30 覚醒だ。決意と怒りを秘めた瞳で
悪霊に憑依された桐島先輩が、一歩ずつ近付いてくる。
「かくれんぼするなら言ってよ。探しちゃったんだからね……」
「遠慮するぜ。かくれんぼならエリカちゃんだけでやってくれ。霊界でな!」
「あれ? 気付いてたんだ? 残念」
楽しむように微笑んでいる。
「じゃあ、これは知ってる? お兄ちゃんに三択クイズです」
三本の指を伸ばした右手を掲げる。
「私は鳥さんと、レイカお姉ちゃんを捕まえに行きました。お姉ちゃんが気を失う寸前に、助けを求めたのは誰でしょう?」
思わぬ質問に心臓が激しく脈打った。
朝霧を助けに向かった時、やっぱり先輩はこいつらに襲われていたのか。
「一番、お母さん。二番、カズヤ」
不意に名前を呼ばれ意識が釘付けになる。すると先輩の顔が、俺を小馬鹿にしたような下卑た笑みへ変わった。
「三番、シュン」
心臓を殴られたような衝撃。しかも、先輩の口からその言葉を直接聞かされているということが俺の心を打ち砕く。
悪霊は楽しそうに、胸元を押さえながら右手を眼前へ突き出した。
「助けて……シュン……って、ヒント出しすぎちゃった。失敗、失敗」
舌を出して可愛らしく微笑むその姿は、憧れの先輩そのもの。でも、その本質はまるで違う。見えない刃で俺の心を、傷跡を、深く残酷に切り刻む。
「消してやる。てめぇを絶対許さねぇ」
「あはははは! 遊ぼうよ!」
剣を握る左手に信じられない力がこもる。そのまま武器を握り潰してしまいそうなほど怒りが高まっている。
悪霊へ一歩を踏み出したその時だ。
(おい! なんかおかしいぞ!)
シャドウの声が聞こえた直後、後頭部を激痛が走り抜けた。まるで見えない杭を首筋へ打ち込まれたように。
息ができない。視界が激しく揺れ、平衡感覚が失われる。その場に膝から崩れ、汚れた床のざらついた感触が頬を打った。
「カズヤ!?」
朝霧の声が遠い。意識は急速に、闇へ飲み込まれていった。
☆☆☆
「あれ? これからなのにつまんない。もしかして、呪印が発動しちゃった?」
「呪印!?」
ミナの脳裏へサヤカの顔が過ぎる。彼女も昨晩に倒れた。同じ日に呪印を刻まれたカズヤに何か起こっても不思議ではない。いや。むしろこれまで、何事もなく行動できていたことが異常なのだ。
ミナは意を決して悪霊を見る。
「いいわ。私が遊んであげる。なにも、あなたを憎んでいるのはカズヤだけじゃない。きっと私の方が、その気持ちは強い」
銀の装飾銃を両手で強く握った。
「私の心に土足で踏み込んだばかりか、大切な人たちを散々傷つけた。悪いけど、あなたを絶対に許さない!」
ミナの怒りを乗せた霊力弾が飛ぶ。
「ふはっ!」
楽しそうに笑い、悪霊は大きく横へ飛ぶ。その手に長弓を構えて。
弦を大きく引くと同時に、弓へ霊力の矢がつがえられる。それはミナの胸元を目掛けて一直線に放たれた。
「ローシェンナ・シュート!」
眼前の床へ放たれたオレンジの弾丸。床へ炸裂すると同時にドアほどの霊力壁がそびえ立ち、霊力の矢を受け止める。
カズヤの技を真似たものだが、効果は本家にも劣らない。
「モーブ・シュート!」
背後へ向けた銃口から薄紫の弾丸が射出。ミナは悪霊との距離を一気に詰める。
体を低くして、滑り込むように敵の脇へ着地しながら床へ左手を触れる。
「ローズ・スプレッド!」
地面から立ち上った青白い光。それが彼女を包み、薔薇のつぼみの形へ変化。光は、二メートルの高さへ伸び上がる。
「ローズ・スプレッド!」
同様に悪霊の体を覆う光。二つの大輪が花開き、ぶつかり合ったそれらは閃光と衝撃を生み出した。二人の体は衝撃波に弾き飛ばされる。
直後、バランスを崩したミナの首へ、何かが素早く巻き付いた。
「捕まえた……」
悪霊の手から、縄跳びのような霊力の紐が伸び、ミナを捕らえていた。彼女がそれを引こうが千切れる様子もない。
「シューティング・スター!」
細い指先から続け様に放たれた霊力の糸。空中で二手に裂け、ミナの両手首を締め上げながら背後の壁へ突き刺さる。
「惜しかったね、お姉ちゃん。私が同じ技を使えること、忘れてた?」
勝ち誇ったようにミナへ歩み寄る。糸を放っていない左手で装飾銃を奪うと、それを足下へ放った。
「具現化した武器は二メートル以上離れると指輪に戻るんだよね? ここにあるっていうことは、お姉ちゃんの武器は何もないんだよね? 分かる?」
悪霊の手から弓が消え、変わりに見覚えのある装飾銃が具現化された。
「このまま絞め殺されるのと、自分の銃で撃たれるの。どっちがいい?」
「好きにすればいいわ」
恐怖を抱きながらもそれを決して露わにはせず、冷めた視線を向けるミナ。
「忘れてた! 鳥さんから、お姉ちゃんを傷つけないように言われてたんだ。ミナお姉ちゃんとレイカお姉ちゃんは綺麗だから、コレクションにするんだって」
「コレクション!?」
ミナは、余りの恐怖に息を飲んだ。
「でも、顔を傷付けなければ大丈夫」
意地悪く微笑み、銃口を腹部へ向ける。
「私、これでも怒ってるんだよ。ずっと一緒にいてくれると思ってたのに。家族になれるって信じてたのに」
「ムリ。私はもう一人じゃない」
「やっぱり悪い人なんだね。鳥さんの言う通り、来るのは悪い人だけ。このお家を壊して、私たちを追い出すのね!」
「待って! あなたは騙されてる! 私たちは亜里沙ちゃんを助けにきたの!」
「ウソよ! 亜里沙は私が守る!」
装飾銃が唸り、射出された弾丸がミナの腹部を容易く貫いた。
大きく目を見開き、ミナの体は力を失って傾く。両腕を固定されているため、貼り付けにされたように動かない。
腹部から溢れ出した赤い物が、薔薇を象徴するようにブラウスを染めてゆく。
「亜里沙は私が守る」
霊力の糸が消えると同時に、ミナの体が床に崩れる。悪霊は倒れたままのカズヤへ足を向けた。
「お兄ちゃんはきちんと片付けておかないとね。変な力もあるし、なんか怖い」
悪霊はカズヤの側へしゃがむと、何のためらいもなく、銃口を頭部へ向けた。
「亜里沙、分かったでしょ? 前はあなたに言われて助けたけど、今度はダメ」
引き金を引こうと身構えたその時、悪霊の体が恐怖に身震いした。同時に背後で大きく膨らむ霊力。それに飲み込まれそうになり、慌てて振り向く。
「なに!? どうして!?」
悪霊の目に映ったのは、青白い霊力の光をまとった大きな影。いや。それは彼女が取り込まれた幻影。そこにいるのは荒ぶる力を携えた、ただ一人の少女。
「大事な物を抱えているのはあなただけじゃないの……その人は……カズヤは私が絶対に守る!」
決意と怒りを秘めた瞳が、淡い水色に染まってゆく。背中まで伸びる艶やかで美しい黒髪は、ペンキでも被ったように頭頂から濃紺へ変色。
その体を覆っていた青白い光が彼女の中へ吸い込まれて消えると同時に、内包する力の爆発的な高まりを確信する。
「なに!? なんなの!?」
狂ったように叫ぶ悪霊。
☆☆☆
「まさか、ミナがA-MINを……」
アジトで霊眼の映像を確認するセレナは、それをつぶやくのが精一杯だった。
屋敷にはびこる霊力の影響で通信が遮断されているものの、彼女に対して盛大なエールを送りたい気持ちで一杯だった。
誰にでも現れる能力でないことは過去のデータからも明らかだが、何の切っ掛けで覚醒するかも解明できていない。
「ミナのMINDが急上昇中! 低下していたSOULも回復していきます!」
女性オペレーターの声を聞きながら、祈るような想いで眼前の巨大モニターへ釘付けになっていた。
☆☆☆
ミナの手へ再び装飾銃が握られ、闘志を取り戻したその瞳が悪霊を捕らえる。
「あなたを絶対に許さない」
「ひいっ!」
悪霊の顔が、かつてない恐怖に強ばった。




