07 俺の名は限界突破の狂戦士
上位悪魔を前に身構えるタイガ。それを眺めるカズヤは、シュンの意図を垣間見た。
彼等を二階へ配した理由。それはA-MINの力を見越したものだ。だが、今回ばかりはそれが間違いだったと言わざるを得ない。
「カズ! 早く行けっ!」
「でも……」
口ごもるカズヤの背後で声が上がる。
「ここに残って、何かできるのかい? 今、君にできることは何か? よく考えてごらん」
「シュン先輩!?」
みんなを巻き込んだ事に胸を痛めるカズヤ。
(ゼノ。おまえを恨むぞ)
内心毒づくカズヤだったが、彼は気付いていない。既に思念を交わす霊力さえ残っていないということに。
焦燥感に包まれる彼の眼前で、虎の悪魔が口端をもたげて振り返った。
「おまえに興味はない。逃げるなり何なり好きにするがいい。次の遊びが待っている!」
悔しさに奥歯を噛みしめるカズヤ。両手を突いてゆっくりと立ち上がった。
ただならぬ緊張感が支配するこの場所で、疎外感に包まれる。だが、霊力のない状態では何の役にも立たないのは事実。
ぐったりとしたクレアの体を背負い、カズヤはすれ違い様にシュンを見る。
「後はお願いします……勝算はあるんスか?」
「行くんだ。昇降口にレイカ君がいるから」
カズヤの姿が消えるのを見届け、虎の悪魔が待ちかねたように口を開いた。
「おまえら、これで安心して戦えるか? 全力で来い。ガッカリさせるなよ」
悪魔を見据え、シュンが身構える。
「神剣、天叢雲!」
彼の手に一降りの刀が具現化。刃を除き、鍔から柄頭までが純白。まさに神剣と呼ぶに相応しい神々しさを秘めている。
「龍虎の牙!」
タイガの拳から肘にかけ手甲が具現化。右腕は荒々しさを秘める青龍を模した緑の甲。左腕は猛々しさを秘める白虎を模した白の甲。
「堕天の翼!」
リョウの背中には四枚の黒い翼が具現化。鴉のように黒々として大きなそれが、彼の体を包み込むように折り畳まれた。
そしてリョウは、悪魔を値踏みするようにそろりと一歩を踏み出す。
「まずは俺の番だよな? さっき不意打ちされた恨みもあるじゃん?」
悪魔の前方にはタイガとリョウ。そして背後にはシュンが挟み撃つ。
「誰でもいいから、さっさと始めろ。おまえらを殺したくてうずうずしてるんだ」
「天照!」
直後、悪魔の背へ放たれた一筋の光線。シュンの不意打ちだ。
「ふっ!」
悪魔はサイド・ステップで避ける。外したかに見えた一撃だったが、光線は持続型の放出攻撃。シュンは愛用の刀を振るうかのごとく、光線を横凪ぎに振るう。
「くっ!」
見事に悪魔の胸元を焼いたが、相手は上位悪魔だ。体を焼き切るには威力が足りない。
敵の着地点を狙い、リョウが仕掛けていた。
「明けの明星!」
突き出す右手。すると、悪魔の体を金色の球体が包み込んでいた。
リョウが拳を握ると、球体内部へスーパー・ローテーションと呼ばれる竜巻のごとき強風が発生。その渦が悪魔の動きを封じた。
それを待っていたように通信が届く。
『さすがね。今のうちに撤退して!』
「弱らせないと無理です。一斉攻撃だ!」
球体への囲い込み。これが彼等の必勝パターンだ。霊撃輪から発動する技に相互干渉はなく、球体を無視して追撃が可能なのだ。
「大蛇!」
シュンの背に八頭の大蛇が具現化。球体内部で動けずにいる悪魔へ次々と襲いかかり、うなじ、背中、腕、腰、足、至る所へ鋭い牙を突き立てる。
その向かいには、歯を食いしばり憤怒の表情をしたタイガ。腰を落とし、龍をまとった右腕で悪魔の腹部へ全力の一撃。しかし、それだけでは終わらない。
「朱雀!」
右拳を包む龍の頭部。それが生きているかのように口元を赤く染める。
直後、爆発音と共に悪魔の体がくの字に折れ、球体ごと大きく弾いた。
紅蓮の炎に腹部を焼かれた悪魔。よろめく体を、噛み付いた大蛇たちが離すはずもない。
シュンは勝利を確信して叫ぶ。
「天照、大蛇・八式!」
噛み付いたままの大蛇の口元から、霊力の光線が放出。悪魔の体を光が貫いた。
★★★
昇降口でレイカに会ったカズヤは、ようやく生きた心地を取り戻していた。だが、情けないような申し訳ないような気持ちに苛まれ、どんな顔をすればいいのか途方に暮れていた。
そんな彼の気持ちを全て包み込むような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるレイカ。廊下へ横たえたクレアの後頭部へ敷かれたハンカチに、彼女の細やかな心遣いが現れていた。
「君が無事で良かった……もうすぐ移動車がくるはずだから、安心して」
「先輩たちが戦ってるのに、何もできないなんて……逃げてくるのが精一杯で。クレアだって、俺なんかのために傷ついて……」
「やっぱり君は強いね。相手は上位悪魔だっていうのに怖くないの?」
相手に安心感を与える聖女のような微笑み。だが、その瞳は真剣そのものだ。
「怖くないって言ったら嘘になりますけど、みんなを守りたいっていう気持ちの方が強いんスよ。俺にもっと力があれば」
「それそれ。君もシュンと同じようなことを言うんだね。じゃあ、聞くわよ? 君にもう一度チャンスがあるとしたら?」
「え?」
呆気に取られるカズヤを、レイカは黙って見つめ返した。嘘偽りのない澄み渡った瞳で。
★★★
光線に射貫かれた虎の悪魔。それと同時に八頭の大蛇は消え、悪魔の体が重々しい音を上げて廊下へうつ伏せに倒れた。
肩で大きく息をするシュン。八頭もの大蛇を具現化し、それぞれから攻撃を放つのだ。その強烈な一撃は霊力は疎か体力も奪い去る。
「勝ったんじゃね? 余裕じゃん!」
緊張から解き放たれ、安堵の笑みを浮かべたリョウが金色の球体を解除する。
「リョウ。悪魔は絶命すると気体になって消えるそうだ。最後まで気を抜くな」
タイガはいつでも攻撃を仕掛けられるよう、手甲を胸の前で構える。
薄闇が辺りを支配し、薄気味悪い程の沈黙が周囲に満ちる。言い換えればいつも通りの光景だが、今は不気味以外の何物でもない。
シュンが呼吸を整える息づかいだけがそこにある唯一の音。だがそこへ割り込むように不協和音が入り交じる。
「いい心掛けだ。油断は禁物、だよな?」
虎の悪魔は両手を突いて身を起こす。何事もなかったような涼しい顔をして。
「不死身なのか?」
疲労を堪え、内に込み上げる恐怖を言葉に変えるシュン。必勝パターンへ落とし込んだはずなのに、相手にはまるで効いていない。
折れかける心。しかし、真っ先に根を上げられないという、責任と重圧がのしかかる。
「これで全力か? だとしたらガッカリだ……さっきの二人の方がまだ歯ごたえがあった」
「マジかよ!?」
リョウの顔へも動揺がはっきりと表れる。恐怖のあまり後ずさりしていることに気付いているのかいないのか。目の前にある圧倒的な存在を拒絶するように、両腕を突き出した。
「明けの明星!」
悪魔を金色の球体が包む。しかし、強風に巻き込まれて尚、虎の顔は不敵に微笑んで。
「少し動きづらくなるのが難点だが、この暑さにはちょうどいい風だな」
悪魔の手から三日月刀が消滅。鋭い爪の並ぶ両腕を広げ、眼前のタイガとリョウを見た。
「黒旋風!」
自らを抱きすくめるように両腕を交差。
「玄武!」
タイガは防御用の霊力壁を展開。リョウもまた、漆黒の翼で素早く体を覆う。
だが、荒々しい力を伴う十本の黒い刃が二人の防御を容易く粉砕。彼等の体を切り裂く。
悪魔は背後へ跳躍。そこには驚きに目を見開いて棒立ちになったシュンが。
「黒乱脚!」
振り向き様に放たれる回し蹴り。刀で防御に回ったシュンの腕を弾きながら、その脇腹へ深く食い込んだ。
勢いよく吹き飛び、床を転がるシュン。
「つまらん。遊び相手にもならん」
期待を裏切られ溜め息を吐いた時だ。その大きな体躯が驚きに震え、落ち着きなく周囲を見回した。
不意に生まれた強烈な敵意と憎悪。そして見えない力に首を絞められているような圧迫感。悪魔は一人、息を飲む。
そして耳に聞こえる足音。彼を敵視する何物かがこのフロアに存在している。
「おい、カス悪魔。てめーが生前にどんな罪を犯して堕ちたかなんてどうでもいい。俺には、これっぽっちも興味がねー」
「おまえは……」
信じられない光景に目を見開く悪魔。視界の先に現れたのは、尻尾を巻いて逃げ出したはずの少年だ。
「ただし。常識の無いバカには思い知らせてやんなきゃわかんねーよな? パパかママに教わんなかったか?」
“右手”に剣を握った少年は、確かに彼の目の前にいた。悪魔が気付くと既にその姿はなく、声は背後から。
「女に手を挙げる奴は、最低だってな」
悪魔の胸元から黒い気体が噴出。廊下の奥へ逃げ込むように慌てて距離を取り、驚愕の表情で少年を見る。
「おまえ、何者だ?」
絞り出されたのは擦れた上ずった声。
「狂戦士……」
怒りを押し殺す低い声が廊下を渡る。
「は?」
「限界突破の狂戦士」
敵意と憎悪に満ちた瞳。その眼力に、虎の悪魔はすくみ上がる。




