06 今の俺、ゲームだったらレベル1
「では、リーダーも決定したところで、今回の事件の概要を説明したいと思う」
ボスの言葉で我に返った朝霧は、慌てて腰掛けていた位置へ引き返してきた。オタクは俺たちから距離を取るように、後方の壁にもたれて腕を組んでいる。
「近くに座ればいいじゃねぇか」
「ここでいい」
あっさり流された。しつこいのもどうかと思うので、とりあえず放っておこう。
「カズヤ君は初めての会議だな。まぁ、肩肘張らず気楽にやろうじゃないか」
「ボス。そんな調子では困ります。一応、彼はリーダーなんですから。それに私の中ではまだ仮です。本当にその器かどうか、じっくり見せてもらいます」
「もぉ。ミナちゃん! カズヤ君がリーダーでいいじゃん。仲良くしてよぉ……」
口をへの字に曲げる久城。
出だしから波乱含みなんですけど。
「では始める。今回、君たちが担当する案件だが、カズヤのお兄さんを捜索して欲しい。憑依が確認されれば、その浄霊までだ」
「みんなの力を貸して欲しいんだ」
すがるような想いで深々と頭を下げた。
俺一人の力じゃどうにもならない。今の俺はRPGでいえばレベル1。戦う力を手に入れたとはいえ、それを使いこなせているワケでもない。
「任せなさい。この私の手にかかれば、お兄さんをすぐに見付けてあげるわ」
朝霧が自信たっぷりに胸へ手を添えた。
セレナさんの胸は犯罪級だが、こいつも中々。その仕草につい目が行ってしまったが、啓吾の神眼測定によると想定胸囲は八十五のC級だとか。このくらいの方が断然好みだ。
そんな邪な情報を追い払うが、朝霧の顔はどこか優越感に満ちている。形成逆転とでも言いたいんだろう。
すると、オタクが鼻で笑った。
「女などアテにならん。私に任せた方が確実だ。そして私が任務を解決した暁には、大人しくリーダーの座を渡せ」
「あら、大きく出たものね。この私に解決できない案件が、あなたのような脳筋君に、どうにかできると思えないけれど」
朝霧の挑戦的な視線がオタクを突いた。
「あなたの苦手な情報収集と捜査案件よ。戦闘に割り込んで、いい所だけ持って行くような人の手に負えるのかしら?」
「貴様、言わせておけば……」
壁から背を離し、オタクが一歩踏み出した。そして、またしても立ちこめる危険ムード。
「ほら! こういう事態を収めるのも、リーダーの大事な役目なのよ」
火花を散らす二人を眺めていると、セレナさんから注意が飛んできた。
これは以外と面倒な役回りかも。
「おい、オタク! こんな時ぐらい、静かに話を聞いてくれよ……」
「オタクとは何だ! オタクとは!」
「いや。おまえがヒーロー・オタクだから、オタクって呼ぶことにしたんだけど……」
「勝手にコール・ネームを変えるな!!」
ツバを飛ばして激高するとは、よほどカンに触ったらしい。
「オタクっていいわね」
「あははは! 極、似合うよ!」
朝霧と久城も揃って笑いを漏らす。
「貴様ら……もういい、勝手にしろ! 私は、今担当している任務を優先する」
オタクは怒りに顔を歪め、こちらへ足早に歩み寄ってきた。俺から数歩の距離で立ち止まり、右手の人差し指を突きつけてくる。
「良く聞け! 私は、貴様をリーダーだとは認めないからな! 改めて決着を着けてやるから、そのつもりでいろ!」
「ちょっと、セイギ君!」
セレナさんの言葉も聞かず、オタクは会議室から足早に立ち去った。
協調性はゼロ。おまけにケンカっ早いヒーローなんて聞いたこともない。
「カズ君、気にしないでね。彼、思い通りにならないとすぐに拗ねるのよ」
俺を気遣い、苦笑するセレナさん。
「手伝わないのはいつものことだから。戦いでピンチになると、どこからともなく出てくるんだよ」
楽しそうに笑う久城を見ながら、セレナさんが立ち上がった。
「三人には続きを話すわね。カズ君から預かった刀の収納箱は、スタッフが全力で解析中。中の残留物から、恐らく戦国時代の物だろうということね」
「戦国時代の刀っスか……」
アニキの部屋で見せてもらった、あの刀の姿が脳裏を過ぎる。
ギラリと不気味に輝く刀身は手入れが行き届いていた。それ程の月日が経過しているとはとても信じられない。
「現状の情報はそれだけ。刀を使用した事件も起きていないようね」
その一言に胸を撫で下ろした。俺が具現者になったからには、アニキを犯罪者にするわけにはいかない。
セレナさんは長机を回り込み、部屋の奥へ移動した。すると、そこへ置かれている銀行のATMのような機械を操作する。
「ここ最近の目立った事件というと、三人に頼んでいる、駅周辺で女性が襲われている事件。昨晩も被害が出てしまったけれど、その件については、セイギ君に引き続き掛け持つように頼んであるわ」
途端、朝霧が両手で机を打ち付け、勢いよく立ち上がった。
「私とサヤカは降ろされたっていうことなの!? ここまで調べてさせておいて、それは酷いんじゃありませんか!?」
「カズ君の事件を最優先して欲しいの。彼一人に任せられないし、駅前の事件は、セイギ君一人でも処理できるはずよ」
不満を露わにする朝霧。突然に外されたことを考えれば無理もない。しかもオタクが引き継ぐとなれば、奴の方が使えると無言の内に宣告されているようなものだ。
「急に外すのはあんまりっスよ。指示をくれれば、アニキの件は俺一人でも……」
朝霧の気持ちを考えると、現状で思い付く解決策はこれしかない。
「ちょっと待って! そんなのダメだよ。ミナちゃん、手伝ってあげよう!」
工藤は困った顔をして、立ち上がったまま動かない朝霧の袖を引く。
「リーダー、困ってるんだよ! 助けになってあげないと!」
「サヤカ、悔しくないの!? 私たちの成果を横取りされようとしているのよ!」
泣き出しそうな顔をしていた久城が、途端に不機嫌な表情へ変わった。おもむろに立ち上がり、朝霧の両肩をつかむ。
「そんなの構わない! 忘れちゃったの!? 何のために具現者をやってんの!?」
話の詳細は分からないが、朝霧を取り巻く刺々しい空気が消えた。叱られた子供のような顔を向けている。いつも勝ち気な朝霧が、こんな顔をするとは意外だ。
「ごめん。でも、一つだけ条件があるの」
強い意志を秘めた目で、俺とセレナさんを見つめてきた。
「後一日。今日一日だけ時間が欲しいの! 明日からはきちんと刀の捜索を始めるわ。このままじゃ終われないのよ!」
セレナさんは困った顔でため息をつく。
「突然に降板を切りだした私にも問題はあったわね。で、リーダーの意見は?」
「俺は構わないっスよ」
「了解。それじゃあ、ミナちゃんとサヤちゃんは引き続き駅前の事件を調査。カズ君は昨日の基礎トレーニングを復習」
「え!? 事件の調査は?」
「一人じゃ負担が大きいわ。明日から改めて仕切り直しね。もう一日貰えれば、こちらでも調べを進められるだろうし」
「分かりました」
俺の返事と同時に、朝霧が席を立つ。
「そうと決まれば、行きましょう!」
「ミナちゃん、待ってよぉ!」
会議室を足早に立ち去る朝霧。その後を久城が慌てて追ってゆく。
嵐が過ぎ去ったように、途端に会議室が静寂に包まれた。疲れと筋肉痛がどっと押し寄せ、思わず溜め息がこぼれる。
「ミナちゃんは人一倍、負けん気が強いみたい。特に男の子に対してはね」
「どういうことっスか?」
「そこは私にも話してくれないの。乙女心は複雑ね。負けないように頑張って!」
ついに具現者としての活動が始まった。求めていた答えがあるのだろうか。いや。それを確かめるために、ここにいるんだ。
そんなことを考えていると、突然に耳鳴りが起こり、こめかみを両側から締め付けられるような激しい頭痛に襲われた。
食いしばった口元から呻きが漏れる。
「どうしたの、カズ君!?」
「なんでも……ないです……」
「でも、凄い脂汗」
「本当に……大丈夫っスから……」
笑顔で取り繕うが痩せ我慢も限界だ。
激痛を紛らわせようと、首から提げている御守りを取り出した。それを握って瞳を閉じる。いつものリラックス方だ。
すると嘘のように痛みは和らぎ、平静を取り戻すことができた。でも、思いがけない事態に困惑を隠せなかったんだ。