13 セクハラだ。俺の女神に何をした?
公園を出て、俺たちはそのままアジトへ向かった。更衣室で再び制服に着替えると、途端に気分が引き締まる。
外出前にセレナさんへ一目会うため、先輩と二人で司令室を訪ねた。
室内では二十人程のオペレーターがそれぞれに機器を操り忙しそうにしている。
邪魔にならないよう中を進むと、正面には三台の巨大モニターが並び、セレナさんとカミラさんの姿があった。
二人とも険しい顔をしているが、なにかあったんだろうか。
「どうしたんスか?」
「カズ君。それがね……」
セレナさんとの会話に、カミラさんが無理矢理に割り込んでくる。
「酷いのよ。私が手配をお願いしている、部下の地上への移動願い。まだ霊界からの承認が下りないのよ。何をグズグズしてるんだか。頭に来るわよね!」
「ってことは、今回も霊能戦士は間に合わないってことっスよね?」
「そうなるわね。ごめんなさい」
「まぁ、馴れましたよ」
「セレナ。あなたの色仕掛けで何とかしなさいよ。その大きな胸は飾りなの!?」
エロ姉さんの突き出した指の先端が、爆様に飲み込まれて見えなくなる。
「きゃっ! ムリ言わないでください!」
両腕で必死にそれを守るセレナさん。
カミラさんは気を紛らわせようと室内へ視線を移し、桐島先輩へ目をとめた。
「レイカだっけ? あなた、側に立たないでくれる? 私の存在が霞むわ」
嫉妬から来る嫌悪感を放ちながら、突然、先輩の胸を鷲掴みにしたのだ。
先輩が小さな悲鳴を上げて逃げるのと、俺の怒りのボルテージが突き抜けたのは同時。
「明朗快活。顔も綺麗で、胸まであんなに……まったく、不公平な話よね。こんな田舎でくすぶってるなんて勿体ないわよ……」
「同性でもセクハラって成立するんだぜ」
よりにもよってなんて羨ましいことを。
俺の全力の怒りを込めた視線に、慌ててセレナさんの背後へ身を隠した。
「ボウヤが怖い〜」
「自業自得です!」
セレナさんの一喝に首をすぼめる。
☆☆☆
アジトを出て、先輩と二人で再び館へとやってきた。二人だけということに不安はあるが、今日こそデス・ゲームを終わりにしてみせる。
開け放たれたままの玄関扉を抜け、ホールへ踏み込む。昨晩、鬼島から剥ぎ取った甲冑が無造作に転がっていた。
「どこだ?」
夕日の差し込む館内を見回す。次はどんな手で仕掛けてくるつもりなんだ。
するといつもの不気味な三重奏が、笑い声と共に響き渡った。
「お友達、一人減っちゃったの? つまんない。第三ステージはかくれんぼだよ。私を見つけられるかなぁ? 制限時間を超えちゃうと、そこのお姉ちゃんにバッテン付けちゃうからね」
「そんなこと、俺が絶対にさせねぇ!」
先輩に呪印なんて付けさせてたまるか。
「ヒントは、そこに転がってる鎧に貼っておいたからね。じゃあ、後でね〜」
再び静寂に包まれ、先輩は甲冑から剥がした一枚の紙切れを手にしている。
「そこにはたくさんの私。みんなでするお人形遊びはとっても楽しい。ケンカはしない。だって、みんな私だもん」
「どういう意味っスか?」
「分からない……なにかしら」
なぞなぞだろうか。だが、こんなものをのんびり解いている場合じゃない。こういう時にはあいつしかいない。
慌ててホールを飛び出し、通信機のスイッチを入れた。
「そこに、サヤカいませんか?」
『どうしたの、リーダー?』
「力を貸してくれ。なぞなぞらしい」
さっきの文面を読み上げると同時に、通信機の向こうが騒がしくなる。
図面を出してください、という久城の声。オペレーターとのやり取りが始まる。
「サヤカに頼んだっていうわけね」
「えぇ。こういうのは、あいつの方が向いてますから」
久城が調べを進めてくれている間に、通信機へ転送してもらった館の図面データを呼び出した。
一昨日からの霊眼の調査で、建物の九割程度は確認が進んだらしい。平面図の他に、ミニチュアのような立体映像が通信機のディスプレイから浮かび上がった。
二階建ての本体の他、広大な庭にはプールもある。渡り廊下のような細い通路で区切られた先には、アトリエとして使っていたエリアと、お手伝いさんが宿泊する別棟まであるらしい。
「こんな広い建物、どうやって探せっていうんだよ……」
気持ちが焦る。俺と久城に残された時間はおそらく五日程度。加えて先輩まで巻き込むことだけは絶対に避けたい。
『リーダー。多分ここだよ』
「分かったのか!? さすがサヤカ!」
思わず歓喜の声を上げていた。
☆☆☆
「マジで、ここなのか?」
一階の奥にあった一つの扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。
左手には既に愛用の剣を具現化してある。後ろに続く先輩も長弓を構えている。
部屋の上部に取り付けられた細長い窓から夕日が差し込んでいた。
そこは四方を鏡に囲まれた二十帖はあろうかという広い部屋。フィットネス・ルームとして使われていた室内には、埃を被ったルーム・ランナーやベンチ・プレスが放置されている。
「たくさんの私か……」
部屋の中央まで進むと、四方の鏡それぞれに俺の姿が映り込む。廃屋と化したこの場所では不気味以外の何者でもない。
「見付かっちゃった……」
からかうような三重奏と共に、正面の鏡へ朝霧の姿が映り込んだ。
「イレイズ・キャノン!」
突き出した右拳から飛ぶ霊力球。しかし朝霧へは当たらず壁を突き抜けていく。
「こっちだよ」
不意に背後から衝撃波を受け、先輩と共に床へ倒れ込んだ。
「なんで放っておいてくれないの? 私たちはここで、静かに暮らしたいだけ」
「ふざけんな。朝霧や鬼島まで巻き込んでおいて、勝手なこと言うんじゃねぇ」
素早く立ち上がり剣を構えた。
「お姉ちゃんは、私と一緒に生きることを望んだの。心にポッカリ空いた穴へ、私の気持ちがピッタリはまったんだよ。あの男は仕方ないよ。私たちの幸せを奪ったんだから。絶対に許さない。ペットとして生き地獄に落とすはずだったのに」
朝霧の綺麗な顔が、恐ろしいほど残忍な言葉を吐き出す。もう聞きたくない。
「ミナはそんなこと、これっぽっちも望んでねぇ! ここで終わりにしてやる!」
剣を構えて走る。すると朝霧は床に手を突き、迎撃態勢へ入った。
「ローズ・スプレッド!」
来た。360度へ展開するバラのつぼみを象った衝撃波。
「シールド!」
直線後方にいるはずの先輩を庇いながら、霊力壁を展開。
前方からの押し返されるような強い衝撃を、踏ん張ることでどうにか凌ぐ。
チャンスはここしかない。
霊力壁を解除し剣を構え、しゃがんだままの朝霧へ突進。直後、頭上から舞い落ちた黄金色の矢が、朝霧の背中へ見事に突き刺さった。
「よし!」
先程、霊力壁を展開しながら先輩の姿を隠した隙に、朝霧の弱点である頭上から奇襲攻撃を仕掛けたのだ。
「イレイズ・キャノン!」
剣を横凪ぎに振り払い、三日月型に湾曲した霊力刃を解き放つ。
「ぐうっ!」
空気抵抗を軽減され、速度の増した一閃を避ける術はない。朝霧は仰け反った胸元へそれを受け、苦悶の声を上げた。
「だあぁっ!」
その左胸へ刃を突き立てる。仲間を攻撃することにためらいはあるが、そんなことを言っていられる状況じゃない。
念には念を。そのまま朝霧の左手を掴み、霊撃輪を引き抜く。これでもう、能力を使うことはできないはずだ。
安堵した瞬間、俺の中に油断が生まれた。胸元に強烈な衝撃波を叩き込まれ、背中を打ち付けながら床を転がった。
気管を圧迫され思わずむせ返る。顔を上げた先には、怒りを秘め鬼の形相へ変わった朝霧が直立していた。
「ほんっとに頭に来た……お姉ちゃんの心の闇を解放しちゃうからね」
朝霧を攫った謎の黒い気体。それが再び絡みつき、悪意に満ちた霊力が部屋を覆い尽くした。




