04 良くやるな。負ければ廃人、終わりだぞ
模擬戦を終えて訓練室を出た所で、久城と鉢合わせた。俺が訓練をしている間にメディカル・ルームへ顔を出し、昨晩襲われた女生徒の様子を見て来たのだという。
そんな気配りまで出来るとは。陽気で笑顔を絶やさないところも好印象だが、俺が会話に詰まる度に新たな話を出してくれたりと、潤滑油のような働きをしてくれる頼もしさ。久城が間に入ってくれなければ、朝霧との会話なんて十分も持たないかもしれない。
「それにしても二人とも、よくセレナさんの話を信じる気になったな……」
登校時間を気にしながら、夢来屋の地下施設を並び歩いて出口へ向かう。
「え? 霊界から来たっていう話?」
久城の頭の動きに合わせて揺れるポニーテール。見慣れてくるとなんだか可愛らしい。
「それもあるし、三十年前には悪魔って怪物の軍団が攻めて来たって言うだろ……それを追ってきた霊界の戦士たちと戦いがあったとかって……霊魔大戦、って言ったか」
「うん。聞いたよ。その戦いで、悪魔側の大将はソフトボールくらいの宝玉に封印されちゃったんでしょ。名前、なんだっけ?」
「ジュラマ・ガザードよ」
顎へ指を添える久城を見やり、呆れたような顔でフォローしたのは朝霧だ。
悪魔というのがどんな奴等かは分からないが、かなり危険な化け物らしい。
激しい戦いの末、ジュラマ・ガザードと呼ばれる悪魔の王を宝玉へ封印し、地中へ埋めたそうだが、肉体を封じ込めただけで精神を滅ぼすことまでは出来なかった。
悪魔の王は地中から邪悪な気を放出し、それに引き寄せられた悪霊が、市内に多発する怪奇現象を引き起こしているのだとか。
しかも、悪魔の王を封印した宝玉が地中へ埋められた理由は、宝玉に触れた者は精神を犯され、悪霊になってしまったから。
霊界が下した決断は、悪魔の王を刺激するより、悪霊たちの駆除を進める方がリスクが少ないというものだった。
次々と集まる悪霊を退治するという終わりの見えない戦いが始まり、ラナークさんが地上に赴き、指揮を執ることを命じられたとか。
「そもそも、宝玉を埋めた霊界の責任だよな。俺たちが具現者なんてやらなくても、霊界の戦士たちが代わりに戦え、って話だよな?」
すると久城は困った顔をして。
「仕方ないんじゃない? 地上の空気が合わなくて、すぐに疲れて動けなくなっちゃうんでしょ? あたしたちが頑張らないと」
戦士たちの問題点を抱えたラナークさんは、悪霊を駆除する集団を結成しようと考えた。そして勝手に選ばれてしまったのが、近くにあった建物、光栄高校だ。
若さ溢れ前途有望な若者の中から、霊感の強い者を集めて力を与えた。彼らは具現者と名付けられ、その活動は今も続いている。
そして今回、引退が迫る十九代目を継ぐ、二十代目の人員を探していたというわけだ。
「でも、良く引き受けたよな? 負ければ廃人っていう、死と隣り合わせの戦いだぜ」
隣の久城と、その奥を歩く朝霧へ奇異の目を向けてしまう。女子高生が軽々と引き受けるようなことじゃないと思うんだが。
「やっぱりそう思うよね? あたしは断ろうと思ったんだよ。でも、美奈ちゃんは極、乗り気っていうか、やる気満々だったから。一人にしておけないと思って……」
引きつった笑みを浮かべていた久城だが、その顔が不意に明るくなって。
「でも、今は違うよ。誰かを助けて笑顔を守るって、極、良いことだなぁって!」
彼女なりにやり甲斐を感じているらしい。それを聞いて安心した直後、俺を睨むように見ている朝霧の鋭い視線に気付いてしまった。
「私はそんなに甘くないわ。これは、特別な存在である私にしか出来ない、特別なことなの。誰にも負けるつもりはないわ!」
そうして、前だけを見て歩みを続ける。何が彼女を突き動かしているのかは分からないが、並並ならぬ決意がはっきりと伝わる。
「二十代目を探していたセレナさんに出会えたのは、本当に幸運だったわ……」
セレナさんは、一定以上の霊力を持たない者から姿を隠すという結界で体を覆い、光栄高校の校舎内を練り歩いていたのだという。
でもそれは、俺にとっても幸運だったんだ。この二人が具現者の力を持たなければ、俺も力を手にすることは出来なかったはず。
話している間に、出口の側まで辿り着いていた。天井から人工の光が降り注ぐその場所は、一流ホテルのロビーを思わせた。
無機質なフロアの中心部には、まるでオアシスのように色とりどりの花が咲き乱れている。花の蜜だろうか。仄かに甘い香りすら漂わせ、視覚と嗅覚を楽しませてくれる。
花畑の中心には女性の石像が建ち、肩に担いだ瓶から水が溢れている。噴水だ。そして、それを取り囲むように周囲にはベンチまで。
光だけでなく、空調も完璧。地下だというのに綺麗な空気が流れ、快適な気温に保たれているのだという。
噴水の先には、出口へ続く巨大なエスカレーターが伸びている。
「ここから出たら、私たちは単なる生徒。外部での接触は極力避けること。いいわね?」
「分かった。別に構わねぇよ」
朝霧の険しい視線と物言いは何なんだろうか。怒られているような不快な気持ちになる。
「具現者の存在は、第三者へ絶対に知られないように気を付けなさい。いくら、ボスに記憶操作の力があるとはいえ、余計な面倒を掛けないようにね。分かった?」
「大丈夫だって」
悪魔や悪霊の存在が知れたら、人々はパニックを起こすかもしれない。それくらいは俺にでも容易に想像できることだ。
「ほら、美奈ちゃん! そんなにプリプリしてばっかりじゃ、美人が台無しだってば!」
久城に背中を叩かれ、朝霧の顔にもようやく笑顔が戻った。こうして普通にしていれば文句なしの美人なのに。本当に勿体ない。
「神崎君。放課後に集合だからね。もう一人のメンバーも来るから、顔合わせしようね」
久城に頷き返し、出口へ急いだ。
☆☆☆
「オッス、カズ! 調子どう?」
教室に入って席へつくなり、いつものように小柄なメガネ男がやってくる。小早川啓吾。俺が心の内で親友と認める一人だ。
「朝からムダにテンション高いな……」
「朝だからこそ、上げていくんじゃない」
両手を使い、見えない何かを持ち上げるような仕草を見せ付けてくる。
「暑苦しい。もう少しでイヤでも暑くなるんだから、今だけはそっとしておいてくれ……」
一年の時からの付き合いだが、流行りモノ好き、好奇心旺盛のこいつは、活動的であると同時にムダに元気で困る。
「夏と言えば海! 海と言えば水着美女! たまんない。ハーレムに行きたいよねぇ……」
「やっぱり、最後は女か……」
「いいだろ? 男のロマンさ」
そんな啓吾へ並ぶ長身の影。180センチを越えるスポーツマン、凪賀井悠。170センチの俺にはその差が羨ましくて堪らない。
「二人とも、朝から随分と賑やかだね」
「まいったよ。こいつ、妄想大王だわ」
「また、エロトーク?」
小麦色の顔から白い歯が覗く。その爽やかさに引き込まれ現実を取り戻した。
「よし、この話は終わりだな。ハーレム希望の妄想大王には付き合いきれねぇ」
「ふん。例えこの世界を手に入れたとしても、カズにはその半分なんて絶対にあげない。まして、光栄高校の最新情報も教えない」
「待て! 最新情報って何だ!?」
席を立ち、思わず身を乗り出した。
啓吾は持ち前のバイタリティを生かし、新聞部に所属している。毎月一回、校内に掲示される光栄新聞は、こいつが担当してからすこぶる評判がいい。そんな経緯から、こいつにはタレ込み情報が舞い込むこともしばしば。
「俺が悪かったよ、啓吾様ぁ!」
すがるようにしがみつくと、それを待っていたようにメガネの奥の瞳が輝いた。
「あぁ、もぅっ! 分かったよ」
面倒そうに装いながらも啓吾はおしゃべりだ。情報を話さずにはいられないだろう。
「聞いてよ。今年の文化祭に向けて、昨年の学年別ミス光栄にインタビューする企画が新聞部に持ち上がってるんだ」
「それってつまり、三年は桐島先輩だろ。二年は……朝霧!?」
「その通り。美女揃いの凄い企画だろ?」
「桐島先輩はいいとして、朝霧はどうなんだ? 男を寄せ付けないツンツン女だぜ」
さっきまでのあいつの姿が頭を過ぎる。
美少女という特権に加え、大手宝石会社ジュエリー・アサギリ社長の娘。金持ちのクセに、なぜかこんな田舎の公立高校に通っている謎の多い女だ。しかも極めつけは具現者という事実。何か深い事情でもあるんだろうか。
「朝霧さんは話題性抜群。あの通りだし、彼女を知りたいと思ってる男子は多いでしょ」
「で、最新情報ってそれだけ?」
悠は物足りなそうな顔だ。
「凄いでしょ!? 夢のコラボレーション企画だよ!? 二人にも生写真あげるから」
「興味なし。あの手の美人って苦手だから……普通の女の子の方がいいっしょ」
「イケメンのサッカー少年には不要か。啓吾様! 桐島先輩の写真だけは確実に頼む!」
するとその時、俺を現実へ引き戻そうとするように始業のチャイムが鳴り響いた。