21 蛇と銃 一触即発、大混乱
何が起こったのか分からなかった。だが、頬に残る痛みは本物だ。
目の前の風見先輩は拳をきつく握りしめ、鋭い視線を向けてくる。
「いきなり、なんなんスか!?」
抗議の声を上げると、胸倉を掴まれた。
「文句を言いたいのはこっちさ。僕は、君を信用してレイカ君に救援を頼んだんだ。それがこのザマかい?」
「ちょ、どういうことっスか!?」
「へぇ。とぼけるんだ?」
直後、風見先輩の両肩から二頭の大蛇が顔を覗かせた。
見覚えのあるその蛇。桐島先輩の言っていたリーダーというのはやはり。
「そこまでよ!」
入口付近から朝霧の怒声。何事かと視線を向ければ、いつの間に手にしたのか、装飾銃を風見先輩へ向けている。
迷いやためらいなど微塵も感じさせない表情に、一触即発の空気が満ちる。
「何をそんなに怒っているのか知りませんけど、神崎は私を助けるためにベストを尽くしてくれました。能力を使ってまで彼を責めるつもりなら、容赦しないわ」
「美奈ちゃん! セイギ君も止めてよ!」
久城の声を受けようと、セイギは身じろぎ一つせず、壁にもたれて動かない。
「朝霧もやめろって! 先輩も、どういうことか説明してくださいよ!」
「ちょっと。何をしているの!?」
ようやくセレナさんが姿を現した。
「シュンちゃん、落ち着いて。カズ君には、まだ話していないのよ」
すると、シャツを掴んでいた両手から力が抜け、二頭の大蛇も消滅した。
「すまない。そういうことか……」
大きな溜め息をついて肩を落とし、それを確認した朝霧も銃を解除した。
「俺に話してないって、なんスか?」
風見先輩の手を借りて立ち上がり、そのままセレナさんへ詰め寄った。
「ボウヤの大好きなあの娘、レイカだっけ? 彼女が行方不明なの」
三人の霊能戦士を引き連れてやってきたカミラさんが、棒付きキャンディを咥えたまま他人事のようにつぶやく。
「先輩が行方不明!? なんで!?」
「昨日、カズ君と連絡を取った直後、測位システムから信号が消失。霊眼で探したけれど何も見付かっていないわ……」
セレナさんは手近なイスに腰掛け、疲れ切った顔を両手で覆った。
「なんで教えてくれなかったんスか!?」
「ボウヤにどうにかできた?」
カミラさんは俺と朝霧へ視線を送る。
確かに昨日の状況を考えれば、動くことはできなかっただろう。
だがここで、セレブ女の言葉が蘇った。
「あいつだ。昨日、確かに言ってた。俺のペアを決める抽選会だって……俺が朝霧を助けたことで、抽選から漏れた桐島先輩に何かが起こったのか?」
「あの悪霊は何が目的なの? 話がまるで見えないわ……」
「確かにミナちゃんの言う通りね。状況を整理したいから、みんな座って」
セレナさんは顔を上げると、久城の車椅子を押しながらいつもの奥の席へ進む。
「カズヤさん。大丈夫ですか?」
駆け寄ってきたクレアに手を握られ、心配そうな顔で頬へ手を伸ばしてきた。
「大丈夫。大丈夫だから!」
思わず後ずさり、その手から逃げる。だが、こちらを見ている朝霧とアッシュの険しい視線に気が付いた。気まずい。
「殴るなんて酷いです! 暴力では何も解決しません。私、あの人は嫌いです」
クレアは挑むように風見先輩を睨む。
「いや。悪いのは俺の方だ。桐島先輩を危険な目に遭わせてる。きっと俺が同じ立場でもそうしてたはずだ」
風見先輩がここまで怒るのは、仲間を想うリーダーとしてなのか。それとも。
「どうでもいいけど、いつまで手を握っているつもり? それに、あなた誰?」
両腕を胸の前で組み、機嫌を損ねた朝霧が近付いてきた。
慌ててクレアの手を振り解くと、彼女は残念そうに唇を尖らせる。
「初めまして……かな? みんなのアイドル、クレアです!」
「そう。私は朝霧美奈。それにしても、私がいない間に随分と……」
朝霧は、クレアとカミラさんを見る。
「ここでキャバクラでも始めるつもり?」
それだけ言い残し、久城の隣へ座る。
「カズヤさん。座りましょ」
「霊能戦士チームは、カミラさんと合わせて向こう!」
セレナさんの対面に腰掛けていたカミラさんに並んで座るよう促す。そこへ風見先輩も加わり、新顔のオンパレードだ。奥の壁にはセイギがもたれ、顔を背けたくなる面々が勢揃いしてしまった。
「まずは、ミナちゃんの話を聞かないとね。でも複製が失われたことで、情報を引き出せなくなってしまったわ」
複製。最初は単なる身代わり人形のように思っていたが、霊撃輪を通じて睡眠中に記憶の転送ができる。その日の出来事を倍速でなぞり、自分の記憶として蓄えることができるのだ。学習の支障を軽減するための措置なのだという。
朝霧の複製は、彼女が悪霊に憑依された夜から活動していた。生きていれば、事件に関する手かがりを得られたはずだ。
「さっきも言ったけれど、あの悪霊の目的が分からないのよ」
朝霧の言う通りだ。
「確かに、分からねぇことが多すぎる。俺の傷を治したり、朝霧の複製を始末して錯覚させたり、なにがしたいんだ?」
「あたしは、本当に遊んでるんだと思うよ。やっぱりゲーム感覚なんだよ」
オレンジ・ジュースの入ったグラスを口元へ運ぶ久城を見ながら、セレブ女のあざ笑う姿が蘇った。
「俺たちに残された時間は四日程度。呪印の期限が先か、解除が先か。それがデス・ゲームってわけか。それ以外の方法で殺すつもりはないってことか?」
「でも、私には呪印なんてないわよ」
朝霧は首筋をさすりながら、いぶかしげに声を上げる。
「何か明確な基準でもあるのか?」
「なぁんか、極、引っかかるんだよね。大事なことを見落としてる気がする」
頬杖を突きながら、グラス内の氷をストローで突く久城。
「もう一度、あの館へ行くしかないってことだよな。桐島先輩が捕まっている可能性がある以上、そこは外せないよな」
「でも、ミナちゃんが無事だったのがせめてもの救いね。最悪の事態もどうにか避けられたようだしね」
「最悪の事態?」
思わせぶりな言葉にセレナさんを見た。
「憑依中に、ミナちゃんの記憶が覗かれているのよ。万が一、このアジトのことが漏れれば一大事だったはずよ」
「そうか。ここが攻めこまれるようなことにでもなったら……」
考えただけでゾッとする。アジトの機能が失われれば、俺たちは悪霊や悪魔に対抗する手段を失うことになるんだ。
「セレナさん。ミナ君が悪霊に憑依されていた間、実体への攻撃が可能になっていたという報告は本当なんですか?」
風見先輩が不意に声を上げた。
「本当よ。現にカズ君は深手を負い、出血も確認しているわ」
「そうですか……続けてください」
満足したように一つ頷く風見先輩。
「ここで、みんなへ大事な報告がもう一つ。これを見て欲しいの」
セレナさんがテーブルの上へ置いたのはシルバー・ネックスだ。吸い込まれるような魅力を放つ、エメラルド・グリーンの宝石が中央に配置されている。
「これって……」
「朝霧、何か知ってんのか?」
「知っているもなにも、祖母が売り出している新商品よ。どうしてここに?」
驚きに目を見開き、何が起こっているのか分からないという顔をしている。
「先日保護した鬼島と、ミナちゃんの家のお手伝い、飯塚沙緒里さん。二人が身につけていたものよ。解析の結果、微量の霊力が検出されたわ」
「つまり、魔染具ってことっスか?」
外的要因が作用し、ネックレスには強い念が込められていたということだろう。それを身につけていた二人には当然、呪いが作用していたはずだ。
テーブルに置かれたそれを見つめながら、一つの可能性に辿り着く。
「じゃあ、朝霧のお婆さんも悪霊に憑依されている可能性が……」
「そうなるわね。そしてそれだけじゃないと考えているわ。セイギ君に追ってもらっている連続失踪事件。被害者は女性が中心。確かめる価値はあると思うわ」
「祖母が? まさか……」
朝霧はそれ以上の言葉を失い、セレナさんを黙って見つめていた。




