31 目覚めたら、要塞さんは別人に
「どうせ、見かけだけなんでしょ!」
レイカの姿をした悪霊は顔を引きつらせ、立ち上がり様に霊力弾を解き放つ。
対してミナは、何事もないような冷めた表情で、右手の装飾銃から二発の弾丸を連射。最初の弾丸が相手の弾を相殺。続いた二発目が悪霊の右肩を貫通した。
「ぐうっ!」
痛みに顔を歪め数歩後ずさる悪霊を見据え、ミナは床へ左手を付く。
「ローズ・スプレッド!!」
地面から立ち上る青白い光が彼女の体を包み、薔薇のつぼみの形へ変化した。それは二メートルの高さへ伸び上がると、花が開くように360度へ展開する衝撃波となってほとばしった。
悪霊も相殺しようと同様の技を繰り出すが、A-MINに覚醒したミナの力がそれを圧倒。衝撃波ごと敵の体を吹き飛ばす。
「あぁっ!」
レイカの体が、背後のドアへ激突する。
ミナは感情を見せない冷徹な表情を保ったまま、悪霊へ歩み寄る。手にした銃で敵の胸元を狙いながら。
表情は変わらない。しかし、その瞳に宿った狂気の色までは隠せない。
怒り。戸惑い。嫉妬。羨望。様々な感情が彼女の中でない交ぜになると同時に、その瞳は眼前の悪霊の遙か先を見ていた。
「そうよ。あなたがいなくなれば、きっと私だけを見てくれるはず……」
冷徹な表情が歪んだ笑みへ変貌する。心に膨らむ悪意を象徴するように、銃口へ灯った青白い光が大きさを増してゆく。装飾銃の特殊能力、溜め打ち。
「消えて。消えればいいんだわ!」
霊力弾は瞬く間にソフトボール程へ膨張。直撃すれば間違いなく致命傷だ。
「やめて! エリカをいじめないで!」
うな垂れていた敵が不意に顔を上げた。
驚きに目を見開いたミナは、自分の中に巣食う悪意を目の当たりにすると同時に、その行為に戦慄すら覚えていた。
か細い悲鳴を漏らし、手にした銃を振り解くように床へ投げつける。安堵と後悔と共に、頬を一筋の涙が伝った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
焦点の合わない瞳でうわごとのように繰り返し、へたり込むように崩れる。
レイカの姿をした悪霊は、痛む体を引きずりながらミナへ歩み寄ってゆく。
「エリカが眠ってやっと出られた。酷いことばかりしてごめんなさい。大事な物を守りたいのはみんな同じだよね」
「違う……そうじゃないの……私の中には悪魔がいるのよ。きっと……」
泣きじゃくり震えるミナの体を、レイカの姿が優しく抱きしめた。
「お姉ちゃん。泣かないで」
ミナの言葉が意図するものを悪霊は知る由もない。ただ、その姿に抱きしめられたことでミナは苦しみから解き放たれ、多少の落ち着きを取り戻したのだった。
「あなた、亜里沙ちゃんなの?」
「うん。エリカを怒らないで。大切なお友達なの! 私はお姉ちゃんを信じるよ。私たちを見つけに来てくれたんだよね?」
「ええ。あなたを助けに来たはずなのに……」
言葉を飲み込み、震える両手を見るミナ。そして、レイカの顔が満足そうに微笑んだ。
「ありがとう。私とエリカはこの奥の部屋にいるよ。この体は返さないとね。それから、お姉ちゃんにお願いがあるの」
「お願いって?」
「鳥さんを止めて。やっぱりあの人たちは悪い人なんだよね? 私たちを守る変わりに、このお家に住まわせて欲しいって、ずっと一緒に暮らしてたんだ」
ミナの胸中に悪魔への怒りが沸き上がる。純粋な少女を騙し利用していたばかりか、その少女を守ろうとする生き霊の意志さえも操っていたという事実に。
「必ず追い払ってあげるわ」
「じゃあ、指切りして。約束だよ」
☆☆☆
俺が目覚めた時には、全てが片付いた後だった。未確認スペースのドアは開かれ、戸埜浦さんの隠れ家が広がっていた。
朝霧が亜里沙から聞いた話では、鬼島に襲われた夜、お手伝いさんに連れられここへかくまわれたらしい。だが屋敷の全員が殺害され、閉じこめられた亜里沙も命を落とし地縛霊となった。この部屋は増設されたため、屋敷の図面には記されず、警察も発見できなかったようだ。
俺の側には封印の腕輪を填めた桐島先輩が横たわり、その片隅へ、箱に収められた亜里沙の遺骨とエリカ人形がある。
ふと目にとめた先輩の姿。針が刺さったように疼く胸の奥。諦めきれない。
呪印の消えた首筋をさすり、変貌してしまったミナの姿に苦笑してしまう。
「また、おまえに助けられるなんてな。それにその姿、すげぇな……元に戻るのか? って、なんか元気がないけど、どうした?」
「なんでもないの。少し疲れただけ」
大きく傾いた朝霧の体を慌てて抱き留めると、肩へ触れた紺色の髪が見る間に見慣れた黒髪へ戻ってゆく。
『ミナ。MIDN、0表示。戦闘不能』
亜里沙が消滅したことで、通信が回復したらしい。突然の音に驚き、体が震えてしまった。脅かすんじゃねぇよ。
「セレナさん。霊眼で見てるんスよね? 救助頼みます。俺は加勢に行きますから」
『分かったわ。任せなさい』
「ミナの力。これがA-MINなんスよね?」
『そうよ。でも覚醒したばかりで、まだ力を使いこなせていないけれどね。それについては今後のトレーニングでね』
部屋の天井部へ霊眼を確認し、朝霧の体をそっと横たえた。
「亜里沙ちゃんとの約束を守って……」
「任せとけって」
その手を握り、誓いを表明した後、ロビーを目掛けて駆け出した。狙い通り、霊眼の追跡はない。
(ゼノ。行けるか?)
(おう。完全復活だ)
即答する辺り、やる気充分だ。しかもこいつ、まんまと引っかかった。
(カズヤ。なに笑ってやがんだ? ん? なんでてめー、その名前を!?)
(アッシュに聞いたよ。深紅の狂戦士様。でも、俺とお前が力を合わせれば、もっと強くなれるんじゃねぇのか? 差し詰め、限界突破の狂戦士ってとこか?)
(限界突破の狂戦士……悪くねーな。ってか、何度も言ってっけど、他の奴には絶対に知られるんじゃねーぞ!)
(はい、はい。分かってますよ。でも闇導師を倒したら、全部話してもらうぞ)
(はい、はい。分かってますよ)
(マネするんじゃねぇよ!)
面倒な奴だと思いつつ、空き部屋を探して飛び込んだ。通信機の電源を切り、意識をゼノの霊力へ向ける。
限界突破はゼノの力を捕まえるイメージだった。しかし今度は同調だ。ゼノの力を捕まえるだけでなく、鼓動を感じて歩調を合わせ、全てを委ねるイメージ。
「限界突破! モード・狂戦士!!」
命のバトンをゼノへ受け渡しながら、意識は再び闇へ落ちていった。
★★★
カズヤが意識を失うと同時に、アジトではオペレーターの男性から声が上がる。
「カズヤのMINDが急激に上昇し、測定不能! 限界突破、発動しました!!」
「ちょっと! 霊眼で追って!」
フィットネス・ルームの映像に苛立ち、ヒステリックに叫んだのはカミラだ。
「限界突破したカズヤの撮影は不可能です。画像と音声が乱れて何も拾えません」
「やってみなくちゃ分からないわよ! 誰でもいいわ。カズヤを追跡しなさい!」
「カミラさん! 現場の指揮権は私にあります。これ以上、騒動を起こすようなら退室していただきます!」
セレナは彼女の肩を掴み、自身の背後へ追いやった。すると、別のオペレーターが申し訳なさそうに二人を伺う。
「セレナ導師。交戦中の孔雀の悪魔ですが、ライツ&ナイツではないかと……」
「ライツ&ナイツ?」
「はい。都会を中心に高額な貴金属強盗を繰り返した残忍な二人組です。記録では、暗黒界にて両腕を奪うため、鳥類に堕落させられたとあります」
「でも、腕はきちんとあったわよね?」
セレナは自分の記憶を確認する。
「何らかの方法で再生したのでは? これは霊魔大戦の記録ですが、強大な力を使う鳥の悪魔について記されています」
オペレーターが差し出した書類を手に取り、目を通したセレナは言葉を失った。
慌てて顔を上げるが、ロビーの映像を捕らえる画面には何も映し出されていない。それも当然だ。彼等は今、魔空間に飲み込まれ、それを追う術はない。
「カズヤに繋いで! この記録の悪魔が彼等だとしたら絶望的よ! 相手が能力を使う前に仕留めるしかないわ!」
「ダメです。電源が切れているようです」
「どういうこと!?」
途方に暮れたセレナの問い掛けは、慌てふためくアジトの喧噪に飲み込まれた。




