28 深紅の狂戦士
「ジュラマ・ガザードと闇導師の情報? どうしてそんなもんが……」
「セレナさんも詳細は話してくれねぇ。ジュラマ・ガザードの正体が、ボスの上司ってことくらいだ。でも俺は、戦う力を維持するために根本を知りたい」
アッシュは冷蔵庫を覗き、ミネラル・ウォーターのペットボトルを二本取り出すと、その一つを投げて寄越してきた。
「う〜ん。分からんでもない。教えてもいいけど、俺から聞いたって言うなよ。余計な混乱を避けるために、霊界の情報は極力、漏らさないように言われてんだ」
困った顔で、洋室に置かれたソファへ腰を下ろすアッシュ。それに合わせて、向かい合う位置へあぐらをかいた。
「で、どこから話せばいいんだ?」
「ジュラマ・ガザードが現れた切っ掛け」
「切っ掛けか……霊界人の平均寿命が二百年っていうのは話したよな? 霊界では百年に一度、次の霊界王が選出されんだ。六系統の力をそれぞれに統べる、六人の賢者から一人だけな」
ボトルを開封する乾いた音が響く。
「始まりは単純さ。霊界王に選ばれなかった、造の賢者バルザンドス。こいつの逆恨みが、そもそもの原因なんだ」
「バルザンドス?」
「おう。ジュラマ・ガザードなんて言ってっけど、それが本名。んで、霊界に恨みを持ったそいつが、暗黒界で秘密裏に進めていた実験で、自分を改造したのさ」
「改造って?」
「罪人を悪魔へ堕落させるシステムを元に、暗黒界に住む幻獣と、絶滅生物の力を取り込んだんだ。タチの悪いことに、取り込んだ絶滅生物ってのが、恐竜の王者、ティラノ・サウルスだったのさ」
以前に見た、シャドウの記憶が蘇った。太陽を食らうようにそびえた巨大な影。やっぱりあれがジュラマ・ガザードだ。
「で、こっからが闇導師に繋がる話だ。バルザ……だあっ! 面倒だからバルだ。やつは霊界の破壊を目論んで、暗黒界と地上界から挟み撃ちにしようっていう計画を立てたんだ。そこで登場するのが、四混沌と呼ばれる部下ってわけだ」
そこまで言って、ボトルを口へ運ぶ。
「四混沌の正体は、造の導師たちだ。霊魔大戦をキッカケに、一系統の賢者には二人の導師が従う体制になってっけど、当時は制限がなかったんだ」
「一系統に二人? じゃあ、セレナさんの他にも、もう一人の造の導師が?」
「もちろん。さすがに造の力を地上に集中させるわけにいかないから、もう一人は霊界にいるけどな。ラナーク賢者は大変だぜ。地上と霊界を掛け持ちで、常に行ったり来たりを繰り返してる」
最近、姿を見かけなかったのはそれか。
「話が逸れたな。闇導師も四混沌の一人だ。他に、深淵と死神と呼ばれた三人の部下を引き連れて、バルは地上の侵略に躍り出たってわけだ。暗黒界には四混沌の一人である戦神と、女王が残された」
「女王?」
「あぁ。悪魔を産み出し続けてる女王蜂の悪魔さ。こいつを殺さない限り、俺たちの戦いは終わらないんだ。バルのいない今、戦神と女王がトップってわけさ」
初めて聞く話に理解が追いつかない。頭の中がグチャグチャになってきた。
「多分、地上の悪魔も、女王の操る蜂の力を使ってるはずだ」
「蜂の力?」
「あぁ。悪霊をレベルⅡって呼ぶ状態だな。悪魔から力を授かるんだろうけど、奴等も簡単に力の受け渡しができるわけじゃない。蜂を媒介にして、注射の要領で力を受け渡してるんだ。俺の予想だと、どっかに蜂の巣があるはずなんだ」
「蜂の巣? まさか、闇導師がそれを管理してるってわけじゃ……」
「可能性はゼロじゃないと思うぜ」
苦い顔をして、ボトルの水をあおる。
「でも、どうしてカズヤが闇導師の名前を知ってんだ?」
思いがけない質問に固まってしまった。思考回路が必死に答えを探す。まさかシャドウに聞いたなんて言えるはずがない。
答えに詰まり、気まずい気持ちと沈黙を抱えていたその時だ。
「おっ待たせ〜! みんなのアイドル、クレアがようやく参上だよっ!」
玄関が勢いよく開き、室内にはびこる沈黙を綺麗に吹っ飛ばした。同時に、頭の中には最高の答えが浮かび上がっていた。
「今日、悪魔との戦いの最中にクレアが言ってたんだ。それで気になってさ」
「私がどうかした? あっ! カズヤさん、会いたかったぁ! 傷ついた私の心を癒やしてくださいよぉ」
駆け込んできたクレアだったが、コントのお約束を見せられているように、洋室の入口で見事につまづいた。
「え?」
あぐらをかいたまま呆然とする俺の視界に、両手を広げたクレアの姿がスローモーションで迫ってきた。
大きくて柔らかい物が顔を圧迫。押し倒された勢いで後頭部へ激痛が走る。
視界が暗い。そして物凄く息苦しい。
とにかく酸素だ。呼吸を確保するため、目の前の暗闇を手で押しのけると、柔らかく張りのある謎の弾力。胸だ。
大きく息を吸い込む俺を見て、クレアはわざとらしい泣き真似をしてみせる。
「カズヤさんに胸、触られたぁ。私、もうお嫁に行けません! ということで、カズヤさんが貰ってください」
「なんでそうなる!? クレアは可愛いから、引く手あまただよ。心配ない!」
「え? 今、なんて言いました? 私が可愛い? キャー。うれしい〜! もう一度言ってください! さぁ! さぁ!」
迫り来るその姿に、疲れが襲ってきた。
「ちょっと静かにしててくれ。今、大事な話の途中なんだよ」
「酷いじゃないですか。混ぜてくださいよ。で、何の話をしてたんですか?」
「闇導師のことだよ。クレア。おまえが喋ったらしいな?」
アッシュの口調が急に厳しくなる。
「事件の背後関係を確認するために、引き合いで名前を出してみたんです」
「深淵と死神は消滅が確認されてんだ。やつだけは生き延びてんだろうな。てっきり、ゼノさんが倒したと思ったのに」
「ゼノ? 誰なんだ?」
「カズヤさん。止めた方がいいですよ。この話が始まると長いですから!」
クレアの眼前へペットボトルを突き出し、会話を封じるアッシュ。
「俺が目標にしてる人なんだ。霊魔大戦で命を落としたんだけど、俺の中では一番の英雄さ。なぜか毛嫌いする人が多くて、表舞台には出てこないんだけどさ」
その目が遙か遠くを見ている。
「無双かっていうほど圧倒的な強さだったらしいぜ。愛用の大剣をブンと一降りしただけで、大地が裂けたとかなんとか。大戦でバルに深手を負わせたのも、ゼノさんなんだ。あの人がいなかったら、バルの封印なんてムリだったろうな」
アッシュの一言がなぜか引っかかった。愛用の大剣。悪魔の王に追わせた深手。どこかで聞いたような話だ。
「でも、鳴り物入りで大戦へ加わった上、あまりに圧倒的な力。おもしろくない霊能戦士も多かったみたいなんだ。ゼノさんの持つ、血のように深い深紅の大剣とその性格を揶揄して、深紅の狂戦士なんていう二つ名で呼ばれてたんだ」
「深紅の狂戦士……」
間違いない。シャドウのことだ。でも、英雄視されているにも関わらず、どうして名前や素性を隠しているんだろうか。
「本当に闇導師が生きてんだとしたら、こうして地上に派遣されたのも何かの縁だと思うんだ。俺が無念を晴らす!」
「私はきっと、カズヤさんのお嫁さんになるために派遣されたんだと思います」
「ない。絶対にないから。クレアが派遣されたのは、手違いかなんかだろ」
断言すると、頬を大きく膨らませた。
「手違いじゃありませんよ! カミラ導師が厳選した結果なんですから!」
「カミラさんが? どうしてもっとベテランの戦士を呼ばなかったんだ?」
「カズヤたちと年が近い方がやりやすいだろうと思った、って言ってたぜ」
アッシュはソファへもたれかかる。
「へぇ。申請が下りないとか文句言ってたけど、戦士を呼ぶのも大変なんだな」
「ここだけの話、地上と造の霊術士に対して風当たりが強いんだ。バルが悪いだけで、他の人たちに罪はないのにさ。霊界は自分たちの保身に必死で、貴重な戦力を出し渋ってんだ」
「一番大変なのは、ボスとセレナさんか」
ちょうどその時、通信機に受信を知らせる赤ランプが点灯した。
「カズヤです。どうかしましたか?」
『カズ君。すぐにメディカル・ルームの三号室に来て! サヤカの容態が急変したわ。意識を失って倒れたの!』
「ちょ……すぐに行きます!」
予期せぬ事態に、慌てて部屋を飛び出した。




