16 俺はもう、この手を二度と離さない
アスティの霊術で先輩は意識を取り戻し、自力で動けるまでに回復した。
再び意識を失った朝霧を背負い、館の外で待機していた移動車へ乗り込む。
ここでクレアが座席を巡ってごね始めたが、俺とアッシュの必死の説得により霊能戦士組として最後尾へ押し込むことに成功。ひとまずアジトへ戻った。
☆☆☆
「みんな、お疲れ様。特に、カズ君とレイちゃんは大活躍だったわね」
会議室へ集まった俺たちに、セレナさんが労いの言葉をくれる。
朝霧はメディカル・ルームへ運ばれ、久城の付き添いで検診を受けている。悪霊に憑依された具現者、第一号という不名誉な称号をもらい、後遺症などの確認が必要だという。
「ミナちゃんはランクⅢと認定。賞金は80万。カズ君、レイちゃん、サヤちゃん、それからセイギ君の獲得額を更新しておくわね」
「でも、本当にあの悪霊は消滅したんスかね? 呪印が消えないんスけど……」
首筋に触れると確かな感触がある。
「タイム・ラグかしら? 心配だったら、隅々までじっくり診てあげるけど?」
棒付きキャンディを咥えたカミラさんが、俺の肩へ手を置きしなだれかかってくる。
胸が当たってるんですけど。胸が。
「いえ……遠慮しておきます」
「そうですよ! カズヤさんを誘惑しないでください!」
エロ姉さんを突き放し、警護でもするように割り込んでくるクレア。
すると突然、背後から首を抱えられ、部屋の片隅へ引っ張られた。
どうにか顔を上げると、不満を露わにしたアッシュがこちらを睨んでいる。
「だああっ! なんでおまえだけ、こんなにモテるんだ!? どうしてだ!?」
「俺にそんなこと言われても……」
「いいか!? カミラさんは俺が狙ってんだ。いきなり出てきて横取りすんな。それにクレアだって、アス……」
「アッシュっ!」
背後の声に驚き、アッシュの機関銃のような怒声が鳴り止んだ。その隙に、首を締める筋肉質の腕からどうにか脱出。
するとそこには、今にも泣き出しそうな顔のアスティが。
「余計な事は言わないで!」
「悪い。ついカッとなっちまって」
顔の前で両手を合わせ、頭を下げる。
まぁ、今のやり取りで、このチームの相関図的なものは把握できた。
聞けばこの三人、年齢は十七才。つまり同い年。但し、霊界人の平均寿命は二百才だとか。二十代から四十代までの期間が非常に長いという話だが、セレナさんやカミラさんは何才なんだろうか。
「あいつと組んで一年近く経つけど、あんな一面があったとは驚きだぜ。地上に来て、テンションが上がっちまってるのかもな」
「だと助かるんだけど……」
アッシュに向かって盛大な溜め息を漏らしてしまった。
正直、あれだけグイグイ来られると逆に引いてしまう。好意を持ってくれるのは悪くない気分だが、もっと段階のようなものがあるんじゃないかとも思う。
「ちょっと。男三人で何をコソコソ話してるわけ? 気持ち悪いわよ」
キャンディを咥えたままで、カミラさんがいぶかしむような視線を向けてくる。
「いやいや。何もありませんから」
アッシュが慌てて駆け寄っていく。その光景はまさに飼い犬と呼ぶに相応しい。
「カズ君。呪印の件は今日一日、様子を見てから判断するわ。ゆっくり休んで」
セレナさんの言葉に、携帯を取り出して時間を確認する。まだ十七時過ぎだ。
「桐島先輩。駅まで一緒に行きましょうよ。缶ジュースで乾杯でもしますか?」
「うん。いいね、いいね。二人だけの祝賀会って、ちょっと寂しいけど」
「ミナちゃんが元気になったら、みんなできちんとお祝いしましょう」
「そうっスね」
セレナさんの言葉に笑みで返した。
「え〜。カズヤさん、帰っちゃうんですかぁ? もっとお話ししたかったのに」
「クレアの言う通りよ。泊まっていきなさい。三人でお風呂ってのもいいわね」
「ちょっと待ったぁ!」
俺が吹き出すと同時にアッシュが叫んだ。
「カミラさんもクレアも、なんかおかしいぜ? 変な物でも食ったか?」
「アッシュ。後は任せた」
なんだか軽い頭痛がする。あの二人を無視して桐島先輩を捜した。
「行きましょうか」
「あのままでいいの?」
「いいっスよ。放っときましょう」
後ろは振り返らず、お疲れ様でしたと大きく声を張り上げて会議室を出た。
☆☆☆
「神崎君、モテモテだね。ひょっとして、モテ期が到来しちゃった?」
私服に着替えてアジトを出た途端、桐島先輩は俺の顔を覗き込んで微笑む。
「からかわないでくださいよ。マジで困ってるんスから」
「贅沢な悩みだねぇ……」
自販機の前で立ち止まり、スポーツ・ドリンクのボタンを押す。先輩のリクエストのオレンジ・ジュースも購入。
「とりあえず、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
二人で乾杯する。至福の瞬間だ。
「でも、無事に済んで何よりでしたよ。俺、先輩が怪我を負って、パニックになってましたから。霊能戦士たちが来てくれなかったらどうなってたか……」
思い出しただけで怖くなる。もしもあのまま、先輩が命を落としていたら。
「心配かけてゴメンね。確かに、かなり無茶しちゃったからね」
左腕にぬいぐるみを抱え、右手に持ったジュースを口へ運ぶ。
「でも、あの時の技って……」
「あぁ、アレ? うちのリーダーの能力なんだ。昨日の夜、沙也加の能力を上書きさせてもらったの」
「十九代目のリーダーって誰なんスか?」
「あれ、あれ? 知らないの?」
「セレナさんも教えてくれないんスよ」
「じゃあ、私も秘密にしとこう」
「うわっ! ひっでぇなぁ……」
満面の笑みを浮かべるその顔を、素直に可愛いと思ってしまう。
こうして一歩進むごとに先輩との別れの時間が迫ってくる。このまま時間が止まってしまえばいいのに。
「朝霧の救出も終わったし、明日からは十九代目の活動に戻っちゃうんスよね?」
「そうだね。こっちはこっちで楽しかったけど、みんなも待ってるし……なんかシンデレラみたいだね、私」
走り去るシンデレラのように、先輩が遠くへ行ってしまうような錯覚がする。
離れたくない。離したくない。
「じゃあ、俺、ガラスの靴を持って迎えに行きますよ。十九代目のみんなの前から連れ去ってもいいっスか?」
「おっ! モテモテ王子の登場だね? でも、大事なお姫様はもういるでしょ? 捕まえてないとどっかに行っちゃうよ!」
本気で言ったつもりだったのに、先輩はまたしてもからかうように微笑んで。
「お姫様?」
「あれ、あれ? とぼけちゃってぇ。あんなに必死だったのはどこの誰ですか? 無事に助けたんだから、もう離しちゃダメだよ。しっかり捕まえていてあげて」
どうしてここで、そんな話をするんだ。
ヤケ酒をあおるようにスポーツ・ドリンクを一気に飲み干す。なぜか苛立ちが募り、加速した怒りが止まらない。
やっぱり俺は先輩のことが好きだ。朝霧でも、カミラさんでも、ましてやクレアでもない。他の誰でもない。
頭の中が真っ白になり、気がつくと前を行く先輩の腕をつかんでいた。
突然のことに驚いた先輩の手からボトルが落ち、アスファルトを転がっていく。
「神崎君?」
「大事なお姫様なら目の前にいる。捕まえてないとどっかに行っちまうっていうんなら、俺はもう、この手を二度と離さない……」
「え? え? それって……」
驚きに見開かれた先輩の透き通った瞳。
もう止まらない。引き返せない。
「去年の文化祭。ミス光栄としてスピーチしてる姿を見た時からずっと好きでした……まさか、こうして話をすることができるなんて思ってもいなくて。まだ夢を見てるみたいっスけど……」
驚きと戸惑いの入り交じった先輩の目を真っ直ぐ見つめ返す。心臓が暴れ出し、今にも口から飛び出しそうだ。
「俺と付き合ってください!」
懇願するように絞り出したその言葉。
風の精霊が微笑んだように、柔らかな風が俺たちの間をいたずらに駆け抜けた。




