11 人生は椅子取りゲームのピラミッド
おそらく現場サイドしか知らない極秘情報。それを得意満面に話す啓吾へ疑問が生まれる。
「おまえ、どうやってそれを?」
眼鏡の奥の瞳が怪しく光った。
「僕の情報網は甘くないよ。ここに天使ちゃんの知り合いがいるんだ。情報と引き替えで、三十分は愚痴に付き合わされるんだけどね」
やはり頼るべきはこいつだ。
「啓吾様のことだ。失踪事件の新情報も持ってるんだろ? 教えてください!」
「さっきも撮影ジャマされたしなぁ……そうだ。僕が携帯に連絡したら必ず出る。どう?」
ここは、適当に話を合わせるしかない。
「分かった。出るよ。約束するから最新情報をください! お願いします!」
「うむ。では教えて進ぜよう。昨年自殺した、景井忍という女生徒を覚えているかね?」
「覚えてるけど、それ、何キャラだよ?」
珍妙なキャラに突っ込み、校舎の屋上から飛び降りた少女の話を思い返す。
「彼女、自殺の原因はイジメだったらしいよ。それに関わっていたのが今回失踪した五人」
「マジで!?」
俺たちも知らない新情報だ。神津警察すら凌ぐ捜査力に思わず唸ってしまう。
「景井忍の呪いだって噂も出回り始めてるんだ。しかも驚くことに彼女には妹がいるんだ。景井朱。光栄高校の一年生」
「妹が一年に?」
「と、ここまでくれば想像が付くよね? 呪いでないとすれば、妹による復讐」
「啓吾。憶測だけで中傷染みたこと言うのは良くないっしょ。気を付けなよ」
悠にたしなめられ、肩をすくめる啓吾。
「妹の写真とか持ってねぇのか? 三つ編みに黒縁眼鏡とか?」
「残念ながら写真はないなぁ。それに、三つ編みに眼鏡って、まさに姉の方だよ」
背筋へ悪寒が走った。酒賀美先輩が見たのは景井忍の亡霊だろうか。戦いを前に情報を整理する必要がありそうだ。
「二人ともサンキュー!」
慌ててその場を離れようとした時だ。外から大きな悲鳴が上がり、鈍い音が聞こえた。
「どうなってんだよ?」
窓から覗くと、正面玄関近くでうつ伏せに倒れる人影。入院着に金髪の後頭部は。
「行かなくちゃ!」
走り出す啓吾。それを追って悠も駆ける。
「啓吾! 後で連絡するからな!」
黒川のことも気になるが、今は目先の失踪事件だ。売店で手早く買い物を済ませ、騒動真っ直中の病院を後にした。
通信機を使い、朝霧へ連絡を取り付ける。久城と二人で景井家を尋ねるというので任せることにした。俺には他に行くべき所がある。
☆☆☆
正午過ぎのメディカル・ルームの一室。個室内のベッドには上半身を起こしたクレア。側にはカミラさんの姿もある。
「カズヤさん、来てくれたんですか!?」
顔を輝かせるクレアの視線を辿り、振り返ったカミラさんも意外そうな顔だ。
「あら。珍しいお客様だこと」
「クレア、起きて大丈夫なのか? ちょうど良かった。カミラさんにも話があったんスよ」
「あら? 私に?」
いつものようにつかみ所がない。呑気な口調で静かに微笑んでいる。
「どうしたの? 体が疼くとか?」
薄紫のルージュが引かれた唇を赤い舌がなぞってゆく。その動きが口端で止まると同時に、俺の中でスイッチが入った。
「クレアに俺を守るよう命じたのはカミラさんですよね? 今すぐに取り消してください」
「どうしたの急に?」
「俺を庇って誰かが傷付くなんて耐えられねぇ。弱いのは俺の責任だし、傷を負うのも当然。彼女が傷付くのは間違ってる!」
「何か勘違いしてるみたいね」
カミラさんは椅子から立ち上がり、ゆっくりと近付いてきた。見たことのない険しい目付きで俺を睨んでくる。
「中位悪魔も一人で倒せるようになって調子に乗ってるんじゃないの? ボウヤは一人で戦ってるわけじゃないのよ」
反論の余地もない。限界突破を習得し、確かに調子に乗っているかもしれない。
「ボウヤは今や最高戦力の切り札なの。絶対に失うわけにいかない。守るためなら盾となる物は何でも使うわ。だからこそ、ボウヤが扱い易いように年の近い戦士を選んだのよ」
「使う? クレアは物じゃねぇんだぞ!」
この人に初めて敵意が芽生えた。握りしめた拳へ爪が食い込む。
「やめてください!」
クレアの悲痛な叫びで静寂が訪れた。
「カミラ導師は外して頂けますか? カズヤさんと二人で話したいんです」
カミラさんは大きく息を吐き、ソバージュのかかった髪を掻き乱した。
「クレア。治療が終わったばかりなんだから、あまり激しくしちゃダメよ」
場を取り繕ろおうと精一杯の冗談を飛ばしたつもりだろうが完全に空回りだ。沈黙を守る俺たちを残し部屋を出て行く。
「カミラ導師を非難しないでください。カズヤさんを守るように言われているのは確かですけど、私の意志で動いているんですから」
「だからって、あの言い方はねぇだろ」
「口ではああ言ってますけど、根は優しくて寂しがり屋なんです。アッシュ、アスティと私は孤児なんですよ。カミラ導師に拾われた大きな恩があるんです」
「孤児……」
「カミラ導師の力になりたいんです。私にできることなんてたかが知れているかもしれませんけど、アッシュは凄いんですよ。深紅の狂戦士ゼノ。彼も孤児だったそうで、それを目標に戦士長を目指すって燃えていますから」
ゼノが孤児だったとは初耳だ。
「その想いはよく分かった。でも今後は絶対に無茶するな。おまえに何かあったら、アッシュとアスティに顔向けできねぇだろ」
頬を膨らませるクレアに手招きされ、ベッドの脇へ寄り添うように立った。
「あの二人はいいんです。カズヤさんはどうなんですか? 私がいないと……」
「え!? 俺? そりゃあ、困るよ……」
突然そんなことを聞かれても困る。とりあえず頭を掻いて誤魔化してみた。
「私が聞きたい言葉と違います!」
突然、腰に両腕が回され、腹部にしがみつかれた。内心パニックです。
「でも今は、こうして来てくれただけで充分です。カズヤさんの背中を預けて貰えるよう強くなりますから……」
胸が締め付けられるように苦しい。本気で想ってくれている気持ちがひしひしと伝わってくる。桐島先輩や朝霧と知り合っていなかったら、クレアを好きになっていたはずだ。
人生初のモテ期に戸惑いながら、逃げるように個室を出た。カミラさんの姿はないが、代わりに別の人影が壁へもたれて立っていた。
「風見先輩! 動いて大丈夫なんスか?」
「カズヤ君か。僕は軽傷さ。昨晩も帰宅許可が出たくらいだからね。酒賀美君と天野君の様子を見に来たけど、まだ治療中みたいだ」
寂しげに微笑むその顔はやはり、自分の無力さを悔やんでのものだろう。
「君が羨ましいよ……」
「は? 俺っスか?」
「限界突破の力さ。聞けば自分では操れない不自由なものらしいけど、戦局をひっくり返すだけの力がある。どうして僕にはA-MINの力が覚醒しないんだろうね……」
「良く分かりませんよね。みんなが覚醒できれば、戦いももっと楽になるのに」
風見先輩を真似て壁へ背中を預けた。ひんやりとした感触が体の芯まで伝う。
「僕は思うんだ。自分の信念と正義を貫くためには力が必要なんだ……君は、レイカ君と行動を共にしている間に、歯車の話を聞かされたことはあるかい?」
「えぇ。運命の歯車、ですよね?」
風見先輩は一つ頷く。
「彼女は人生の縮図を歯車に例えるけれど、僕は違うと思うんだ。みんなが並列なんて有り得ない。ピラミッドなんだよ。弱者を踏み台にして強者が上へ立つ」
なんだかセイギの意見と似ている。その言葉が俺の胸の内をざわつかせる。
「でも、組織で考えてみてくださいよ。社員っていう歯車一つ一つが噛み合って、会社を社会を動かしてるじゃないっスか」
「中小企業的な考えだね。確かにそういった所もあるだろうけれど、所詮、組織も椅子取りゲームなんだよ。幹部の椅子は限られている。他人を蹴落としてでも上へ行かなければ、自分の信念を貫くこともできない。僕は頂点を目指したいんだよ」
桐島先輩を否定されているようで、酷く不快な気分が込み上げてきた。どうして先輩はこんな人を好きになったのか。人生観がまるで違うだろうに。
「何も頂点を取ることが全てじゃないと思いますよ。自分が必要とされる場所で最大のパフォーマンスを発揮できればいいんスよ。難しく考えることなんて何もない、って桐島先輩も言ってましたよ」
中性的なその顔が寂しげに微笑む。
「レイカ君に感化されたのかな? 君も、頂点を求める者だと思っていたけれどね……」
確かに、具現者になる前は存在価値を求めて足掻いていた。でもこの活動を通じて、自分の中で様々なことが変わり始めている。
この社会が椅子取りゲームだというのなら、自分が一番居心地の良いと思える席を見つけるだけだ。例えその椅子が底辺だとしても、俺が俺らしくいられることが一番大事なんだ。
風見先輩がゆっくりと歩み寄ってくる。すれ違い様、耳元でそっとつぶやく。
「僕はこのまま終わるつもりはないよ。A-MINの力も必ず手に入れる。貪欲さと向上心を失ったら終わりだよ……君に入れ込んでいる今のミナ君を見てごらんよ。まるで、牙を抜かれた虎さ……以前の刺々しい彼女、嫌いじゃなかったんだけれどね」
遠ざかる足音に反比例するように、風見先輩への嫌悪感が否応なく高まってゆく。
なにが聖人だ。自らの理想を掲げ、他人を踏み台程度にしか考えていない。俺はきっと、あの人とは相容れない。セイギやカミラさんといい、勝手な奴等が多すぎる。
様々な不安要素をはらみ、決戦の時間は刻一刻と迫っていた。




