32 激突だ。光と闇の大乱戦
ミナがA-MINに覚醒した頃、屋敷のロビーをモノクロで再現した魔空間でも、激しい戦闘が繰り広げられていた。
片腕で奮闘する雌孔雀のシャクナ。そこへ、薄紫の閃光を纏って横回転を描いたコマが、轟音を上げて迫る。
「螺旋円舞、紫電!!」
凄まじい回転連撃に押されつつも、悪魔は手にした扇でかろうじて受け止めた。
だが、利き腕を失った悪魔には分が悪い。連撃が扇を強引にはね除け、すれ違い様に敵の右脇腹を斬りつける。
傷口から紫の電撃が爆ぜ、敵の動きを鈍らせた。そこに絶好のチャンスが。
「オメガ・インパクト!」
敵の背後から飛び込んだセイギ。モード・ブラックと化した渾身の拳が、悪魔の後頭部へ確かな衝撃を与えた。
前のめりに崩れる悪魔。その喉を狙い、二本の短剣を逆手に持つクレアが身構えた。体を包むのは、空霊術の風の渦。
「螺旋円舞、業火!!」
二本の短剣が炎の中位霊術を宿し、激しい炎を吹き上げる。上体を斜めに捻り、激しい回転を伴い跳躍。直後、狙い違わず敵の喉を直撃。激しい炎に包まれた悪魔の頭部が宙に舞い、霧散する。
「シャクナ!!」
雄孔雀は、アッシュの剣撃を受け流しながら悲鳴を上げた。眼前で雌孔雀の体は崩れ去り、大量の羽根が床へ広がる。
「アスティ! 轟雷だ!」
その好機を見逃すアッシュではない。崩れた体制をどうにか正し、背後にいるであろう弟と連携を図るため構える。
その左手は顔の前へ置かれ、人差し指と中指は天へ向かって伸びる。
「霊界漂う数多の精霊よ。攻の創主に変わって命ず。我に力を与えまたへ」
精霊の力を借り受け、術の威力を高めるための精霊召喚言が響く。詠唱を破棄して行使することもできるが、その場合は途端に消耗してしまうという欠点が。
二人の詠唱をカバーするように、絶妙のタイミングでセイギが悪魔を狙う。
右拳からの正拳突き。悪魔は上体を捻ってそれを軽く避け、続く中段蹴りも、両腕を使って真っ向から受け止めた。
闇のように黒かったセイギのヒーロー・スーツが次第に赤みを取り戻し、焦げ茶色へ変わっている。タイム・アウトが近い。
「セイギさん。避けてください!」
クレアの声を受け、セイギは咄嗟に横へ飛び退く。それを待っていたように、アッシュとアスティが叫ぶ。
「雷の攻霊術、轟雷・双!!」
アッシュと悪魔の間へ直径二メートルの雷球が発生。花火のように電撃のエネルギーを迸らせ、一直線に敵へ飛ぶ。
咄嗟に両腕で顔を覆った悪魔へ雷球が直撃。焦げるような臭いと炸裂音が。
勝利を確信したアッシュの視界に、両腕を高く掲げる雄孔雀の姿。天井へ弾かれた雷球が大きなシャンデリアを直撃し、一同の頭上で閃光を放ち爆散する。
「アッシュ! 危ない!」
アスティの声が響くも既に手遅れ。その眼前へ、笑みを浮かべた悪魔が迫る。
アッシュの腹部を鋭い爪が抉り、続け様に吐き出された霊力球が顔面を直撃。少年の体は仰向けに崩れた。
「オメガ・インパクト!」
背後を狙い、両拳を握り合わせたセイギの一撃が襲う。だが、悪魔はその場で大きく跳躍。バック転から、彼の後頭部へ強烈な蹴りを叩き込んでいた。
「そんなんじゃ、ハエも殺せないわよ」
うつ伏せに倒れたセイギの両腕を踏み、足の爪に力を込める。そこから漏れた鈍い音は彼の悲鳴にかき消された。
「両腕、破壊っと。でも勘弁。肉弾戦なんてちっとも美しくないじゃないの」
鼻から荒い息を吐き、倒れるアッシュと立ちすくむアスティへ視線を向ける。
「双子の成せる技かしら? その若さで双霊術とは大したもんだわ。でもね。上位霊術くらい用意しておくんだったわね」
余裕の表情を見せた後、肩で息をするクレアへ射殺すような視線を向ける。
「よくもシャクナを……消してやる!」
悪魔が両腕を振り抜くと、腕から背中へかけての羽根が多量に舞い上がった。つむじ風が起こり、雌孔雀の羽根をも巻き上げ、黒い塊を作り上げる。
「暗黒召喚! 出でよ、アルゴス!」
身長五メートルを越える人影が具現化。どっしりとした体格は力士を思わせるほどだ。腰に巻いた布切れ以外は肌が露出し、孔雀の羽根から構成された全身は瞳のような模様を描き出している。
「百目巨人アルゴス。こんな醜い奴を召喚したくなかったけど、あんたたちを始末するには、おあつらえ向きでしょうよ」
危機を感じたクレアが、短剣を構えてすかさず斬りかかる。しかし、先程の連撃で消耗している攻撃に力はない。
雄孔雀は腕を振るって剣撃をはね除ける。飛び上がり、その姿は巨人の胸元へ飲み込まれて消えた。直後、その双眸が開き、凶悪な赤い光が宿る。
「さぁ。絶望するがいいわ」
アスティは一縷の望みを託し、癒やしの霊術をアッシュへ注ぎ続けていた。焦る彼の眼前で巨人が足を持ち上げる。
「まずは一人目……」
そこに倒れるのは変身の解けたセイギ。彼の危機にアスティは夢中で動いた。
「空霊術、疾!」
いつもの彼からは考えられない行動だった。風の力を纏って疾駆すると、巨人の足下からセイギを掴んで駆け抜ける。
「アスティ、逃げて!」
クレアの叫びに振り向いた彼が見たのは、眼前へ迫る巨人の大きな拳。二人の体は軽々と弾かれ、屋敷の壁へ激突した。
「お願い……誰か、助けて……」
涙を浮かべるクレアの前に、疾駆する巨人が迫る。覚悟を決め、奥歯を噛みしめた彼女は短剣を構えて突進。その体を風の力が包み、刃へ炎の中位霊術が宿る。
「空霊術、翔!」
クレアは風の力を纏い跳躍。肩からタックルを仕掛ける巨人の頭上へ飛び上がり、うなじを狙い体を捻る。
「螺旋円舞、業火!!」
回転連撃を仕掛けるも、巨人の動きがクレアの想像を上回る。
振り向き様に裏拳が繰り出され、炎の連撃と激突。クレアは呆気なく弾き飛ばされ、壁を目掛けて吹き飛んだ。
あわや激突というところで、咄嗟に飛び込んだ人影がそれを抱き留める。意識を取り戻したアッシュだ。
「これは、中位悪魔の力じゃないぜ……」
クレアを助け安堵したのも束の間、巨人の吐き出した一抱えもある霊力球が。不意の連撃に反応できるはずもない。
霊力球は二人の体を巻き込んで壁へ激突。飾られていた絵画が吹き飛び、壁が崩れ落ちる。声もなく倒れる二人の戦士。
「弱い。弱すぎるわよ」
巨人の口から雄孔雀の声が漏れ、勝ち誇った高らかな笑いが響き渡る。
「ハッハッハッ……はぁっ!?」
大口を開け豪快に笑っていた巨人の顔が、信じられない光景に硬直する。
なんと巨人の眼前で、魔空間の一点に大きな亀裂。それは瞬く間に広がり、空間の一辺が跡形もなく崩れ去る。
そこには色彩を取り戻した本来の風景が広がり、剣を手にした一人の少年が、笑みを浮かべて立っていた。
「ヒャッハッ! 変な笑い声がすると思えば、全身に目玉模様のついた気色悪い豚が一頭。今日は豚狩りかぁ?」
「気色悪い豚だと? このクソガキ!」
巨人の体を怒りと殺意が取り巻くも、カズヤの体を借りるゼノは余裕の表情だ。
「ブヒブヒ、うるせーんだよ。カス悪魔。刻んでやるからかかってこいよ!」
相手を挑発。空間内へ視線を巡らせ、倒れた四人を確認する。
「随分と派手に暴れてくれたな。相応の覚悟はできてんだろーな? あぁ?」
ゼノ目掛け、下からすくい上げるような巨人の拳が襲う。
サイド・ステップで敵の拳を避ける。拳圧に前髪をなびかせながら、敵の懐目掛けて突進。その左手は顔の前で印を結び、人差し指と中指が天を示す。
「神隠し!」
叫ぶと同時に魔空間が崩壊。二人の周囲に濃霧が立ち込め、そこには再びモノクロと化した屋敷のロビーが再生される。
「どういうこと? 魔空間!?」
何が起こったか分からず、巨人は周囲を見回す。そしてここが自分の作り出した空間とは別物だと瞬時に悟った。現に、手を下した四人の姿が消えている。
「てめーは俺の領域に入った。覚悟しな」
巨人の目の前で、少年は不敵に笑う。




