えていた悪魔の王でさえ、その力に打ち勝つことは叶わなかったのだから。


斬魔剣ざんまけん。聞いたところによれば、ジュラマ・ガザード様がもぎ取った、幻獣王げんじゅうおうの前足から作り出した剣だとか……ここでおまえを始末すれば、最強の称号を得られるわけか」


「ケッ! 妄想癖まであんのかよ。てめーはもう手に負えねーな。斬魔剣エクスブラッド。こいつの威力を思い知れ!」


 先に動いたのはゼノだ。地を蹴り、前方の虎を目掛けて疾走。眼前に迫った敵の前足を目掛け、手にした大剣を思い切り振るった。大気すらも切り裂きそうな荒々しい轟音と共に深紅の軌跡が舞う。


 斬撃の速さから赤い筋と化したその一閃だが敵に届くことは無かった。なんと巨大な虎は忽然と消えたのだ。

 一瞬のうちに巨体を見失い困惑するゼノ。目の前には舞い散った塵が漂うのみ。


「くっ!」


 突如として膨れあがった殺気を感じ、咄嗟に後退するゼノ。直後、今まで彼が立っていた位置へ巨大な影が着地。鋭い爪を剥きだした四肢の衝撃に耐えきれず、モノクロの床が悲鳴を上げ蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 そして、彼が体制を整えるより早く、虎はその口から一抱えもある霊力球れいりょくきゅうを吐き出した。


「うらあっ!」


 再び閃いた深紅の軌跡が霊力球と衝突。甲高い炸裂音を響かせ、球が脇へと凪ぎ払われる。一拍遅れて生じたのは、乗用車が突っ込んだのかと疑うほどの破砕音。


 攻撃を払われ、驚きに目を見開く巨大虎だが勢いは止まらない。霊力球を吐き出すと同時に、腕のしびれに顔をしかめるゼノへ突進。


「ちっ!」


 舌打ちを漏らすゼノ。剣を引き戻している暇はない。すかさず横手へ飛び退きながら、振り抜いてしまった刃を左へ切り返した。だが、虎はそれを予測していたように急停止。刃の刃先は虎の左肩をかすめるのみ。


 それを避けた虎は、獲物へ飛びかかるように前足を突き出し、腰を落として身構えた。


黒旋風くろせんぷう!」


「イレイズ・キャノン!」


 仕掛けたのは同時。虎は後ろ足を蹴り上げ、前足を軸に急回転。一拍遅れて長い尾がその動きを追い、弧を描いて腰へ巻き付いた。


 巻き起こる黒い竜巻。大人二人が両腕を広げたほどはあるだろうか、ハリケーンを思わせる小型の渦が天井まで伸び上がる。ゼノの放った霊力球は、扇風機に投げ込んだ風船のように呆気なく弾き飛ばされた。


「うおっ!?」


 急接近した黒い渦がゼノの腕を絡め取る。遊園地のコーヒーカップの遊具へ放り込まれたように旋回し、勢いよく放り出されると、背後に膨らむ殺気。


「くそっ!」


 気づいた時には既に手遅れ。空中で身構えるゼノの右脇腹を、虎の爪が切り裂いた。


「ぐあっ!」


 激痛にその顔が歪む。咄嗟に繰り出した突きは虎の胴に浅い傷を刻むだけ。着地した彼は苦しげにうめいた。


「どうした? 魔人まじんの力はその程度か?」


「あぁ? こっちは準備運動の最中だ」


 ゼノの額には脂汗が滲み、呼吸が乱れている。傷は思ったより深い。痛みを堪え、思念しねんを送ろうと意識を研ぎ澄ませた。


(カズヤ。落ち着いて目の前の敵に集中しやがれ。勝てるものも勝てねー)


 内心の焦りを押さえ、大剣を握った時だ。巨大虎が再び腰を落として身構えた。竜巻を警戒し、ゼノは大剣を握り両足を踏ん張った。


 直後、虎は地面を蹴りつけ疾駆しっく。完全に不意を突かれたゼノはその動きに対応できない。否、かつての彼ならばそれをいなすことなど容易いことだった。今はカズヤの体だ。しかも不安定な同調シンクロが動きを鈍らせていた。


「がっ!!」


 虎の頭突きに吹き飛ぶゼノ。背後の壁に激突した衝撃で、彼の手元から何かが飛んだ。

 床へ尻餅をつくと同時に転がったのは、ミナから預かったシルバー・ブレスレット。


「終わりだ。魔人!」


 迫る巨大虎。その足がブレスレットを踏みつけた瞬間、ゼノは体中の血液が沸騰するような感覚に襲われた。爆発的に沸き上がる力。見えざる存在に引き起こされたかと思った矢先、その左手は虎の顔面を捉えていた。


いかづち攻霊術こうれいじゅつ天雷てんらい!」


 敵を逃すまいといかづち上位霊術じょういれいじゅつを帯状に展開。紫電しでんの帯に踏み込んだ虎は、網にかかった魚のように巨体を震わせた。


「終わるのはてめーだ!」


 雷を受け、一時的に動きの鈍った虎。その横を駆け抜け様、胴を横一線に薙ぎ払う。途端、そこから吹き出す黒い気体。


「ぐるあぁぁぁぁ!」


 狂った咆吼ほうこうを上げて飛びすさる虎を、ゼノは笑みを浮かべて眺めていた。


「悪りぃな。どうやらスイッチが入っちまったみてーだわ。消えてくれよ」


 痛みに顔を歪めるも余裕は揺るがない。勝利を確信した笑みに、虎が再び身構えた。


黒旋風くろせんぷう!」


 巨体の回転と同時に生まれた竜巻。それを見つめるゼノは大剣を構えた。


「霊界漂う数多あまたの精霊よ。くう創主そうしゅに変わって命ず。我に力を与えまたへ……」


 深紅の刃を青白い光が包み込む。


空霊術くうれいじゅつ極旋きょくせん!」


 刃に生じた風の渦。深紅の一閃が黒い渦と真っ向から激突し、吹き荒れる強烈な爆風。その風を物ともせずに、大剣を手にしたゼノが爆心地から飛び出した。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 上段から渾身の力で振り下ろした斬撃。それが回転を終えた直後の虎を急襲し、長く太い尾が宙を舞いながら霧散した。


「ぐぅがあぁぁぁぁ!!」


 虎の口から連続で放たれた霊力球。だが、ゼノは切り上げた刃でそれらを薙ぎ払った。その隙に距離を取った虎が体制を立て直す。


「風の霊術れいじゅつで、黒旋風くろせんぷう相殺そうさいしたか」


「取って置きだから必殺技なんだろーが。二度も見せるもんじゃねー。竜巻は尻尾を起点にしてたんだろ? てめーの技は封じたぜ」


「ほざけ! 小僧があっ!」


 赤眼へ怒りを宿し、巨大虎が疾駆。ゼノも大剣を手に、一騎打ちへ飛び出した。


 鋭い牙の並ぶ大きな口が、一飲みにしようと狙う。そして怒り狂った虎は気づいていない。彼の左手が印を結んでいたことに。


「土の攻霊術こうれいじゅつ天貫てんかん!」


 突如、虎の足下が隆起。天へ向かってつらら状の突起物が伸び、敵の喉元、肩口、腹部へと次々に突き刺さった。


「ぐうあぁぁぁぁ!!」


 虎は痛みに身悶え、拘束を解こうともがく。


「今度はこっちが必殺技を披露してやるよ。斬魔剣も満腹になったみてーだしな」


 深紅の刃へ力が収束。それは黒い球体となって刃を包み、力を示すように大きさを増す。


「この剣はてめーの体から流れる瘴気しょうきを喰らうんだ。それを蓄え、攻撃へ転換する」


 虎の傷跡から流れ続けていた黒い気体、瘴気と呼ばれるそれが、気づけば斬魔剣へ吸い寄せられていた。最初の一撃を刻んだ時からその吸収は続いていたのだ。


「くらえ! 幻獣王ドラゴニック滅咆吼ブレス!」


 叫ぶと同時に、ゼノの頭頂を隠すほどに膨れ上がった球体が虎を目掛けて飛んだ。彼の体までもが反動で後方へと吹き飛ぶ。


 危険を察知した虎は必死にもがき、体を捻って土の針山をへし折る。だが、虎がそこを離れるより早く、大気をも喰らうような唸りを上げ滅咆吼ブレスが迫っていた。


 虎の悲鳴を飲み込み、その右半身を球体が抉り取る。右下顎から前後の足を失い、体を支えることができない虎は無様に床へ倒れた。神格しんかくの力を維持することも叶わず、急速に萎んだ体は虎顔の人型へ変化していた。


「さぁ。ここまでだな」


 大剣を手にしたゼノは倒れた悪魔へ歩み寄り、剣の切っ先を敵の顔へ向けた。


「最後に聞かせろ。どうして戦神せんじん眷属けんぞくのてめーが、闇導師やみどうしに付くんだ?」


「あんな奴に付いた覚えはない。俺とシーナはただの見張りだ。戦神様より監視の任を与えられているんだ……」


 悪魔は覚悟を決めたのか、戦いに敗北した今、抵抗する素振りは微塵もない。


「監視?」


「魔法陣を使って伝令の使い魔を放つはずだった……後は自分で確かめろ。闇導師を止めてくれ。奴らのアジトは三日月島みかづきじまだ……」


「言われなくてもあいつは消す。それが俺の復活した目的だからな」


 悪魔の口元が笑みに変わると、その姿は黒い瘴気しょうきと化して崩れ始めた。ゼノは安堵の息をつきながら脇腹を押さえる。


「さすがに疲れた。交代だ。腹の傷は押さえてやるから、後は何とかしやがれ……」


 ゼノとカズヤの意識が入れ替わると同時に魔空間が崩壊。カズヤは夕闇が支配する家庭科室へ戻ってきた。


「三日月島……」


 シルバー・ブレスレットを慈しむように拾い上げ、一人つぶやいた。


 三日月島。光栄高校の最寄り駅の反対口にある三日月海岸から見える孤島。引き潮の時にだけ、島へ続く道が現れる。地元の人間も寄りつくことのない島だが、そんな所に闇導師が潜んでいるなど誰が考えるだろうか。


 迫り来る決戦の時を感じ、カズヤは拳をきつく握りしめていた。

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