24 ボコボコだ。てめぇはここで消えるんだ
「なんで悪魔が……」
突然の展開に頭が付いていかない。
剣を握る手へ力を込め、呑気にソファへふんぞり返っている敵を睨んだ。
腰に布きれをまとい、乳房を露わにした成人女性の肉体。だが、首から上には孔雀の顔。両腕の肘から先は、かぎ爪付きの鳥の足が生えている。
(おめー、気付いてなかったのか?)
呆れたようなシャドウの声が。
(昨日、お嬢ちゃんの家の庭で、羽根をばらまかれたのを忘れたのか? 普通、あそこで気付くだろーが)
(そんな余裕、なかったんだよ)
落胆を含んだ盛大な溜め息が聞こえた。
「でも、ここでてめぇに会ったってことは、俺が当たりを引いたんだよな? 一気に終わらせてやる!」
孔雀女はその言葉を鼻で笑う。
「私が当たりなら、大当たりがあるよ」
その一滴の意味深な言葉が、俺の心に不安という波紋を広げてゆく。
「シュン先輩もいない……ここに引きずり込まれたんじゃねぇのか?」
「探してみたら? まぁ、生きてこの舞踏会を終わらせられたらの話だけど」
余裕を崩さない敵に苛立ちが募る。絶対に吠え面をかかせてやる。
(シャドウ、行けるか? アジトのスタッフが名付けてくれたアレ。一度言ってみたかったんだ)
(しかたねー。力を貸してやるよ)
渋々といった返事を耳に、意識を集中。呼吸を整え、体の奥底を流れているシャドウの霊力を探った。
呪印によって力の大部分を押さえられている今、反応はごくわずかだが、その流れを確かに感じる。
その流れをつかみ取り、自分の中へ取り込むイメージを完成させた。
「限界突破!!」
途端、体の奥底から自分のものではない力が溢れ出してくるのを感じていた。
★★★
「限界突破? そんな言葉だけで強くなれるなら、誰も苦労しないっていうのよ」
足を組み、目の前の少年をあざ笑うようにソファへ体を沈める悪魔。その存在に向かい、カズヤは右拳を向ける。
「イレイズ・キャノン!」
そこに生まれたバスケット・ボール大の霊力球が、悪魔を目掛けて吹っ飛ぶ。
「はぁ!?」
余裕を見せていた孔雀の悪魔は驚愕に目を見開くと、驚異的な跳躍力でソファの真上へ飛び上がった。
霊力球は惜しくも避けられ、身代わりとなった革張りのソファを直撃。
ソファは軋んだ音を上げ、四本の足をまき散らしながら壁へ激突していた。
「あんた、私のお気に入りの家具を。この空間だからいいものの、現実空間だったら八つ裂きにしてるところだよ」
音もなく華麗に着地した悪魔は、クチバシを怒りに震わせ、目の前で薄ら笑いを浮かべる少年を睨んだ。
「てめぇは消える。もう必要ねぇだろ?」
カズヤは剣の切っ先を悪魔へ向ける。
「来いよ。お気に入りだったソファみてぇに、ボコボコにしてやるよ」
「どこまでも頭に来るヤツだね」
悪魔は腰を低くして身構えた。
★★★
「追い詰めたわよ」
ミナは、廊下の突き当たりに佇む自らの母親へ、装飾銃の銃口を向けた。
母親の姿をした悪霊は肩越しにゆっくりと振り返り、口端を不適にもたげる。
「追い詰めた? 本当に?」
直後、ミナの左手にあった扉が勢いよく開き、その視界を遮る。
慌てて扉を押し返すと、醜悪な笑みを浮かべた悪霊の姿が迫っていた。
敵にしてみれば、ここは既に自分の領域。全てが彼女の武器と化す。
「お姉ちゃん。遊びましょ」
両腕を掴まれたミナは、引きずり込まれるように部屋の中へと姿を消した。
★★★
「神剣、天叢雲!」
魔空間へシュンの声が響き、その手に一降りの刀が具現化した。
刃を除き、鍔から柄頭までが純白。まさに神剣と呼ぶに相応しい神々しさを秘めている。それを手にする彼もまた、校内では聖人と称されているほどの人物だ。
屋敷の一階がモノクロの世界へ変貌し、そこにいるのはシュンと一体の悪魔。
「あら、ボクちゃん。そんな棒っ切れでアタシと戦おうっていうの? 全然ダメ。全然、美しくないわぁ」
困ったように言い放ち、かぎ爪の付いた手で頭を抱える。
「顔はアタシ好みなんだけど、刃を交えて戦おうっていうスタイルがダメ。スタイリッシュに美しくがアタシのモットー」
「すまないけど、君の好みに興味はない。この空間を解除してくれないか」
肩まで伸びる長髪が揺れ、前髪の隙間から鋭い眼光が覗く。
「アラ? あんまりじゃない。アタシはあなたのことをもっと知りたいのに」
「どうしてこの館に悪魔がいるんだい? 君が力を貸していたのか?」
「アタシに勝ったら教えてあげる」
かぎ爪の一本を自分へ向けながら、シュンを挑発するような仕草を見せた。
「戦う以外にないか……」
シュンは苦い顔でつぶやいた。
★★★
「あれが工房みたいだね」
その頃、ミナの祖母が経営する宝石店を訪れたセイギとアスティだが、あいにく店舗は施錠され、人の気配はなかった。
アジトに連絡をとったセイギは、裏手に工房があることを知らされ、店舗脇の小道を抜けて確認に訪れたのだった。
通りに面した店舗とは打って変わり、木々が生い茂り、ほとんど手入れのされていない裏手。その先に、店舗の半分程度の大きさをした建物が見えた。工房より倉庫と言った方が正しいほどの簡素な作りに、セイギは怪訝そうな顔をする。
「ムダ足だったか……」
前を歩くその腕をアスティが掴んだ。
「気を付けて! 何かいる!」
二人の背後から霊力球が襲い、その場を飛び退き慌てて避ける。
直後、二人の視界は色を失い、モノクロの世界へと誘われていた。
息苦しさを覚えると同時に、生暖かい空気がその体にまとわりつく。
「魔空間か。おもしろくなってきた」
この状況で、セイギは一人ほくそ笑む。
★★★
「セイギとアスティの霊力反応が消失。魔空間に入ったと思われます」
「どういうこと!?」
オペレーターの報告に、セレナが怪訝そうな声を上げる。
「失踪事件に悪魔が?」
「セレナ導師!」
続け様に、別のオペレーターから悲鳴のような声が上がった。
「戸埜浦邸の三人。入館時点で、いつものように通信と追跡が遮断。霊眼で追いましたが、カズヤとシュンが消失!」
「まさか、館にも魔空間が!?」
そのやり取りを見ながら、苦い顔をしたカミラが別のオペレーターへ近付いた。
通信デスクに着席していた女性からスタンド・マイクを奪い、通信開始のスイッチを荒々しく押し込んだ。
★★★
移動車で待機していたクレアは、通信機に灯った赤いランプに気付いた。
口を覆っていた酸素マスクを外し、慌てて車外へ出ると、通信ボタンを押す。
「クレアです」
『今、どこにいるの!?』
焦りと怒気を含んだカミラの声に、クレアの表情にも緊張が走る。
「移動車です」
『バカ! どうして一緒にいないの!?』
強ばった顔のまま、体が大きく震えた。
「カズヤさんから待機命令があったので」
呆れを含んだカミラの溜め息が漏れる。
『この任務の重要性、分かってるわよね? 失敗は許されないのよ。それに、あなたが本当に従うべきは誰かしら?』
「カミラ導師です……」
怯え、かすれたクレアの声。
『分かってるなら、早く館へ向かいなさい。霊質は判別できるわね? 念を押すけど、他はどうでもいいの。分かった?』
「はい!」
クレアは館の入口を目掛けて走った。
★★★
通信を終えたカミラは短い息を吐き、怯えた表情のオペレーターを一瞥する。
「あら。ジャマしてごめんなさいね」
その場を離れながら、小さく舌打ちする。そしてこの騒ぎの中で、その言葉を聞いていた者は誰一人としていなかった。
「使えない子。人選を間違えたかしら」
重く冷たい言葉がその口を渡る。




