23 知りたがり。他人の秘密を覗きたい
「あいつ、繋がるかな?」
アジトの出口へ向かいながら、手にした携帯の電話帳から目当ての名前を探す。
長いエスカレーターが終わり、夢来屋の裏口がある通路へ出る。携帯の電波が回復すると同時に、ディスプレイは啓吾の名前を映し出していた。
『もしもし』
数回のコールの後、聞き慣れた声が。
「悪い。部活中だったか?」
『うん。でも大丈夫だよ。何かあった?』
作業を中断させたにも関わらず、気分を害した素振りも見せない。良い奴だ。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。啓吾様の情報網だけが頼りなんだ」
『なに? 気持ち悪いなぁ……』
照れを含んだ上ずった声が返ってくる。こうなればもはや思うツボだ。
「この間、ウチへ来た時に、朝霧のお婆さんが新作を出したって言ってたよな? それの詳しい話が聞きたいんだ。何か情報を持ってないか?」
『どうしたの? 急にそんなもの。まさか、彼女がっ!? これは、新聞の一面を差し替えないとっ!』
「待て、待て」
なんだ、この慌てようは。俺に彼女ができたら、それは啓吾にとっての天変地異クラスってことか。
「誤解すんな。ウチの母親に聞かれただけだ。どうにも手に入らないらしくて、朝霧が同級生だって知ってるから、聞いてみてくれってさ。あの要塞さんに、声をかけられるわけねぇだろ?」
『確かに。でも残念だよ。久々のスクープかと思ったのに……』
「俺は、おまえのネタか? っていうか、情報を持ってるなら提供してくれよ」
『そんなに詳しいところまでは分からないよ。珍しい水晶が填め込まれたネックレスって聞いているけど。大量生産が難しいらしくて、少数の入荷だからあっという間に売り切れちゃうらしいね』
「生産数が少ないのか。生産場所と、いつ発売したのか分かるか?」
『搬入された水晶を、店舗裏の作業場で製品に加工してるはずだよ。発売してから半月以上は経ってると思うけど』
「分かった。サンキュー」
啓吾の話を信じるなら、セイギが失踪事件を追い始めた時期と一致する。
朝霧がこの異変に気付かなかったことを考えると、祖母が悪霊に憑依されているとすれば、相手を完全に操る支配型ではなく、時間で切り替わる周期型。
「もう一つ聞きたいことがあるんだ」
声を潜め、辺りに人影がないことを改めて確認する。
「生徒会長の風見先輩について知りたいんだ。あの人、なんか変わってねぇ? つかみ所がないっていうか、聖人なんて言われてるけど、裏の顔があるとか?」
『何を聞いてくるかと思ったら、風見先輩? またまた、どうしたの急に?』
「ちょっと気になることがあってさ」
『なに? 女子にもてるために、あの人をマネるつもりなの? でも、裏の顔っていうのはあながち間違いじゃないかも』
思いも寄らぬ言葉に耳を疑う。
「どういう意味だよ?」
『先輩に妹がいたってこと知らない?』
「妹がいた? なんで過去形なんだよ?」
『やっぱり知らないか。込み入った話だし、こんな所で話すような内容でもないね。詳しいことはまた改めて話すよ』
「気になる言い方だな……」
『まぁまぁ。聞きたいことはそれだけ? 他に用がないなら切るよ』
「あぁ。悪い。啓吾のジャマをしちゃ悪いからな。でも、先輩の件は後で絶対に教えてくれよ」
通話を切りながら、胸の中に広がるモヤモヤを払拭できずにいる。
風見先輩は何か秘密を抱えている。いや。秘密なんてものは多かれ少なかれ誰もが持っている。それを知りたいと思うのは単なる俺のエゴなのかもしれない。
とにかく今は頭を切り換えよう。事件に集中することが先決だ。
裏口から表へ出ると、そこに停車していた移動車へ駆け寄った。
車の前には既に、風見先輩と朝霧、そしてクレアの姿がある。
「カズヤさん、遅いですよ。なにしてたんですかぁ?」
唇を尖らせ、腕を後ろ手に組んだクレアが上目がちに見つめてくる。
やっぱり女子の上目遣いは苦手だ。
目のやり場に困り、心臓が暴れる。加えて、そのポーズのお陰でツンと突き出された胸に視線を持って行かれる。
「ごめん。ちょっとヤボ用が」
「今日のところは、カズヤさんの格好良さに免じて許しちゃいます。じゃあ、早速出発しましょう。乗って、乗って」
クレアに背中を押され、最後部の窓際へ押し込まれそうになる。
「ちょっと待て! この流れ、俺をはめるつもりじゃねぇだろうな?」
「あ。バレました?」
「最後尾は、クレアと朝霧。俺は先輩と中央の席に座るから。いいな?」
不満を漏らすクレアを無理矢理に押し込み、車は館へ向けて出発した。
車内には、クレア専用に酸素ボンベとマスクが積まれている。アジトで生成されている、霊界の大気成分に近づけた空気だ。マスクのお陰でクレアも静かになるという一石二鳥の素晴らしい装備。
☆☆☆
戦いへの緊張を抱え、ひっそりと静まり返った移動車が館の門前へ停車する。
「じゃあ、行きましょうか。クレアはここで待機。二十分待って、俺たちが出てこなかったらその時は頼む。その前に何かあれば、信号弾で知らせるから」
腰に付けたポーチを叩くと、マスクを付けたままのクレアが大きく頷いた。
玄関へ向かいながら、風見先輩の足取りが自然と速くなっていく。桐島先輩を心配しているんだろうが、その焦りが尚更、俺たちとの距離を大きくする。
「ねぇ」
先輩の背中を追っていると、朝霧が隣へ並んできた。
「あのクレアって子のこと、妙に気になってるみたいね?」
「はぁ? そんなことねぇよ」
突き刺すような視線が痛い。今すぐに、この場を逃げ出してしまいたい。
「どうだか。何とも思っていないなら、簡単に突き放したら? それに、あの子の胸ばかり見て……スケベ! 変態!」
「ひでぇ言われようだな」
余りの中傷に困り果て、後頭部を掻き毟って気を紛らわせた。
すると、朝霧はうつむくように下を向き、そっと両手を胸元へ添えて。
「自業自得よ。大体、そんなに胸に興味があるのなら私に言ったらどう!? 昨日、あそこまでしたクセに……言ってくれれば、胸くらいいくらだって……」
真っ赤な顔でうつむきながら、念仏のように何かをつぶやいている。
「なに? 聞こえねぇんだけど」
「なんでもないわよ!」
すねたように言い放つその姿が、何とも愛らしく思えてしまう。
苦笑を堪えきれないまま、その背中を一つ叩いていた。
「クレアに興味はねぇんだよ。それこそ、アスティに怒られちまうしな」
そこまで話しながら、ある異変に気付いて警戒を強めた。
「今、シュン先輩が屋敷へ入ったよな? 先輩の霊力が乱れなかったか?」
「分からない。感知能力があるのは、あなたとサヤカだけだし」
剣を呼び出し、館の玄関をくぐった。辺りを見回すが先輩の姿がない。
「どうなってんだ?」
その時、装飾銃を手にした朝霧が俺を追い越し、二階への階段に足をかけた。
「ミナ!?」
「今、お母さんの姿が見えたわ! 敵は二階よ!」
「待て! 一人で行くな!」
慌てて走るあいつを追って二階へ上がった瞬間、目の前の世界が一変した。
屋敷にいることに変わりはないのだが、全てが色を失い、白と黒で構成されたモノクロの世界へ変わっている。そして、体にまとわりつくような生暖かく不快な空気。嫌な記憶が蘇る。
「魔空間か……」
「ようこそ。死の舞踏会へ」
視界の先にあるリビングから、女性の声が聞こえてきた。
室内に踏み込んだ俺を待っていたのは、成人女性の肉体に、孔雀の顔を併せ持った怪物だった。




