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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.02

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05 エロいです。あなた一体、誰ですか


 辺りは完全な暗闇に覆われ、何も見えない。ここはどこだろうか。


 記憶はわずかに巻き戻り、一つの映像を呼び起こす。こめかみに突きつけられた銃口。身震いするほどに不快な三重奏。

 あいつに打たれて死んだのか。なんて呆気ない最後だったんだろう。


 その時、突然視界に何かが飛び込んだ。こちらへ伸ばされた何者かの手。

 俺の手より一回り小さく、細く白い指先が何かを掴もうとするようにもがく。


「助けて!」


 それは間違いなく朝霧あさぎりのもの。助けを求めるそれへ、慌てて手を伸ばす。


「ミナっ!」


 叫びと共に伸ばした指先が何かを掴んだ。水風船を握ったような、柔らかくそれでいて程良い弾力。


 謎の感触に、二度、三度と指先を動かしてみる。何かおかしい。思っていた感触と違うばかりか、指先へ触れる弾力とは別に、手のひらへ謎の突起物が当たる。


「あんっ! もぅ。いきなり襲いかかるなんて大胆ね……嫌いじゃないけど……」


 鼻にかかったような愉悦ゆえつに満ちた女性の声。意識は完全に覚醒していた。

 目を開けると、見知らぬ美女が顔を覗き込んでいるんだが。


「お目覚めかしら。気分はどう? そろそろ胸から手をどけて欲しいんだけど……それとも、続きがしたいの?」


 挑発するような笑みを浮かべ、赤紫のルージュが引かれた唇を舐める。


「ぐはっ! すみませんっ!」


 左手が、吸い付くように彼女の胸を掴み続けていた。慌てて払いのけるが、どうリアクションしていいか分からない。


「うふふっ。可愛いボウヤ。顔も悪くないし、この調子だと、あの子はきっと夢中ね。なんだか惜しくなっちゃった……」


 誘い込まれるような妖艶ようえんな魅力を残し、彼女はベッドから離れてゆく。


 肩まで伸びるソバージュのかかった紺色の髪。切れ長の目元と高い鼻。ぽってりとしたやわらかそうな唇。全てのパーツがエロく、女の魅力が溢れ出している。

 身長は俺と同じくらいか。身に纏うのはセレナさんに似た、袖のない膝までの長衣ちょうい。チャイナ・ドレスに似たその服は光沢のある赤色。胸元に向かって深いV字の切れ込みが入り、胸の部分へ見たこともない模様が刺繍されている。


 残念ながら、悪友の啓吾けいごが持つ最新型とは違い、俺の旧型神眼きゅうがたしんがんでは胸囲を計り知ることはできない。でも、さっきの感触からするとそれなりにある。


 大きくスリットの入った足下は、黒の網タイツに真っ赤なハイヒール。

 どうやらアジトのメディカル・ルームのようだが、なんなんですか、この人は。


「あの……オーレンさんは?」


 いつもの医師。口と顎へ蓄えたヒゲと、人なつこい笑みが特徴的な、優しい町医者的存在を目で捜した。


「なに? 私じゃ不満? あれだけ人の体をもてあそんで。ひどいわ!」


 両手で顔を覆い俯くその姿。なんか、めんどくせぇ。それに、この人に合わせていられるようなテンションじゃない。

 なぜか睨むように俺を見ている。


「なによ、その顔は? 疲れた顔をしてるから、リラックスさせてあげようっていうこの優しさ? 分かんないかなぁ……」


 髪を掻き上げ、盛大な溜め息を漏らす。


「まぁいいわ。私はカミラ。霊術れいじゅつ導師どうし。つまり、セレナと同じランクよ。今日から地上へ研修に来たの。しばらく厄介になるからよろしくね。ボウヤ」


「補の霊術。五系統の一つっスよね。確か、医療と教育関係がメインの……」


「あら。活動一ヶ月の新人ルーキーの割には詳しいのね」


 セレナさんからざっと聞いている情報だ。攻霊術こうれいじゅつ守霊術しゅれいじゅつ補霊術ほれいじゅつ空霊術くうれいじゅつ造霊術ぞうれいじゅつと呼ばれる五系統。霊界でもそれぞれに役割があり、ボスやセレナさんを筆頭とする造霊術は、製造業や建築関係に精通している。俺の填めている霊撃輪れいげきりんも、造霊術に精通しているからこそ発明できたんだとか。


 カミラさんは入口の扉へ視線を向けた。


「セレナを呼んで来るわね」


 彼女が歩く度、その引き締まったヒップが左へ右へと押し上がる。

 エロ尻から視線を逸らした時、自分自身の違和感に気がついた。

 体から一切の痛みが消えている。それどころか、あれだけの銃撃を受けたにも関わらず、傷口も全て塞がっているとは。


「どうなってんだ?」


「カズ君、気がついたの!?」


 車イスに腰掛ける久城くじょうを押しながら、セレナさんが入ってきた。


「無茶ばっかりするんだから」


 頬を包み込むように押さえられ、瞳には涙まで。その様子に、とてつもない罪悪感を感じてしまった。


「すみませんでした……」


「あたしからも一言、言わせてください」


 セレナさんを押しのけ、久城が睨むように見ている。きっと、朝霧を助けられなかったことを怒っているんだろう。


「久城、ごめん。約束、守れなかった……」


「そんなことはいいんだよ!」


 俺の言葉をかき消すほどの大きな声。


「もっと自分を大事にして! 死んでも助けてなんて誰も頼んでないから! 一人で傷だらけになって……通信を車の中で聞いてて、不安で、怖くて……」


「ごめん。心配かけて悪い……でも、どうしても負けられない戦いだったんだ」


 顔を伏せて泣き出す久城を見ながら、俺自身、今更ながら恐怖が湧いてきた。確かにギリギリの戦いだった。

 でも、ここで改めて疑問が浮かんだ。


「セレナさん。俺の傷は誰が? それに、呪印じゅいんを刻まれた久城は、どうして意識を失わずにいるんスか?」


「カズ君の傷を治したのは、ミナちゃん。というか悪霊ね。最後に悪霊が放った、ホワイト・シュート。あれは、属性変化ぞくせいへんかによる治癒効果を持った弾丸なの」


「あいつが俺の傷を?」


「悪霊はデス・ゲームと言っていたそうね。恐らく、カズ君をここでリタイアさせるわけにいかなかったんでしょうね」


「ふざけやがって……」


 完全に敵の手のひらで踊らされている。


「サヤちゃんが無事なのは、霊力が高いお陰なの。具現者リアリゼーターともなると、呪印に対して多少の耐性があることが分かっているわ。それでも、死に至る呪いであることに代わりないけれど」


 セレナさんは不安げに久城を見ている。


「ミナもサヤカも俺が絶対に助けます!」


 こいつらは絶対に守ってみせる。決意を新たにすると、溜め息が聞こえた。


「カズ君。気負いすぎない。まだ二十一時だし、今日はカルトに車で送らせるから、帰ってリフレッシュすること。いい?」


「分かりました」


「セレナ。あのことは言わないの?」


 後ろで黙ってやり取りを見ていたエロ姉さんが不意に声を上げた。


「あんたが言いづらいなら私が言ってあげるわ。ボウヤ、良く聞きなさいね」


 カミラさんは、ベットに身を起こす俺の正面へ立った。


「実は、ボウヤの首筋にも、悪霊に仕掛けられた呪印が見つかったの」


「は?」


「さっきの戦闘といい、なぜボウヤの体に影響がないのかは不明。セレナから聞いた謎の力といい、特別な理由があるのかも……知りたい。実に興味深いわぁ」


 珍獣でも見るような好奇心満載の瞳。捕まったら解剖されそうだ。


 恐る恐る首筋にふれると、ミミズ腫れのようにバツの字が刻まれている。相手の生命力を奪うというこの呪い。シャドウの気配がなくなったのは、これが原因なんじゃないだろうか。

 死刑宣告を受けたようで、恐怖が全身を蝕む。期限内に呪印を解除できなければ、俺も久城もあの世行きだ。


「今はこんな状態だし、カズ君さえ平気なら引き続き悪霊を追って欲しいの。やってもらえる?」


「セレナさん。愚問っスよ。やるしかないじゃないっスか。俺だって死にたくなんてありませんから」


 シャドウが身代わりになってくれたということだろう。こうなったら、自力で何とかするしかない。


 帰り支度のために起き上がると、枕元にはご丁寧に着替え用の制服が用意されていた。確かに今着ているものは血にまみれて使い物にならない。

 俺たちが私服で活動をしない一番の理由がこれだ。アジトには光栄高校の制服が常備され、汚れや破損があってもすぐに対応できるようになっている。


 安静が必要だという久城を残し、俺は一時帰宅した。だが、この時の俺は知りもしなかった。この間にも、崩壊へのカウントダウンは着実に進んでいたことに。

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