27 仕事漬け。そんなあんたは魅力ゼロ
アジトへ戻ると、風見先輩と朝霧の母親をメディカル・ルームへ運んだ。そこでちょうど、朝霧の祖母の浄霊を終えたセイギとアスティに合流。
霊体の両手足を破壊された風見先輩にはアスティが付き添い、癒やしの霊術による治療が行なわれることになった。
朝霧の母親も浄霊作業を施され、幸いにも呪印の被害を受けずに済んだ親子は、二人部屋へ運び込まれたのだった。
アスティの話によると、工房の中で祖母に襲われたが見事返り討ち。被害女性の内、三名を発見したらしい。セレナさんの話では、失踪事件の被害者は二桁に達しているというから、依然として不明になっている人たちがいるはずだ。
保護された女性たちは、朝霧親子共々、ボスの記憶操作の力で事件の記憶を消され、明日にも日常生活へ復帰する予定だ。
魔染具のネックレスも、意識を混濁させた上でエナジーを奪う以外の効果はないとスタッフの調査で判明している。
経過報告のため会議室へ顔を出すように言われているが、朝霧の母親が早くも意識を取り戻したという知らせを受け、朝霧は慌てて面会へ向かった。
「慌ただしいな。もうクタクタだぜ」
メディカル・ルームの廊下であくびを噛み殺し、アッシュとクレアを見た。
「シュンさん、日常生活には支障ないと思いますけど、当分は戦えませんね」
「だから、俺を連れて行けって言ったんだよ。だああっ! 地上でのデビュー戦、いつまでお預けにされんだよ」
こっちは疲労困憊だっていうのに、力の有り余っているアッシュがうるさい。
「明日は総力戦だな。アスティを加えた三人と、セイギの力も必要になる」
次こそ戦いを終わらせる。呪印の発動まで恐らく三日。残された時間は少ない。
時刻は間もなく二十時。明日に備え、アジトに宿泊する許可も出ている。セイギは早々に帰宅したが、朝霧もここへ残るつもりだろう。せっかくだし、俺もその好意に甘えることにした。そして幸いにもここには霊能戦士たちがいる。知りたかった情報を集めるチャンスだ。
「アッシュ。このあと時間あるか? 少し話したいことがあるんだ」
「どうした、急に? まぁ、俺は構わないぜ。何でもバンバン聞いてくれ。じゃあ、俺の部屋で話すか?」
「ずるい! 私も行きます!」
話に乗っかってきたクレアに腕を掴まれ、思わず鼓動が高鳴ってしまった。
「おまえ、さっきカミラさんに呼び出し受けてたろ? 早く行ってこい」
「げっ! そうだった……後で顔を出すね。うぅ。お説教イヤだよぉ……」
アッシュの一言で表情が途端に曇り、肩を落としたクレアが立ち去っていく。
「さてと。じゃあ行こうぜ」
アッシュは気を取り直してメディカル・ルームの奥へ進む。
カミラさんが医療スタッフとして研修に来ていることもあり、アッシュたちの部屋もこの奥に用意されているのだ。
まさに病院を思わせる白塗りの通路と左右に並ぶドア。被害にあった一般人や負傷した俺たちを処置するために、数部屋のベッドが確保されているらしい。
間もなく医療スペースを抜けようかというその時、前方の一部屋が勢いよく開き、朝霧が飛び出してきた。
憤慨した様子で後ろ手にドアを閉め、大きく息を吐いてそこへもたれかかった。
「どうした?」
放っておくこともできず、うつむく姿へ声を発していた。
「カズヤ。ちょいと先に行ってっから。俺の部屋、分かるよな?」
左手を顔の前に挙げて詫びると、苦笑を浮かべたアッシュは立ち去っていった。
その足音が消えるのを見計らっていたように、不意に顔を上げた朝霧。
「結局、あの人の頭には仕事のことしかないのよ! 昨日の午後に悪霊に憑依されて約一日半。貧血で倒れたって誤魔化したけれど、呆れるわ……何かと思えば、会社に戻るって言うのよ!」
憤りを露わにする朝霧へ、かけるべき言葉が見付からない。でも、聞いてやるだけでもいくらか気分は晴れるだろう。
「祖母の姿が見えないと沙緒里さんから連絡を受けて、飛んできたらしいわ。でも、無事を確認できたらもう仕事。信じられない。私がどれだけ心配したと……」
下唇を噛んだ朝霧の瞳へ大粒の涙が光った。口では何だかんだと言いながらも、母親を心配しないはずがない。
彼女の涙が頬を落ちるのとは逆に、俺の中には怒りと不満が込み上げていた。
このままでいいはずがない。朝霧の体をそっと引き、ドアノブに手を掛けると、それを一気に押し開けた。
「一緒にこい!」
朝霧の手首を掴んで、半ば無理矢理に室内へ踏み込んだ。
カーテンで仕切られた二台のベッド。手前には既に着替えを終えた朝霧母の姿がある。その洋服に刺繍されているロゴマークは、アサギリブランドのものだと今更ながらに気付いた。
「失礼します。ちょっといいっスか?」
反応がない。まるで俺たちに気付いていないように、身支度を整えた朝霧母は隣を通り抜けて行く。
「待てって言ってんだよ!」
頭に血が昇り、気付いた時には声を荒げて吼えていた。その怒声で、朝霧母はようやく足を止めた。
「何か御用? 手短にお願いね。時間がないの。一日半もロスしているのよ」
出口を見据える朝霧母。その横顔を思わず睨み付けていた。
「そんなに仕事が大事なんスか? 実の娘が抱える寂しさを、あんたは何も分かってねぇ! こんな時くらい、ゆっくり話を聞いてやれよ! 母親だろうが!」
「寂しさ? そんなはずないわ。美奈はとてもしっかり者なの。それこそ、私なんて必要ないほどに」
俺の言葉を信じられないというように、隣に立つ娘を物珍しげに見ている。
「あんたは何も分かってねぇし、何も見えてねぇ。社長なんだろ? よくそれで、社員をまとめられるもんだな」
朝霧母の顔が不快感を露わにした。
「もし俺が、あんたの会社の社員なら、とっくに辞めてるよ。家族を顧みず、仕事漬けの社長なんて魅力も感じねぇ……」
「子供には分からないのよ。私には従業員の生活を守る義務がある。この重圧が分かる? 受け継がれてきたアサギリ・ブランド。自分の生活を犠牲にしてでも、守らなければいけないものがあるの」
「そんなもん、分かりたくもねぇ! 家族のためにこそ頑張れる。そういうもんじゃねぇのかよ!」
不意に父の顔が頭を過ぎった。
「俺は自分の親父が嫌いだ。勉強しろと口うるさいだけの平凡なサラリーマン。平凡な人生。でも、そんな親父だって、俺たち家族のことをいつも気に掛けてくれてる。見ていてくれてる」
隣に立つ朝霧へ視線を向ける。
「でも、あんたはどうなんだ? 娘の声に耳を傾けたことがあるんスか!?」
朝霧母は押し黙ってしまった。沈黙が室内を支配し、気まずい空気が満ちる。
「神崎、ありがとう。もう充分よ。後は私が自分の言葉で話すわ……」
朝霧は一歩前に進み出て、俺を遮るように母親と向かい合った。
「お母さん、聞いて。この際だから、胸の内の全てを打ち明けるわ」
朝霧母は観念したように溜め息をつくと、ベッドへ引き返して腰掛けた。
こうなれば俺は邪魔者だ。黙って部屋を出ると、通信機のスイッチを押した。
「セレナさん。聞こえますか? 後で報告に顔を出します。それから、今晩はミナへの通信は控えてやってください。なにかあれば俺が聞きますから」
話しながら、アッシュの部屋を目指した。白塗りの通路を抜けると、入口のロビーと同様に広い空間が広がった。
円形になった中心部から放射状に石畳が延び、その先には独立型の平屋がぐるりと展開している。
迷うことなくその中の一本を進むと、建物の玄関口に尋ね人の姿があった。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
「悪い。声をかけたのは俺なのに」
「冗談だよ! 気にすんな!」
歯を剥き出して微笑むアッシュに、肩を叩かれた。何気に痛いこの一撃は、それとなく仕返しされているんだろうか。
「で、俺に聞きたいことって?」
アッシュは玄関扉を開け、室内へ招いてくれる。中は割と広い。玄関横の左手にキッチン。右手はバスとトイレ。正面が洋室。奥にもう一部屋見えることから、間取りは1LDKか。でも、俺が知りたいのはそんなことじゃない。
「悪魔の王、ジュラマ・ガザード。それから、闇導師についての情報が欲しい」
その言葉に、アッシュの顔が強張った。




