07 再編成。地上に女神が舞い降りた
夕方、アジトへ顔を出した俺は、更衣室で制服に着替えた。
今夜、あの悪霊と決着を付ける。その決意を胸に会議室のドアを開けた。
上座には、ボスことラナークさんの姿。その脇にはセレナさん。そして、車イス姿の久城が並んでいる。その久城の向かい側、部屋の中央辺りの壁にもたれながら立っているオタク。入口の側には、なぜかカミラさんの姿もある。
別の事件を担当していたオタクだが、こんな非常事態となれば話は別だ。呼び出してもらい、朝霧の救出協力を頼んだ。
ウィンクを飛ばしてくるカミラさんへの返しにとまどいながら、オタクの前を通り過ぎ、久城の正面の席へ腰掛けた。
「では、揃ったところで始めるとしよう。セレナ君。報告を頼む」
ボスの一言に気持ちが引き締まる。
「事件の発端は、ある館の調査を依頼されたことによるものです」
セレナさんの言葉と共に、その背後に置かれた黒板ほどのディスプレイへ、昨日見た欧風邸宅の外観が映し出された。
「建物の所有者は、戸埜浦純一郎。夫人とお孫さんとの三人暮らしでした」
戸埜浦という名前に心臓がドクリと高鳴った。まさか、ついさっきまで話題にしていた人物の住まいだったなんて。
「五年前、金品目的の強盗に押し入られ、戸埜浦夫妻は殺害。使用人も犠牲になったそうです。ただ一人、八才の孫娘、亜里沙ちゃんだけが行方不明」
「行方不明?」
俺の言葉に黙って頷くセレナさん。
「依頼は、純一郎氏の弟さんからです。亜里沙ちゃんの生存を信じ、館を残していましたが、維持が困難になったと」
放置され埃を被った家財道具も納得がいく。まさか八才の少女とは、朝霧に憑依している悪霊じゃないだろうか。
「館の解体を試みたところ怪現象が発生。途方に暮れ、当店へ依頼。しかし、館の探索中、悪霊がミナへ憑依し、神津刑務所へ移動。タクシー運転手が襲われましたが、どうにか一命を取り留めました」
「運転手、助かったんスか!?」
微笑み返してくるセレナさんの顔に胸を撫で下ろした。あやうく、朝霧を犯罪者にしてしまうところだった。
「刑務所の入口付近で、使用済みの結界板が見つかっています。何か明確な目的があったものと思われます」
結界板。半分に折ると特殊なガスが発生し、付近から一般人を遠ざけ、防音効果を生み出す板ガムサイズの道具だ。有効範囲が周囲数百メートルのため、現場で直接使うしかないのが欠点だが。
「セレナさん。鬼島って男が、刑務所から逃げ出したんスよ。多分、ミナはそいつと接触してるはず……」
「リーダー。それ、どういうこと?」
眉根を寄せ、唇を尖らせる久城。
「目的は分からねぇけど、逃げた鬼島は戸埜浦一家を襲った犯人。デス・ゲームなんて言ってるくらいだ。何をやらかしてもおかしくねぇ」
「カズ君。どこから、その情報を?」
「まぁ、色々とツテがあるんで」
驚くセレナさんへの照れ隠しに、後頭部を掻きむしる。
「ご覧の通り、サヤカは呪印による衰弱で戦闘不能。ミナ救出のため、チームの再編成を考えています」
「再編成?」
久城を見ると、彼女も首を傾げている。いぶかしく思いながら視線を向けると、いたずらめいた笑みのセレナさんが。
「カズ君に、最高の助っ人を用意したわ。どうぞ、入って」
その声と共に、扉がわずかに開く。
「失礼しま〜す」
様子を伺うように隙間から小顔が覗いた。その姿に思わず硬直してしまう。
これは夢か。ついにあの人が目の前に現れた。実物だよ。実物。そこいらのアイドルなんて比べものにもならない。我が心のマドンナ。いや、我らが光栄高校男子の憧れ。いや、女神降臨。
彼女が入ってきただけで、室内の華やかさが何百倍にも増幅される。全身からみなぎる可憐なオーラは半端じゃない。
「レイちゃん。わざわざ呼び出してごめんなさい。カズ君の隣へ座って」
「へっ!?」
隣に座る、だと。心の準備が。急にそんな振りをされると、動揺するだろうが。
スラリとしたその姿が一歩進むごとに、まるで花びらが振りまかれているようだ。
隣に立たれただけで異常に緊張する。心臓が早鐘を打ち、変な汗が滲んでくる。
「よろしくね」
「はひっ!? よろしくお願いします!」
声が上ずり、顔が熱くなる。その姿をまともに見られないが、啓吾に貰った写真を毎日のように眺めているだけあって、彼女の顔はハッキリと思い浮かぶ。
大きくクリッとした、子猫のように可愛らしい目と、その印象を倍増させる長いまつげ。すっと通った小高い鼻筋と、リップで輝いた蕾のような桜色の唇。
「リーダー。顔が真っ赤……」
久城の声がやけに大きく響いた。お願いですから、そこに触れないでください。
「十九代目のメンバーに了承を得て、ミナ救出までの間、協力を頼みました」
「うむ。妥当な選択だろうな」
ボスはセレナさんの言葉に頷き、目の前に置かれていた牛乳を口へ運ぶ。
「こちらからも支援させてください」
入口の側に座っていたカミラさんが不意に声を上げる。組み合わされた足はこちらへ向けられており、その奥に潜む三角地帯へつい視線が向いてしまう。
「私の直属の部下、霊能戦士三名をこちらへ常駐させる許可をいただけますか?」
「願ってもないことだ。こちらからもよろしく頼む……それからセレナ導師。ミナ君の状態について。彼女の攻撃を受けると、直接に傷を負うそうだが?」
「はい。過去に同様のケースがないので確証はありませんが、恐らく悪霊に憑依されたことが原因で、実体への攻撃が可能になったのではないかと」
ボスは俺たちをぐるりと見回した。
「ミナ君と接触する際は慎重に。サヤカ君も戦えないとなると、治癒の能力を持つ者もいないわけだからな」
「それなら問題ありませんよ」
隣で桐島先輩の声が上がる。腰を浮かせると、久城へ手を伸ばした。
「サヤカ。手を出して」
「そっか。レイカ先輩の能力があったね」
どんな能力なのか分からないが、目の前で握手を交わしている。
「ジェミニ・リンク!」
二人の体を青白く輝く淡い光が包む。久城を包んでいた光が右手へ集まり、それは先輩の体へ流れ込んだ。
「何が起こったんスか?」
「サヤカの能力をコピーしたの。私の能力の一つ。誰か一人を選んで、相手の能力を取り込むことができるのよ」
なんだか、とんでもない能力だ。
「ってことは、自分のオリジナルと合わせて五つの技を使えるってことっスか?」
「そういうこと。これでサヤカの持つ治癒能力も使えるわ。本当はミナの能力が手に入るとベストなんだけど。あの能力が敵になると思うと厄介よね」
「やっぱり、そう思いますか?」
銃での遠距離攻撃に加え、弾丸の効果を変化させる力。更には、360度をカバーする衝撃波。攻略は頭の痛い問題だ。
「サヤカ。あなたの分も頑張るからね」
「お願いします。リーダーもすぐ無茶するんで、目を離さないでくださいね」
「俺は、近所のやんちゃ坊主か!?」
先輩が吹き出した。やった、ウケてる。そんな事がたまらなく嬉しい。
「二つ、確認しておきたいことがある」
後方で黙っていたオタクの声が上がる。
「一つは、ミナに懸賞金がかかるのか。二つ目は、今どこにいるかということだ」
何を言うのかと思えば、こんな時でも金の話とは。こいつの思考回路を疑う。がめつい正義のヒーローなんて最悪だ。
だが、朝霧の行方は俺も知りたい。通信機を持たない以上、居場所を探す術がない。すがるような思いでボスを見た。
「懸賞金か。ミナ君が憑依されている以上、それを退治すれば支給しよう。敵のランクについては現在、検討中だ」
敵には懸賞金が設定され、事件への貢献度を元にメンバーへ分配される。当然、敵が強くなるほど金額も上昇。それを計る目安として悪霊の能力を参照するわけだが、衝撃波が攻撃の主体となる。それ以外の力を持つと、レベルⅡと呼ばれる存在へ格上げされるのだ。
「居場所については、館のはずだ。憑依している悪霊は地縛霊だろう。館に強い未練を持ち、そこを離れる可能性は限りなく低い。カズヤ、セイギ、レイカの三人はくれぐれも慎重にな。カズヤ君の言う通り、何が起こるか分からない」
ボスの言葉でミーティングは終了し、再び館へ乗り込むことになった。




