22 やりづらい。こんな編成、誰がした?
「館の件だけで手一杯だっていうのに、朝霧のお婆さんもか……」
テーブルの上へ置かれたネックレス。その中央に配置されたエメラルド・グリーンの宝石が不気味に輝いた気がした。
貴金属に興味はないが、材質は恐らく水晶だろう。玉型に加工されている。
「それにしても、このネックレスはなんなんだ。朝霧は何か知らないのか?」
「昨日も話したけれど、親の仕事に興味はないの。仕入れるのに苦労をしたようなことは言っていたけれど……」
朝霧の母親と桐島先輩。正直な気持ちは今すぐにでも館へ駆けつけたい。でも、こっちの事件も放っておけない。
「朝霧、どうする?」
隣で固まったままの当人へ委ねる。だが一番パニックになっているのは、他でもない朝霧本人だろう。
「何をくだらないことで悩んでいる?」
視界の端で不意に声が上がった。
壁にもたれたままのセイギが、サングラスを中指で押し上げる。
「話を聞いていなかったのか? 失踪事件は私の担当だ。余計な手出しをするな。その宝石も私が確認する」
いつもならこの言動に苛立つところだが、願ってもない申し出だ。セイギに任せられれば、館の一軒に集中できる。
「朝霧はどうする? 心配ならセイギと一緒に行ってもいい。館には俺が行く」
「必要ない。私一人で十分だ」
いつもの強気な姿勢を崩さないセイギ。
朝霧は強い決意を秘めた瞳で、俺を見つめ返してきた。
「私は戸埜浦さんの自宅へ行くわ。あなたやサヤカ、それに沙緒里さんの呪印を解くことが、私にとっての最優先だから」
身内は二の次というわけか。だが、昨日の話を聞いた今なら分からなくもない。
「カズヤ君。いいかな?」
不意に風見先輩から声が上がった。
「この件、もう君たちだけには任せておけない。僕も一緒に行こう」
「風見先輩が!?」
意外な申し出に声が上ずってしまう。確かに、ここに先輩が来たことを考えれば当然の流れというわけか。
「進行中の任務はどうするんスか?」
「心配ないよ。他の二人に任せてある。彼等に任せておけば問題ないさ」
随分と信頼を置いた物言いに、なんともいえない羨ましさを感じてしまう。
これ以上ない戦力増強に違いないが、なんだかやりづらい。まぁ、こうなってしまった原因の一端は自分にあるんだが。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「あぁ。こちらこそ、よろしく」
形式的に握手など交わしてみたものの、肌を突き刺すような怒りの波動がはっきりと伝わってくる。クールな表情の奥では、何を考えているのか分からない。
「だあっ! 俺たちはどうなんのさ!?」
耐えかねたように声を荒げるアッシュ。
「まぁまぁ。慌てないの。私の完璧なプランを発表しちゃうから」
キャンディを咥えたままのカミラさんが、隣に座るアッシュの鼻を指で突く。
「まずは、アッシュ。あなたは十九代目の二人をサポート。そしてアスティは、セイギのサポートをお願い」
口にしていた棒付きキャンディを手に取り、奥へ座るクレアを覗き見る。
「そして最後にクレア。あなたはカズヤたち三人のサポートに回ってね。以上!」
「やったぁ! 私、頑張る!」
「ちょっと、ちょっと! カミラさん、それ本気ですか!? 明らかにおかしいでしょ。この流れだと、一番危険なのは館じゃないのかよ!? そこに俺をぶつけるのが当然の流れじゃないの!?」
確かにアッシュの意見は正論だ。俺としても、クレアよりアッシュの方が断然助かる。精神的にも。
だが、カミラさんは舌を打ち鳴らし、手にしたキャンディを左右へ揺する。
「あなたも、まだまだね」
「アッシュ。一番戦力の低い部分を補強するための措置だよ。僕たち三人の中でも戦闘能力に優れた君が、そこに当てられたってことだよ」
アスティの諭すような口調を受け、途端に大人しくなってしまった。
「私には、補強もサポートも必要ない」
その背後で、セイギが抵抗を見せる。
「万が一を考えているだけよ。三人の力は温存しておきたいから、何もなければその方が私もありがたいわ」
「女に付いてこられるよりはマシか。貴様は黙って見ているだけでいい」
「分かったよ」
高圧的に見下ろしてくるセイギを笑顔で受け流すアスティ。大人しそうな見た目通り、何も言い返せないんだろうか。
その光景を見ていたら、こちらをじっと見つめ続けているクレアと目があった。
「カズヤさん。安心してくださいね。何かあったら私が必ず守りますから!」
自信たっぷりに胸を叩くと、そこにある大きな膨らみが柔らかそうに揺れた。
ダメだ。余計な所に反応してしまう。
「霊能戦士は体力を温存しなくちゃならないんでしょう? 地上の空気では活動限界は一時間だったかしら? 私と風見先輩もいるし、充分だと思うけれど」
なんだか朝霧の物言いが刺々しく感じるのは気のせいだろうか。
「そんな意地悪な言い方しないでくださいよ。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ? 恋のライバルって言っても、仲良くしたいんですから!」
「ちょっ! なにを言い出すのよ!? 別に、そんなんじゃないから!」
ムキになるほど、その顔が朱に染まっていくのがはっきりと分かった。
「キャー。顔を真っ赤にしてカワイイ。見た目、大胆そうなのに、意外と繊細なんですね。好感度アップです!」
「からかわないで!」
耐えかねた朝霧が、テーブルに両手を突いて立ち上がる。すると、それを待っていたようにセレナさんが口を開いた。
「はい。続きは余所でお願いね。切りもいいからこれで解散。各自、次の行動に移って。館へ行くチームには、表に車を用意させるから移動を開始して」
そのまま、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれが会議室を出て行く。
席を立とうとすると、不意にシャツの袖口を引かれた。振り向いた先には、怪しい笑みを浮かべる久城が。
こいつがこんな顔をしているということは、どうせろくな話じゃないだろう。
「ミナちゃんと何かあった?」
「何かって、何が?」
自分で尋ね返しながら、心拍数の上昇をハッキリと感じた。顔が熱くなり、昨晩の出来事が脳裏に蘇る。
「ミナちゃんの雰囲気が変わったんだよねぇ。それと、ある変化に気付いた?」
「変化?」
一体なんのことだろうか。
「結構ニブチンだね。リーダーのこと、神崎って呼んでるの気付かなかった?」
「あ。そう言われてみれば確かに……」
全然、気付いていなかった。それをこの短時間で見抜くとは、女子って怖い。
「でしょ。それでお姉さんには、ピーンと来たわけですよ」
「誰がお姉さんだ。誰が」
とりあえず突っ込まずにはいられない。
「ようやく一歩前進だね。ミナちゃんの本当の笑顔のために頑張ってね。それと、一つお願いがあるんだ」
「なんだよ?」
「実はね。さっき言ってた“見落とし”に心当たりがあって、館へ行ったら二階のサイドボードを調べて欲しいの」
意外にも真面目な話を持ち出され、こちらの頭がうまく切り替わらない。
「サイドボード?」
「そう。そこに写真立てがあったんだけど、それをもう一度見たいの。携帯の写真でもいいから押さえてきて」
「分かった。任せとけ」
「本当は、あたしも一緒に行きたいんだけど……リーダーだけずるいなぁ……」
すねたように唇を尖らせながらも、突然に真剣な顔つきへ変わる。
「ひょっとして、リーダーが持ってる原因不明の力が関係してるの? あたし、あの力に恐怖を感じたんだ。物悲しくて、底が見えない漆黒の闇みたいだった」
思わず言葉を失っていた。そういえば、久城にも霊力感知の能力が備わっていたことをすっかり忘れていた。
こう見えてなかなか勘も鋭い。うっかりしていると、シャドウの存在を知られてしまいそうだ。
「原因は良く分からねぇ。とにかく、久城の分までしっかり働いてくるよ」
会議室を出ると、アジトの出口へ向かいながら携帯電話を取り出した。




