26 悪魔ども。次から次へとなんなんだ
同じ頃、宝石店を訪れていたセイギたちの戦いも大詰めを迎えていた。
二人が向かい合うのは、サソリと融合した男性悪魔。人の顔に当たる部分へ頭胸部が張り付き、まるで巨大なサソリを背負っているように見える。その両手の先は、人の手ではなく大きな鋏だ。
セイギは膝を曲げ、軽く腰を落とした。呼吸と同時に肩は大きく上下し、荒い息遣いがアスティにもハッキリ分かった。
つい先程、彼の腹部をかすめた悪魔の尾。その毒が体を蝕んでいるに違いない。それでも頑なに助けを拒むセイギだが、アスティ目には強がりとしか見えない。
「小僧。俺の毒は強力だぞ。おまえの命もせいぜい十分ってところか」
「フン。それだけあれば充分だ」
セイギは拳をきつく握り、バーベルを持ち上げるように両脇へ添えた。
「二段変身!!」
直後、その体から噴水が吹き上がったように霊力が急激に増大。同時に、ヒーロー・スーツへ変化が起こった。
灼熱の太陽のような赤が濁りを帯び、闇夜さながらの漆黒へ変貌する。
セイギは大きく息を吐いて構えを解くと、目の前の悪魔を力強く指さした。
「セイギマン、モード・ブラック。堕ちた貴様に極上の痛みを与えてやろう」
「凄い……」
目の前の光景に、アスティは言葉を失っていた。少年が発する霊力は自分と同等かそれ以上だと直感していた。彼ならば本当にやってのけるかもしれないと思わせるだけの力強さを感じていた。
★★★
「カズヤさん、早く! 悪魔を押さえつけるのが精一杯なんですから!」
魔空間に響いたクレアの声で、言葉を失っていたカズヤの意識が覚醒する。
呪印を解くためにレイカを攻撃するのが先か、敵の戦力を大幅に削ぐために悪魔にとどめを刺すべきか。迷いがカズヤの動きを鈍らせていたその時だ。
「あら、ヤダ。どうしてあなたがここにいるわけ? 大事なコレクションに傷を付けられたら怒るわよ」
「だって、退屈だったんだもん。お兄ちゃんの困った顔も見たかったし」
魔空間をすり抜けレイカの隣に並ぶ影。
「次から次へと。ふざけんなよ……」
カズヤが目にしたのは、空間から突き出した孔雀の顔。上半身が空間に現れ、男性の肉体であることが分かった。続け様にかぎ爪の付いた左手と右足が覗いたのだが、その右手が掴んでいたものを見て、カズヤは再び言葉を失った。
雄孔雀の悪魔は、そんなカズヤの視線に気付き、嘴の端を大きくもたげる。
「あら。コレに興味津々なの? 全然、大したことなかったわ。拍子抜けよ」
悪魔が放り投げたもの。シュンの体が力なく床へ横たわり、その背を雄孔雀が容赦なく踏みつけた。
「さて、交渉といこうじゃないの。この子を渡す変わりに、あんたのお仲間が押さえているシャクナを離しなさいよ」
「シャクナ? あぁ。あの悪魔か?」
「更に、今は気分がいいから、見逃してあげるわ。どう? 大サービスよ」
相手の高圧的な態度に苛立ちを覚えたカズヤだが、この状況では勝算がないのも明らかだ。加えて、シュンをむざむざ死なせるわけにいかないという責任が、彼の戦意を大きく削いでいた。
「分かった。条件を飲んでやるよ。先輩から足をどけて、そこを離れろ」
決して警戒を解かぬまま言い放つ。
「え〜。鳥さん。もう終わり? せっかく、新しいオモチャを持ってきたのに」
駄々をこねるレイカの手には、見覚えのある銀色の装飾銃。それを見たカズヤの胸中へ堪えきれない怒りが込み上げる。
「てめぇ! ミナに何をした!?」
「会いに行ったついでに、能力をコピーさせて貰っちゃった。便利な力だね」
今にも斬りかかりそうな勢いのカズヤだったが、現状では雄孔雀の悪魔には敵わない。耐え難い苛立ちだけが募った。
「あんたは引っ込みなさい。言ったでしょ。アタシの新しいコレクションが傷付いたら困んのよ。あんたがどうしてもって聞かないから、仕方なく貸してんのよ」
雄孔雀は、唇を尖らせるレイカの腕を引いてシュンから距離を取ると、クレアと雌孔雀へ近付いてゆく。
「クレア、もういいよ。その孔雀女を離して、こっちに」
さすがにクレアも不利な状況を察知し、渋々引き下がりその場へ身を起こした。
シャクナと呼ばれた雌孔雀は失われた右腕を見て、クレアを鋭い眼光で睨んだ。
「ほら、シャクナ。あんたもお嬢ちゃんと一緒に下がんなさい。あたしはこの二人と、もう少し話があるから」
雄孔雀は、壊れたダイニング・テーブルの側へ転がっていた椅子に腰掛けた。
「クジャ。面倒かけて済まない」
雌孔雀は空間へ溶けるように姿を消し、レイカもそれに続いて消えた。
敵の真意を測りかね、カズヤは怪訝そうに眉をひそめる。
「どういうつもりだ? 俺たちはてめぇと世間話をしにきたわけじゃねぇんだぞ」
「やれやれ。ガキは血の気が多くて困るわね。せっかく見逃してあげようっていうのに、気が変わっちゃうじゃないの」
怒りを当てつけるように、視界の端へ転がったテーブルの一部を蹴り上げる。粉々に砕けた木片が粉雪のように舞った。
「あら。店番を頼んだサソリのオービスが死んだわ。あんたたちのお仲間でしょ? 中々やるじゃないの」
悪魔同士も何かの連絡手段を持っているんだろうか。そんな疑問を持つカズヤの脳裏にセイギとアスティの姿が浮かぶ。
「良く聞きな。アタシたちは、ここでのんびり暮らしたいだけ。パンドラの箱を開けたのはあんたたち。分かる? 分かったら、もうここへ近付かないことだね」
「ふざけんな! 人に危害を加える以上、黙ってられるか! 店番ってことは、宝石店の事件にも関わってんだろ!?」
「アレね。仕方ないじゃない。戦いは御免だけど、上から厳しいノルマがあんのよ。悪霊を一体動かしたところで、エナジーは一日一個。でもアレなら売り上げの数だけ回収率アップ。アタシの魔力を込めた特製水晶を加工させるだけの簡単なお仕事。何より宝石の美しいこと……」
「上? てめぇらのボスは誰だ!?」
「“闇導師”ですよ。きっと」
クレアの言葉に、カズヤの胸の奥が大きく脈打ち、激しい怒りが沸き上がる。
「あら。色々と詳しいじゃないの」
くちばしの端を持ちあげ、嫌らしい含み笑いを浮かべる雄孔雀。
「ちょっと喋りすぎたかしら? とにかく、これに懲りたらアタシたちには近付かないことね。次は全力で潰すわよ」
薄気味悪い笑い声を残し、悪魔の姿が空間へ溶け込んだ。それと同時に魔空間が解除され、二人は夕日の差し込むリビングに取り残されていた。
「くそっ! ふざけやがって」
怒りを当てつけるように足下のソファを蹴りつけると、それに憤慨したように盛大な埃を巻き上げた。
咳き込みながら埃を振り払うカズヤは、不意にサヤカの頼み事を思い出し、サイド・ボードから写真立てをつかんだ。
「カズヤさん! シュンさんを早く治療しないと。霊体の両手足が完全に破壊されています。ひどい……」
カズヤは写真だけを取り外し、それをワイシャツの胸ポケットへ押し込んだ。
クレアの手を借りて、シュンの体を背負うカズヤ。ロビーへ戻った三人は、母親を背負ったミナと合流したのだった。
★★★
「凄いですね! まさか、ここまでとは……」
霊力が尽き、変身を解かれたセイギ。疲労で動くこともできず、草の上へ大の字に倒れていると、感嘆の笑みを浮かべたアスティが駆け寄ってきた。
「地上の人間にしては……か? 能力的には、貴様の方が圧倒的に上だろう?」
顔だけを動かし、アスティを見上げる。
「とんでもない! 僕は戦闘が苦手なんだ。どうせ、クレアにさえ敵わない」
セイギは腕の力で上半身を起こした。
「どうやら貴様は、私の嫌いな人種のようだな。一つ教えておいてやろう。これは、ある人の言葉だ……」
一ヶ月前に聞いた、その言葉が蘇る。
「自分が己の力を信じなければ、誰が貴様を信じる? 力と可能性を否定する限り、何をやってもうまくいくはずがない」
よろめきながらゆっくりと立ち上がる。
「あいにく私の周りは、限界を知らないバカばかりだ。貴様のような奴を見ていると、昔の自分を思い出す……」
そう言って自嘲めいた笑みを浮かべる。
「君が笑う顔を初めて見た……力と可能性。僕も頑張ってみるよ」
「なら、さっさと工房を調べてくるんだな。あいにく、私はしばらく動けん」
意を決したように走り出すアスティの背中を、セイギは黙って見つめていた。




