14 昼メロか。姉妹で男を奪い合い
襲い来る黒豹。レイカが長弓を、サヤカが巨大十字架を構えるより、敵の速度が勝った。
「ほら。プレゼントだよ!」
両手から一抱えもある霊力球が同時放出。直撃を受けた二人はモノクロの砂地を転がる。
満足げに微笑む黒豹がミナの間近へ着地。その瞬間、ミナに仕掛けられていた影縛の術が解除され、憎悪の魔女が再び解き放たれた。
「ジャマばっかりするんじゃないよ!」
苛立ちをあらわに、牙を剥きだした黒豹が振り返る。そこには鞭に全身を絡め取られながらも立ち上がるクレア。だが、その抵抗も空しく、悪魔の放った霊力球が直撃。声を上げる間もなく背後へ弾き飛ばされた。
「ついに見つけたよ。あんたに決めた……」
「何よ? あなたも消える?」
淡い水色の瞳を向け、装飾銃を突き付ける。
「おぉ、怖い。でも、そのオモチャじゃ私は倒せない。暴れる子にはこうだよ」
話を遮るように銃口から飛んだ霊力弾。敵は上体を脇へ逸らし、それを難なく避ける。
「大人しくしな!」
黒豹はミナの脇へ抜け、肩を抱いて自由を奪う。動けない彼女の首筋へ黒豹の指先が伸び、そこから黒い煙が立ち昇った。
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魔空間をつんざくような鋭い悲鳴が駆け抜けた。黒豹がミナの体を離すと、首を押さえた彼女はその場へ崩れた。
激しい痙攣を繰り返すミナ。その傍らへしゃがみ、悪魔は楽しそうに口元を歪める。
「大丈夫。それだけの霊力があれば、死にはしないよ。目覚めた時に……」
黒豹はその耳元で何かを囁き、静かに立ち上がった。動けずに這いつくばる三人を見渡した時、空間をすり抜けるように一体の悪魔が出現。シュンとリョウを襲った狼の悪魔だ。
「あら、ウォルフィン。あんたがここに来たってことは、完了したのかい?」
「ゲヒッ! シーナ姉さん。まぁた、派手にやりやしたねぇ……」
周囲の惨状を面白がるように、横たわるミナの体を足裏で転がした。
「質問の答えになってないよ。いつもそうだ。聞いているんだか、いないんだか」
「あぁ。すいやせん。無事に終わりやした。後は起動を待つのみですぜ。じゃあ、後はこのゴミ共を片付けて……」
「待ちな。私に考えがあってねぇ……この程度、生かしておいても害はないだろ。行くよ」
黒豹の言葉を残し、悪魔たちは解けるように消失。同時に魔空間も解除されたのだった。
「起動を待つのみ、ってどういうこと?」
上体を起こし、呻くようにつぶやいたサヤカの言葉は風にかき消された。
★★★
二階の廊下では、カズヤとタイガによる虎の悪魔との攻防が。否、それは攻防と呼べるものでなく、必死の二人を虎が弄ぶ光景。
「どうやら時間だ。狂戦士、おまえには失望した。こんなことなら変に期待せず、昨日のうちに殺しておくべきだった」
カズヤの剣、タイガの拳を受け流し、虎の悪魔はやり場のない怒りに牙を剥く。
「黒乱脚!」
不意に蹴り出された右足。カズヤはシールド、タイガは玄武と、各自の霊力壁を展開。
威力を削ぐも、たまらず弾かれ数歩後退。その隙に、悪魔は窓から飛び降り姿を消した。
「くそっ!」
夕日の差し込む窓から顔を出し、舌打ちするカズヤ。狂戦士モードを使えば倒せたはずの相手を、取り逃がしてしまったことに憤る。
「無事だっただけでも、儲け物じゃないか」
背後から飛んだタイガの言葉に振り返るカズヤ。そこには不満の色が充ち満ちている。
「なんで俺の力を信用してくれねぇんだ!?」
「今ので分かっただろ? 完全な状態でも、あいつには手も足も出ない」
それはゼノの力がなかったからだ、などとは到底言えるはずもないカズヤ。怒りを堪え黙っているしかなかった。
そんな二人へ近付く足音。上階からやってきたシュンとリョウだ。外傷が無いため分からないが、体を庇うように歩く姿はかなりの傷を負っているようだ。
『総員へ通信。サヤカから医療チームの要請受信。SOUL30のミナは戦闘不能。シュンとリョウ60台。クレア70。状況を報告して』
不意に知らされた通信に、四人は困惑の表情を浮かべる。そして、神妙な顔つきでシュンが通信ボタンを押した。
「こちら、シュン。霊眼で動きを把握済みだと思いますが、各チームが悪魔と交戦。僕とリョウは水島君を発見しましたが救助失敗。呪印を刻まれた彼女を三階で保護……」
☆☆☆
風見先輩に続いて三階へ向かった俺たち。タイちゃんが水島を背負い、一階でみんなと合流。そこには、青ざめた顔で呻く朝霧が。
移動車へ水島と朝霧を乗せ、どうしても付き添うという久城が続いた。本来なら撤収するべきだが、女生徒全員が被害に遭った今、何かが起こる可能性を危惧しなければならない。ここに残って様子を見よう、という風見先輩に反対する人はいなかった。
走り去る移動車を見つめる桐島先輩は、怯えたように体を抱きすくめていた。細身で華奢な体が今にも折れてしまいそうな気がして。
「何があったんスか?」
視線を合わせると、なぜか怯えた表情で必死に笑顔を取り繕う。
「大丈夫、大丈夫。何でもないの。悪魔に襲われて怖かっただけ。安心したら急にね……」
「すみません。まさか仲間がいたなんて」
「どうして君が謝るの? 変なの……」
無理に微笑む姿が痛々しくて、まともに見ていられない。上位悪魔の存在が余程の恐怖だったんだろう。やはりこれ以上、女性陣を巻き込むわけには行かない。
「桐島先輩とクレアはアジトへ戻ってください。これ以上は危険っスよ」
「どうして?」
「そうですよ。私だって、まだ戦えます!」
久城に貰った羽衣を腹部へ巻きがら、側に立つクレアも抗議の声を上げる。
「きっとみんな、自分のことだけで精一杯だと思うんスよ。守る余裕がない……」
右腕のブレスレットが視界に入る。結局また、朝霧を守ってやれなかった。
「守って欲しい、なんて頼んだ?」
「え?」
桐島先輩の言葉に面食らっていると、肩へ誰かの手が置かれた。
「具現者に加わった時点で、みんな覚悟はできているっていうことだよ」
「おっと。それはあんただけかもよ?」
俺の肩へ手を置く風見先輩を見据え、酒賀美先輩が意味深なことをつぶやく。
「どういう意味かな?」
辺りに漂う不穏な空気。二人の腹部に巻かれた羽衣が何とも痛々しい。
「意見をぶつけ合うのは後にしてくれ。カズ。おまえも気負い過ぎなんだ。仲間を信用しろ」
タイちゃんの言う通り思い過ごしならいいけれど、事態を楽観視されているようで落ち着かない。その気持ちに共鳴するように、ポケットの携帯が小刻みに震えた。
取り出すと、発信者の名は啓吾。絶対に電話に出ると約束したのは今日の今日だ。初日で破るわけにもいかず、通話ボタンを押した。
「もしもし。どうした?」
『偉い。偉い。本当に出たね!』
「用がないなら切るぞ」
『待って! 聞いてよ! 失踪事件と、さっきの黒川の件、どうしても話しておきたいことがあるんだ。まだ図書室?』
そういえば啓吾には、図書室で夏休みの宿題をしていると言い張っていたんだっけ。
「電話じゃダメなのか?」
『できれば会って話したいんだ。あいにく手が離せないから、部室に来て欲しいんだけど』
「分かった。今から行く」
電話を切りみんなを見渡す。この状況なら、すぐに動きはしないだろう。
「ちょっと野暮用が。すぐに戻りますから」
「どうしたんですか?」
クレアが不思議そうに見ている。
「友達の情報屋から、朱に関して何か聞けそうなんだ。少し、待っててください」
☆☆☆
「おっ! いらっしゃい!」
呑気な口調で近付いてくる啓吾。部室の中心に置かれた木製の長机を囲むように数人の部員が作業をしている。もっとも、霊光結界が有効になっている間は帰宅するという思考も出ないだろうが。
「で、何の情報だよ?」
「焦らないの。シャワーを浴びさせて」
「おい。殴るぞ」
口元を引きつらせていると、ようやく事態の緊急性に気付いたのか神妙な顔になった。
「ごめん。真面目に話すよ。景井朱に関してからでいいかな?」
「頼む」
啓吾は部室の隅へ椅子を置き、他の部員から離れた位置で座るよう促してきた。俺たちは向かい合う形で腰掛ける。
「実は、景井朱には付き合っている恋人がいるんだって。彼氏の名前は魚海光。ミステリー研究部の部長で、なんと景井忍の元彼氏……」
「おい、おい、おい、おい……」
昼メロか。姉妹で男を奪い合い。
狼狽していると、通信機に受信を知らせるランプが点灯。話を続けようとする啓吾を制し、ひとまず廊下へ飛び出した。
同時通信だったらしい。会話の冒頭を逃したためアジトの回線へ繋ぎ直し、録音データへアクセスした。
『サヤカです。五人の女生徒が別々の場所で襲われた理由が分かりました。強引で分かりづらいんですけど、それぞれの地点を平面で見ると、逆さに星を描く五つの点が現れます。逆五芒星です。それが何を意味するか……』
含みを持たせた妙な間が生まれる。久城の緊張がこちらにまで伝わってきた。
『逆五芒星は地獄との繋がりを表し、悪魔降臨を意味するんです……そして、逆五芒星の中心にあるもの。恐らく、三階のミステリー研究部の部室です』
久城の推理で、散らばったピースが一つに収束を始める。




