29 はいチーズ。間違い探しの家族写真
三号室の扉を開けると、アッシュとクレアが続いてきた。
室内には、セレナさんとカミラさんに囲まれ、ベッドへ横たわる久城が。
額に脂汗を滲ませ、土気色に変色した顔が苦しみに歪む。微かに開いた口からはうなり声が漏れるのみ。痛々しい光景に、思わずこちらまで顔を歪めてしまう。
「どうなんスか? まさかこのまま呪いで。なんてことにならないっスよね?」
「何とも。カミラさん、どうですか?」
「恐らく、持って一日、二日かもしれないわね。危険な状態よ」
口の中の棒付きキャンディを転がすカミラさんに、苛立ちが込み上げてきた。
「こんな時まで飴なんか食って、マジメにやって……ぐっ!」
まくし立てている途中で、そのキャンディを口に突っ込まれ、思わずむせ返る。
「病人がいるんだから静かになさいな。それに、これを口にするのは気を静めるため。私なりの集中法なんだから」
俺の口に入っていたキャンディを、ブラブラと振ってみせる。っていうか、これは完全な間接キスだろ。
気が付けば、背後から突き刺さるような二人分の視線が。ここは無視しよう。
「まいった。久城の力が必要だったのに」
胸ポケットから写真を取り出した。
「それ。カズヤさんが今日、手に入れたものですよね? なんなんですか?」
クレアが隣から覗き込んでくると、アッシュとセレナさんも近付いてきた。
「事件の謎を解くヒントがあるらしいんだ」
「ただの集合写真だよな?」
アッシュの言う通り、それは屋敷の前で撮影された家族写真だ。手前に若い夫婦。二人の間には、一体の着せ替え人形を大事そうに抱えた少女。その三人を挟み込むように、年配夫婦が立っている。
「戸埜浦さん一家ね。真ん中の女の子が、行方不明になっている亜里沙ちゃんよ」
セレナさんの説明に、写真へ目を凝らしてみる。屋敷の戦いで見た黒い人影。やはり、背格好も似ている気がする。
「この写真に何があるっていうんだ?」
モヤモヤした気持ちと共に、違和感を感じてきた。何かが足りない気がする。
とにかく、久城がこうなってしまった以上、回復を待つ以外に方法はない。最悪は、勢いに任せてあの悪霊を消滅させれば、呪印の解除は問題ないんだが。
久城のことをカミラさんへ頼み、俺達はその場で解散した。アッシュに話の続きを聞こうかとも思ったが、これ以上のことは出てこないように思えたし、何より俺の気力が限界を迎えていた。用意された個室へ移動し、泥のように眠った。
☆☆☆
翌日、夢来屋の入口で複製と入れ替わって登校し、身の入らない授業を受けた。意識は放課後の戦いに集中。それ以外のことは全く考えられなかった。
そして、ついに決戦の時を迎えた放課後。夢来屋の裏口に待機していた移動車へ乗り込む。車内には、朝霧、セイギ、三人の霊能戦士の姿もある。
両手足を破壊された風見先輩は療養中だ。幸い、アスティの癒やしの霊術のお陰で、身動きできるほどには回復している。
朝霧の母と祖母は事件に関する記憶を消され、既に帰宅。朝霧の様子を見る限り、無事に和解したようだ。
気持ちを奮い立たせるように、ワンボックスのエンジンが唸りを上げた。
みんなも緊張しているんだろうか。声を上げる者は一人もいない。走行音だけがBGMのように流れる中、不意に頭上のスピーカーへスイッチが点灯した。
『みんな。聞こえる?』
「セレナさん? どうしたんスか?」
『サヤカの意識が戻ったの。みんなに伝えたいことがあるそうよ』
その報告に安堵の溜め息が漏れた。
『心配かけてゴメンね。とは言っても、まだベッドに寝たきりなんだけどね』
「無事で何よりだわ。凄く心配したのよ」
朝霧が真っ先に声を上げる。その一声は全員の気持ちを代弁していた。
「久城、心配したぜ。後は任せて、ゆっくり寝てくれ。でも、そうまでしても伝えたいことがあるんだよな?」
『うん。写真を持ち帰ってくれたお陰で悪霊の正体が分かったんだ。よく聞いてね。悪霊は亜里沙ちゃんじゃなくて、写真の中であの子が持ってる人形なんだよ」
「は? 人形?」
驚きに、思わず声が裏返ってしまう。
『うん。写真へ一緒に写るほど愛着を持ってたんだと思う。人形に宿った生き霊が、怪現象を引き起こしてるんだよ。リーダーたちの戦いの記録で確信したの』
「俺たちの戦いの記録?」
『そう。沙緒里さんと鬼島さんが行方不明になった後、最初に戦った相手は?」
その言葉に記憶の糸をたぐる。
「玄関で戦った虎だな。ジョンだっけ?」
そこまで言って、欠けていたピースがピタリとはまった。
「ジョン! そうだ! あの写真の中には、ペットなんて写ってねぇ」
ペットを飼っている人は、家族同然に思っているという話を耳にする。自分の屋敷で撮影したのなら尚更、写真に加えたいと思うのが心情だろうに。
『正解! あたしもそれでピンと来たんだ。あの子が持ってた人形、知ってる?』
「エリカちゃん人形だろ?」
男の俺でも知っている。昔から根強い人気を持つ、金髪少女の着せ替え人形だ。
『そう。エリカちゃんには、ドール・ハウスっていう人形用の家が別売されてるんだけど、そこにオマケで付いてくるのが、ジョンっていう犬の人形なの」
「ちょっと待て! つまり、人形に宿った霊が、あの屋敷を使ってリアル・ドール・ハウスを再現してるのか!?」
『そういうこと。しかもタチが悪いことに、その悪霊は亜里沙ちゃんと同化してる。亜里沙ちゃんはまだ、屋敷にいるはずだよ。スタッフさんの協力で、未確認のスペースを見つけたんだ』
☆☆☆
久城とやり取りをしている間に、車は屋敷へ到着。車を降りて柔軟運動をしていると、アッシュが隣へ並んだ。
「カズヤ。さっき話した通りでいいんだな? 俺たちとセイギの四人で、正面突破をして敵を引きつける」
「頼む。亜里沙を成仏させれば、呪印も解けるはずなんだ」
首筋には呪いの傷跡が残っている。これを解けばシャドウと同調できる。そうなれば、悪魔相手でも充分に戦える。
「セイギも頼んだぜ」
「ふん。私は自分のやりたいようにやるだけだ。手負いの孔雀を倒して賞金が貰えるんだ。見過ごす手はない」
本気で賞金目当てなんだろうが、今は一緒にいてくれることが心強い。
「ミナ。準備はいいか?」
「大丈夫よ。任せておいて」
朝霧は俺と一緒に、未確認のスペースを探す役目だ。久城は確信を持って、亜里沙がそこにいると言い切った。今はその言葉を信じるしかない。
「よし。行こう!」
四人の姿が屋敷の中へ消えていくのを確認しながら、朝霧と裏手へ回り込む。
依頼人から事前に借り受けていた合い鍵で勝手口の施錠を解き、通信機のスイッチを入れた。
「中の様子はどうですか?」
『四人の姿が消えました。どうやら、魔空間が展開されたようです』
オペレーターの言葉を確認し、俺たちは目的の場所へ走った。敵に気付かれる前に亜里沙を探し、切り札を取り戻す。
やってきたのは、一昨日に戦いを繰り広げたフィットネス・ルームだ。先日の戦いの傷跡がまだ真新しい。
憑依された朝霧のツルが抉った壁の穴。桐島先輩や黒薔薇が激突して、無惨に砕けたガラス壁。未確認スペースはここに隠されている。
「かくれんぼに選ぶほど、馴染み深い場所だったというわけね」
「そういうことだろうな」
この間は気付かなかったが、黒薔薇が激突したことで、未確認スペースへのドアが露わになっていた。折り戸のように、ガラスを開閉できる仕組みらしい。
ドアに手を掛けようとしたその時、不意に背後へ霊力が生まれた。怒りと憎悪の渦巻く淀み濁った力が。
(右に逃げろ!)
脳内へ響いたシャドウの声。それに従い咄嗟に横へ。今まで俺がいた場所を、霊力の矢が一閃した。
「その扉に触らないで」
低く冷たい三重奏が響く。
「出やがったな……」
部屋の入口には、長弓を手にした桐島先輩の姿があった。




