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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.02

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12 夏が来る。海とアイスと先輩と


 きっと今日という日は、今までの人生で一番輝いた瞬間だっただろう。たとえ今日死んだとしても、もう悔いはない。

 いや、それは言い過ぎか。願わくば、桐島きりしま先輩とお付き合いをさせて頂いて、果てはあんなことやこんなことまで。成仏するのはそれからだ。


 俺、欲望の固まりだな。こんな奴だったんだと、我ながら驚きだ。


 朝十時集合というメールを受け、二つ隣の駅で先輩と待ち合わせた。

 昨晩から悩みに悩んだが、デート用の小洒落た服などあいにく持ち合わせていない。ブランド・ロゴの入った真っ白なポロシャツと、ジーンズにスニーカーという簡素なスタイルで開き直ってみた。


 駅の改札で初めて見る私服姿の先輩。

可愛らしい水色のミニワンピースに、黒のショートパンツ。足下はブラウンカラーのブーツというキュートなコーディネート。雑誌の読者モデルも顔負けだ。


 一緒に雑貨屋を巡り、ウインドゥ・ショッピングを楽しんだ後、先輩のおねだりでゲーム・センターへ向かった。

 ぬいぐるみが大好きだという新情報と共にクレーン・ゲームをせがまれ、千円をつぎ込んだ末にようやく、トナカイをモチーフにしたアニメ・キャラのぬいぐるみを手に入れることができた。


 千円で先輩の満面の笑顔が見られたんだ。まったくもって安いもんだ。


 先輩の部屋には大量のぬいぐるみが飾られ、幼い頃に買って貰ったピンクのうさぎがお気に入りだという。抱きしめて眠るといううさぎに、とてつもないジェラシーを感じたのは言うまでもない。


 その後、ハンバーガー・ショップで昼食を取り、ストレス発散の定番という先輩の導きで、カラオケ・ボックスへ突入。

 実は先輩もカラオケ好きという意外な共通点も見付かり、大いに盛り上がった。


 二時間も歌い倒した後、夕方からの戦いに備え、アジトのある駅へ移動。そのまま、駅近くの公園へやってきた。

 休日ということもあり、辺りには親子連れの微笑ましい姿がちらほら見受けられる。遊具で元気いっぱいに遊んでいる子供たちに、いつかの光景が重なる。


 広場を抜けた先には、海へと続く舗装された石畳が延びている。ここまでくると海水浴目当ての人々でかなり賑わっている。この寂れた街が活気づく、数少ないイベント・シーズンだ。


 人混みを避け、遊泳禁止区域まで足を伸ばした。防波堤に二人で腰掛け、日差しを照り返して輝く海原を見つめる。


「ん〜……メチャクチャ遊んだね!」


 すっきりとした顔で、大きく伸びをする先輩。なんだかんだと言いながら、俺以上に満喫していたんじゃないだろうか。

 伸びをする仕草に、ついつい胸の膨らみを凝視してしまった罪を許してください。


「先輩のお陰で、久々に充実した休みを過ごせましたよ。ありがとうございます」


「いえ、いえ。こちらこそ。ぬいぐるみまで取って貰っちゃったし大満足。それに、君の意外な一面も色々見えたしね」


「意外な一面?」


「うん。見た目はクールだけど、話をしてみると全然違うよね。会話は面白いし、時々、毒を吐いてみたり、ギャップが凄いんだもん。ウケる。ウケる」


「そうっスか? 自分じゃ全然。でも、先輩もイメージと違いますよ。もっと神々しくて、近寄りがたい人だと思ってました。すっげぇ庶民派で親しみやすい」


「ミス光栄なんていう肩書きのせいだよね。みんな、清楚で可憐なお姫様みたいに思ってるんじゃないの? 校内で少し有名っていうだけの普通の女子ですから」


 俺たちは顔を見合わせて苦笑した。この時間が永遠に続けばいいのに。


美奈みなの気持ちも少し分かる気がする。あれだけ大きな会社の社長の娘だもん。色眼鏡で見られるのは当然よね。きっと、辛い想いもたくさんしてると思うんだ」


 そう言って遠い海へ視線を向ける。


「おっ! ちょっと待ってて!」


 先輩は防波堤を飛び降り、砂浜へ綺麗に着地。そのまま、目の前にある海の家へ駆けだしていった。

 一人取り残され、海辺の賑わいを耳にしながら、今日の出来事を思い返す。


 憧れの桐島先輩と連れだって歩く中、すれ違う男どもの羨望の視線を感じ、かなりの優越感に浸らせていただいた。

 そんな気持ちに浸りつつ、本当に先輩が好きなのかどうかという迷いも生まれていた。ブランド物や流行り物を手にするように、いい女という装飾やステータスが欲しいだけなんじゃないだろうか。

 難しい顔をしていた所へ優しい微笑みを向けられ、今はこの時間を存分に楽しもうと考えを切り替えたが、本当の気持ちを見失いかけている気もする。


「うおっ!」


 突然、背後から頬を目掛けて、ひんやりとした物が押し当てられた。


「びっくりした? どっちがいい?」


 そこには、両手にアイス・キャンディを持って微笑む先輩の姿が。


「じゃあ、こっちをいただきます」


 水色のソーダ味へ手を伸ばす。先輩の指に触れ、思わず心臓が高鳴った。


 袋を破り一口かじる。程良い甘みと冷たさが広がり、夏の到来を感じる。


「私、この街が好きなんだ。みんなは何もない田舎だってバカにするけど、捨てたもんじゃないと思うんだよね」


「俺も好きっスよ。のんびりしてて。都会みたいな人混みって苦手なんスよ」


「分かる、分かる。それにね、星空がすごく近くに見えるのがいいんだ。手が届きそうなくらい……それを見ていると贅沢な気持ちになるんだ。丸くて大きな月とか、ホントに綺麗……見上げる空に浮かぶ月はただ一つ。織り姫と彦星が想いを寄せるように、遠く離れる恋人たちも同じ月を見上げて互いを想うの」


「先輩。熱く語るのはいいんスけど、アイス溶けてきてますよ」


「うわっ!」


 指先を濡らす感触に今気付いたらしく、慌ててレースのハンカチを取り出した。


 オレンジのキャンディへ可憐な唇を押し当てる。そこから覗いた舌を這わせ、下から上へと何度も舐め上げてゆく。

 なんだか変な想像をしてしまい、見ているこっちが恥ずかしくなってきた。でも、その仕草から目を離せない。

 先端から豪快にかじり付き、本当においしそうに食べる。アイスは瞬く間に先輩の口の中へ消えていった。

 満足そうに微笑み、ハンカチをしまう。


「おしいかったぁ……ねぇ、神崎かんざき君。今日、君を誘ったのは、この話をするため」


 右手につまんだアイスの棒を揺する。


「アイスが何か?」


「違う、違う。君が色々背負い込んでいるように見えるからさ。私から上手な生き方をアドバイスしてあげようと思って」


「上手な生き方?」


「そう。あのね、私たちは常に選択を迫られて、どれか一つを、どこか一つを選んでる。さっきもそう。ソフトクリームにするかアイスキャンディにするか……」


 真面目な顔で、なんとも幸せな選択だ。


「私は苦悩の末にアイスキャンディを選んだ。そして更に選択。ソーダ味なのか、オレンジなのか。いや、この新フレーバーの冷やし中華味も捨てがたい!」


「いや、いや。いくらなんでも、冷やし中華味はないんじゃないっスか!?」


 そのツッコミにクスリと肩をすくめる。


 ダメだ。やっぱり可愛過ぎる。


「その選択が正しかったかどうかなんて後になってみなくちゃ分からないんだし、答えは一つじゃない。可能性の分だけ答えがあって、望んだもの、想った所と違う場所に辿り着くかもしれない。でも、その瞬間には自分で最善だと思う選択をしてるはず。それで十分なんじゃない? 難しく考える必要なんて何もないわ」


「そんなもんスかね?」


「そんなもんっスよ。もっと肩の力を抜いて楽に行こうよ。リーダーってことに責任を感じる必要なんてないんだしさ」


 先輩が側にいてくれたら、それもできそうな気がする。


「大丈夫。美奈も助けられるよ。私の大事な妹分だもん。全力で頑張るからね!」


「じゃあ俺は、先輩のことをきっちり守って、朝霧あさぎりも助けますよ。それが今のベストな選択ってことで」


「うふふふ……あの時の、うな垂れた君とはまるで別人だね。頼もしいよ」


「あの時もこの海岸でしたね。恥ずかしい過去なんで、もう忘れてくださいよ」


「あの時、君は逃げずに戦う道を選んだ。それが君の選択。そして今がある」


「ええ。もう逃げないって決めたんスよ。自分の力を信じて前に進むしかないって。先輩、言いましたよね。俺が自信を取り戻した時に、運命の歯車は回り始めるって」


「そうだったね」


 まぶしそうに空を見上げる先輩。

 そんな彼女を目にして、これまでにないほどの暑い夏の訪れを予感していた。

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