35 かき氷。パンツのお詫びとせがまれて
会議室で賞金の配分も終わり、その場で解散となった。時刻は十八時過ぎ。
急げば夕食に間に合う。そんなことを考えていたら、久城に肩を叩かれた。
「打ち上げとあたしの快気祝いを兼ねて、駅前のかき氷をご馳走してよ! アレ、極、食べてみたかったんだよねぇ〜」
「は? なんで俺が?」
「いいじゃん。水玉のお詫びは?」
「ぐはっ!」
どうしてそれを蒸し返す。
「分かった。分かりました。是非、ご馳走させてください」
「やったぁ! 美奈ちゃんも誘って、夢来屋の裏口で待ち合わせだよ!」
無邪気にスキップする姿が次第に遠ざかっていく。人の気も知らずに。
「まいったな……」
後頭部を掻きむしり会議室を出ると、そこには壁にもたれて立つセイギが。
腕組みは崩さないまま、サングラスの奥の瞳が俺を直視している。
「ちょっといいか?」
「なんだよ?」
「ミナがA-MINに覚醒したそうだな。貴様の限界突破といい、なんなんだ?」
「俺に聞かれてもな……」
苛立たしげに足を踏み鳴らすセイギを見ながら、答えに困って頬を掻く。
「貴様は、大事な物を守るための力だと言ったな? ミナのA-MINも、誰かを助けようと必死になったことで覚醒したのだとしたら、守りたいという強い気持ちが鍵なのか?」
「守りたいという強い気持ちか……」
「だとしたら、私はきっとA-MINに覚醒することはできんだろうな」
そう言ったセイギの顔がなぜか寂しげに映った。そのまま腕組みを解き、出口と反対の方向へ歩いていく。
「どこに行くんだよ?」
「メディカル・ルームだ。腕の傷が疼くんでな……ついでに、無理して私を庇ったあの男を見てくるだけだ」
その背中を見ながら思う。セイギも次第に変わり始めているんじゃないだろうかと。守るための力。あいつも、その気持ちを持ってくれたなら。
「おっと! 俺も急がないとな……」
出口の手前にある噴水へ差し掛かると、ベンチを立ち上がる人影が。
「神崎君!」
大きく手を振る桐島先輩。その姿を目の当たりにして、胸の奥が痛んだ。
「良かった。帰っちゃったかと思ったけど、待ってて正解だったね」
その笑顔があまりに眩しすぎて、手の届かない人だと心底思い知らされる。やっぱり風見先輩の方がお似合いだ。
「ごめんね。応援に来たはずなのに、憑依されて足を引っ張っちゃうなんて」
「気にしないでください。みんな無事で終わったんスから。今回は危険な相手だったし仕方ないっスよ」
「そう言って貰えると、いくらか気持ちが楽になるわ……自分で自分が情けなくなっちゃうから……」
「俺が先輩を置いていったのが原因なんスから。あのまま側にいれば……」
そこまで言って、思わず言葉を飲み込んでしまった。俺がその場を離れた理由がまざまざと思い起こされる。
「私、自業自得だね。君を傷付けた罰だったのかな? だったら、これでおあいこにしようよ。気まずいままはイヤだったから、話せて良かった。これからも大切な仲間でいたいから……」
愛想笑いが顔に張り付き、喉の奥が張り付いたように言葉が出てこない。胸の奥から、しきりに悲鳴が聞こえる。
外界へ続くエスカレーターを見据え、ゆっくりと足を踏み出す。先輩を振り返らずに、ただただ前へ。
でも、先輩を諦めろと叫ぶ思考と、先輩を求める本能が不協和音を奏でる。
そして、エスカレーターへ足をかける寸前、くすぶり続ける心が、ただ一言だけ言わせてくれと口を突く。
「玲華先輩のためなら、相手が誰だろうとどこまでも追いかけて助けますよ。俺が今、一番大切にしたい人ですから」
決して後ろは振り向かない。聞いているかも分からないがそれでいい。今はただ、この胸のモヤモヤを吐き出して、すっきりしてしまいたかったんだ。
☆☆☆
「サイコー! 極うま!」
駅の改札でベンチに腰掛ける俺たち。久城は満面の笑みで、バニラアイスが乗ったメロン味のかき氷を頬張る。
俺のブルーハワイと、朝霧のイチゴ味へも代わる代わるスプーンを突き立て、氷山で発掘をする探検家のようだ。
「良く食うな……」
「別腹だから。って、キーンときた!」
きつく目を閉じ、側頭部を叩く。
「まぁ、一気にそんだけ食えばな……」
戦いが終わり、不意に現実へ引き戻された気分だ。かき氷がうまい。本格的な夏が間近に迫っている。
不意に、携帯の着信コールが鳴り響く。慌てて電話を取ったのは朝霧だ。冒頭のやり取りを聞く限り、おそらく相手は母親の女社長に違いない。
ボスの記憶操作で事件に関する記憶を消され、俺や久城は同じ部活の仲間という設定になっているはずだ。
「ねぇ。リーダー」
かき氷を口へ運び久城が声を上げる。
「美奈ちゃんの本当の笑顔が見たいっていう私との約束、及第点だと思ってたんだけど、屋敷を戻ってから元気がないと思わない? 何かあった?」
「いや、特に。まぁ、A-MINの副作用か、疲れたとは言ってたけどな」
「ならいいんだけど……」
腑に落ちない様子で、朝霧の顔を見ながら、かき氷の山を崩す久城。
「それは昨日も散々話したでしょう?」
電話をしながら、朝霧は何かを伝えるようにこちらへ視線を向ける。
「この街が好き。それに、離れがたい絆があるの。一生会えない訳じゃないんだし、夏休みには遊びに行くわよ」
その会話に焦りを覚える自分がいた。都会へ戻るという話が出ていたんだろうか。まさか、朝霧がいなくなるという事態にうろたえてしまうなんて。
自分の本心を見失い混乱している所へ、朝霧が携帯を差し出してきた。
「神崎。あなたに変わって欲しいって」
「へ? 俺に?」
俺と話した記憶も残っているはずだが、何か報復でもされるんだろうか。
「もしもし。昨日は、失礼なことばかり言ってすみませんでした……」
『私は感謝しているのよ。お陰で娘と解り合うことができた。君もお父様ときちんと向き合った方がいいわね。君が嫌う平凡な人生を送る人々がこの社会を動かしているんだし、お父様はその会社でとても必要とされている人材なのかもしれないわよ』
「親父が必要とされている人材?」
いまいちピンとこない言葉だ。
『そうそう。将来、就職に困ったらウチの会社へ来ない? 君がどこまでやれるのか見てみたいの。その気になったら、いつでも連絡をちょうだい』
「え?」
有名企業に内定が決まりそうです。
「最後に、美奈をお願いね。これからもあの子を支えてあげて。友達か、恋人としてなのかは分からないけど」
「はい。分かりました……」
途端に顔が熱くなり、朝霧の視線を感じる。この場から逃げ出したい。
☆☆☆
「お気に入り登録、50ちょいか……人気作と呼ぶにはほど遠いな」
愛用のパソコン。そのキーボードから手を離し、大きく伸びをする。
前回の事件後から始めた小説投稿。具現者としての活動をまとめ連載しているが、人気沸騰とまではいかず現実の厳しさを痛感していた。
「まぁ、地道にやるしかねぇよな。異世界ファンタジーの人気ジャンルに挑むんだ。これくらいは覚悟してたさ」
自らを励まし、活力を奮い立たせる。
「それにしても……」
不意に、今日の出来事が頭を過ぎった。ゼノとの同調。以前は意識を完全に飲み込まれていたが、訓練の成果もあり、意識を保てるようになった。
孔雀悪魔の言った、始まりの魔神。ゼノの秘密に直結するんだろうが、あいつが自分から説明するとは思えない。なんだか妙に引っかかる。
そして、ネックレスと行方不明者が運ばれた神津総合病院。加えて、悪魔が漏らした大きな見落としという言葉。この事件は完全に終わっていない。
更に、闇導師が進めているという計画。霊能戦士たちが回復次第、すぐにでも病院を探る必要があるだろう。
☆☆☆
そこから二週間後。朝霧のA-MINコントロールは順調な仕上がりを見せていた。だが、その訓練が始まると同時に、アッシュとアスティは新たな力を手に入れるため霊界へ一時帰還。二人の戻りを待つ俺たちには、待望の夏休みが迫っていた。
だが終業式の当日、二年の女生徒五人が、校内で失踪するという事件が。
運命の歯車は、シャツのボタンを掛け違えたように噛み合わせを歪め、思いがけない方向へ進み始めていた。
<Episode2 END>




