05 大波乱。リーダーなんて好きにやれ
学校にいる間は時間の経過がもどかしかった。授業もろくに耳に入らないので、具現者の能力を簡単にまとめておくことにした。
まずは能力発動の媒介となる指輪、霊撃輪。これには三つの宝石が付いていて、それぞれに自分の考えた能力を記録できる。
「ライブ・ジュエルっていう、霊界でも希少な宝石だって言ってたな……セレナさんの爆乳の方が希少だなんて、とても言えない」
思わず本音が口を突いていた。
そのライブ・ジュエルは霊力を含むと軟化するという性質を持つ。考えた能力を設計図として組み込み、ジュエルはそれを基に高速分裂、結合を行って具現化する。これが異能の正体であり、具現者と呼ばれる由縁だ。
しかも具現した武具は、プラスチックで出来ているような驚きの軽さ。女性でも問題なく扱えるのは非常に有用だろう。
霊力を含むと軟化するという性質から、敵の霊力を受けても軟化するのではと危惧したが、指輪の金属自体がジュエルを隷属させ、所有者の霊質を識別しているのだという。つまり、指紋照合のように所有者の霊力を記憶し、その力にだけ作用するらしい。
「本当に、どれだけ高度な文明なんだよ」
ノートにメモを加えていると、遠くで教師の音読する声が微かに聞こえてきた。
そして肝心の攻撃。武器や技による攻撃は、自分が狙った対象にしか影響が及ばないようになっている。敵と味方を同時に攻撃した場合、味方の体をすり抜け、敵にだけ攻撃が作用する。でも、自分が故意に狙えば、味方を傷つけることも出来るとか。
なぜそんな効果があるのかを尋ねたが、理由を聞いて即座に納得してしまった。万が一、仲間が悪霊に取り憑かれた場合、戦いは避けられない。対処を可能にするためだという。
そして、攻撃には有効範囲がある。剣のように具現化した武具は、所有者から二メートル以上離れると自動的に霊撃輪へ戻る。また、霊力球と呼ばれるような遠距離攻撃は、十メートルの飛距離が限度なのだという。
「具現者の能力についてはこんなもんだろ。でも、一番の問題はアレだな……」
先を思い、深い溜め息が漏れてしまう。
具現者のメンバーは、コール・ネームで呼び合うという決まりがあるらしい。俺だったらカズヤ。つまり、朝霧と久城のことを、ミナ、サヤカと呼ばなければならないなんて。
正直、女性を名前で呼ぶことに慣れていない俺には、かなりの抵抗があるんだが。
俺の憂鬱など露知らず、時間だけは確実に過ぎて行く。そうしてようやく放課後を迎え、逃げるように校舎を飛び出した。行き先はもちろん夢来屋。具現者のアジトだ。
☆☆☆
「カズ君、いらっしゃい」
夢来屋の裏口を抜け、アジトへ続くエスカレーターを降りた直後だった。横手から、待ち伏せていたようにセレナさんが現れた。
「どうしたんスか、こんな所で?」
「カズ君を待っていたのよ。迷子になったら困るでしょう? もう一人のメンバーも来るから改めて顔合わせね。会議室に集合よ」
ロビーから螺旋階段を昇って二階の奥、会議室と記されたドアをくぐった。
中央に置かれた大きな長机と、そこに並ぶ奇妙な形のイス。部屋の隅にはホワイトボードや巨大な液晶ディスプレイ。
入口から真っ直ぐに伸びた長机の先に、ボスが座っていた。
「さぁ、座って」
セレナさんに促されるまま適当な場所へ腰掛けると、ある物に気付いた。
「ボス。それって牛乳っスか?」
「うむ。これは私の好物なのだ」
「おかしいでしょ? 牛乳を飲まないと落ち着かないって言うんだから」
渋い顔に牛乳パックという組み合わせが不釣り合いだ。隣に座ったセレナさんと目が合い、思わず苦笑を交わしてしまう。
とその時、ドアから朝霧と久城が顔を覗かせた。二人はボスへ挨拶しながら、俺とセレナさんの向かいへ座る。
「アイツはまだなの? 正義の味方かぶれ」
「私なら、とっくにここへいるが」
朝霧の問いに応え、入口の側へ、一人の男子生徒が壁にもたれて立っていた。
肩まで伸びる髪はどう見てもカツラだ。おまけにオシャレのつもりか、サングラスまでかけている。更にその手元を見て、汗が吹き出すような息苦しさを覚えた。
「この暑い日に手袋って……」
「手袋ではない! ドライバー・グローブといって、正義の味方の必需品だ!」
セイギノミカタ。
会話の糸口のつもりが、男の機嫌を損ねてしまったらしい。朝霧、久城といい、こんな奴等で本当に大丈夫なのか。軽い頭痛がする。
救いを求めて隣のセレナさんを見たが、そんな胸中を察してくれる気配は微塵もない。
「カズ君。彼がもう一人の仲間。名前は……」
話を遮り、男が俺の隣へ立った。
「申し訳ないが名前は明かせない。私のことはセイギと呼んで欲しい。友好の印に、君にもドライバー・グ……」
「いらねぇよ!」
その申し出を秒殺する。
どうして俺が、こんな奴と同類扱いなんだ。しかも、こいつの変装は自分の正体を隠すため。筋金入りのヒーロー・オタクじゃねぇか。
ツンツン美少女に陽気な少女、おまけにオタクまで。学芸会でも始めるつもりなのか。
「露骨にイヤな顔をしているわね」
「そんなことねぇよ」
朝霧に素早く切り込まれた。妙な所で目ざとい。ウワサ以上に難しい奴かも。
「どうだか。大体、私だってこんな正義の味方かぶれとなんて組みたくもないわ。いつも一人で勝手な行動ばかりだし」
切れ長の目からは鋭い視線。だが、隣に立つオタクは気にする素振りもなく腕を組み、仁王立ちのまま微動だにしない。
「ヒーローが女と一緒に行動できるか! 真のヒーローとは常に孤独との戦いなのだ!」
「よっ! 今日も極、決まってるねぇ!」
「サヤカ! そんな風に持てはやすから、変につけ上がるのよ!」
「また、いつものケンカか?」
ボスが呆れた調子で口を挟んできたが、どうやら日常茶飯事の光景ということか。
「ミナ君、落ち着きたまえ。彼は戦力として欠かすことの出来ない人材だ」
「それは確かに分かりますけど……」
ボスの一言に急にしおらしくなる朝霧。
どうやらこのオタク、見た目は変だが一目置かれた存在らしい。
「ボスの言うとおりだ。貴様等は何度、私に助けられたと思っている?」
「その傲慢な態度が気に入らないのよ!」
「ミナちゃん、落ち着きなよぉ……」
猛獣と化した朝霧を必死になだめる久城。こいつのお守りは楽じゃないだろう。
その荒ぶりが収まるのを待たず、オタクは中指でサングラスを押し上げた。
「彼が加わったということで、私も正式にメンバーに入る。今後は私の指示に従ってくれ」
途端、朝霧の顔が真っ赤に染まる。
「ちょっと! 私とサヤカの方が先に活動しているのよ! 先輩に従うのがルール!」
「実力と結果が全てだ。それに、女がリーダーを勤める戦隊など聞いたこともない」
「なんですって!」
力説するのは結構だが、こいつの判断基準は確実におかしい。しかも戦隊って何だよ。いつからそんなチームになった。
「もぉ。リーダーなんて誰でもいいじゃん!」
久城の言う通り、リーダーなんて誰でもいい。俺はアニキを救うためにここにいる。リーダーを決めるためじゃない。
「それなら、納得のいくようにボスに決めてもらおうぜ。文句ねぇだろ?」
俺の提案に、二人も黙って頷いた。
「ってことで、ボスからお願いしますよ」
「うむ。リーダーは決定した」
オタクと朝霧はボスに注目しているが、どっちがリーダーでも、ロクなチームじゃない。
「二十代目、具現者のリーダーは……」
ボスの紺色の瞳が俺たちを順に見る。
「カズヤ君だ!」
『え!?』
俺、オタク、朝霧の声が見事に重なる。
「なぜですか!?」
「そうよ! 納得いきません!」
途端、抗議の声を上げるオタクと、負けじとボスへ詰め寄る朝霧。
「ちょっと待て、おまえら! さっき、文句はないって言ったよな!?」
ボスも困った顔で手をかざす。
「今の話し合いで分かっただろう。カズヤ君は一番冷静で、的確な指示を考慮できた。最もリーダーに相応しい」
「でも、彼はまだまだ新人ですよ!?」
尚もしつこく食い下がる朝霧。
「それは、君たちがフォローしてやればいいだけの話だ。難しいことではない」
その一言で、二人は押し黙ってしまった。
「光栄戦士セイギーズ結成という野望が……」
今、オタクの口から変な単語が飛び出したのは気のせいだろうか。
「仕方ないわね。でも、私のように特別な人間は、どんなポジションにいても目立ってしまうものなのよね……」
朝霧はショックのあまり壊れたらしい。
「よろしくね。リーダー!」
笑みを浮かべた久城に肩を叩かれた。
その響きにかすかな優越感を感じる。なんだかマンザラでもない気分だ。