02 落ち着けよ。困った時には通信機
「どうしようリーダー! ミナちゃんが!!」
「待て! ちょっと落ち着け!」
今にも泣き出しそうな顔で狼狽する久城へ告げたが、それは自身へ向けたもの。
冷静になれ。焦りは思考を狂わせる。
右手首の通信機を口元へ運ぶ。まずはアジトと連絡をとるのが先決だ。しかし、スイッチを押しても反応がない。放送終了後の砂嵐のようにノイズが漏れるのみ。
「故障か?」
「あたしのも繋がらないよ!」
待て。前にもこんなことがあった。悪魔に引き込まれた魔空間。あそこでも、同様の通信障害が起こったはずだ。
玄関ホールを抜け、屋外へ出た。スイッチを押すと男性オペレーターの声が。
「ミナが屋敷の奥へ引きずり込まれた。至急、SOULとMINDを調べてください!」
『数値は正常。どちらも100です』
身体的に問題はないようだ。だったら、あとは探し出して助けるのみ。
「通信機に測位機能がありますよね? ミナの現在位置、分かりますか?」
『すみません。建物内のデータがないので詳細までは……』
苛立ちに思わず舌打ちがもれる。
「セレナさんに変わってくれ。早く!」
『私よ。状況は把握しているわ』
間髪入れず通信者が切り替わる。
「霊眼で近くから見てるんスよね? 屋敷の中に飛ばして探しながら、建物内のデータも取ってください」
すかさず上空へ視線を向ける。どこかに小型カメラを付けた、ピンポン玉サイズの飛行物体がいるはずだ。
『任せて。ミナは恐らく建物の二階。中へ入ってしまえば通信は不可能になると思うけれど、くれぐれも気をつけなさい』
「了解」
通信を終え、再び屋敷のホールを睨み付ける。相手は並の悪霊とは違う。
「極、カッコイイ。今のリーダーなら、抱かれてもいいよ」
「そういう冗談は後にしてくれ……」
ぼやきながら、心の中へ呼びかける。
(シャドウ、聞こえるか?)
(おう。聞こえてるぜ)
この一ヶ月の間で、俺たちは思念による会話が可能になっていた。しかも厄介なことに、俺の感情はシャドウにも筒抜けになっているらしい。心の中を覗かれているこの状態はたまったもんじゃない。
(おまえの力が必要になるかもしれねぇ。いつでも出られるように準備してくれ)
(任せろ。ただし、そこにいるお嬢ちゃんがいない時にしろよ)
(分かってるって)
存在を知られてはいけないという約束は相変わらずだ。俺がアジトへ顔を出す際には、万が一、探索機能にでも引っかかると厄介だと言い張り、意識を遮断して眠りにつくほどの徹底ぶりだ。
思念を打ち切り、短い息を吐き出す。
「よし。サヤカ、行こう」
ホールへ戻り、二階への階段を見た。
「念のために武器を用意しておけよ」
体にみなぎる霊力へ意識を集中する。体に流れる血液のように霊力の取り巻きを感じる。その力は撫でられるような感覚と共に背筋を這い上がり、右肩を通じて右肘へ。そのまま、指先に填った指輪、霊撃輪へ注がれる。
「ゴースト・イレイザー!」
指輪に填まった三つの宝石。ライブ・ジュエルと呼ばれるそれに組み込まれた専用の設計図。霊力を含んで軟化したそれは、高速分裂を行う。呼び声と設計図に則って近接攻撃用の剣が具現化する。
銀色に輝く刀身。鍔の部分には、中央に赤く輝く菱形の宝石と、そこから左右に伸びる、翼をイメージしたデザイン。柄には滑り止めの丈夫な黒皮が巻かれ、柄頭に球形の青い宝石が取り付けられている。
「神王の鉄槌!」
久城の手には、身長を超える銀色の巨大十字架が。両腕を広げた女神が正面に彫り込まれている。
曲線を描く階段を昇り、二階へ進んで行く。幅広のゆったりとした階段は、おとぎ話の城にでも出てきそうだ。視線の端には、一階を照らし出していたであろう豪華なシャンデリアまで見える。
二階の廊下へ辿り着くと、そこには結婚式場のような両開きの大きな扉が。
緊張で喉が乾く。この先に朝霧がいるとしたら、そこには悪霊もいるはず。朝霧を攫ったあの力。一筋縄でいくような相手じゃない。
「いいか。開けるぞ?」
緊張の面持ちで頷く久城を確認し、剣を正眼に構えた。そのまま、扉を思い切り蹴りつける。
玄関と同じように盛大な埃をまき散らし、人一人が通れるほどの隙間が生まれた。
左右へ派手に開くか、扉が音を立てて倒れるような光景をイメージしていたんだが、それはご愛敬というヤツだ。
(ダサっ)
シャドウの声は完全に無視する。
リビングだろうか。とはいっても並の広さじゃない。優に三十帖は超えようかという広さ。パーティ・ルームといっても過言じゃないだろう。
手前と奥で二部屋に軽く区切られ、手前の部屋にはコの字型をした大きな革張りソファとガラステーブル。サイドボードの上には大型テレビ。奥の部屋は一段高くなり、テーブルの先にはグランドピアノが置かれている。
庭に面した壁面はほぼ一面がガラス張り。照明がなくても十分な明るさだ。
家財道具もそのままに放置された館。詳しい経緯を聞いていないが、ここで一体なにがあったんだろうか。
「あれ、何だろ?」
久城はサイドボードへ近付き、そこに置かれた何かを手に取っている。
警戒を緩めずに室内を見回すと、奥の部屋にガラス扉を見つけた。どうやらテラスへ続いているらしいが、そこには夕日に佇むように庭を見つめる人影。
背中まで伸びる黒髪と光栄高校の制服。あれが朝霧でなければ一体誰だ。
「見つけた!」
見えない何者かと競い合うようにテラスへ急いだ。
バーベキューセットを二組置いても余りあるテラス。飛び出すと同時に裏庭の風景が広がり、生暖かい風が吹き付けてきた。
「ミナ。大丈夫か!?」
テラスの先端に立つ朝霧の肩へ手を置いた時だった。
「リーダー、ダメ!!」
久城の叫びと同時に、朝霧が振り向いた。そして右脇腹から背中にかけて、強烈な痛みが駆け抜ける。
「どうして?」
目の前の全てが信じられなかった。
その手にあるのは、ヨーロッパのアイアン・アンティークで見るような、曲線を描く装飾が施された銀色の装飾銃。
朝霧を見つけることに必死で、まったく状況が見えていなかった。その体を取り巻く、禍々しい悪意に満ちた霊力さえも。
あまりの激痛に耐えきれず、その場へ膝を突いてしまった。
この威力は尋常じゃない。恐らく、銃が持つ特殊攻撃の溜め打ちだ。俺を仕留めるために威力を高めていたのか。
あまりの激痛に視線を向けると、ワイシャツとズボンが真っ赤に染まっている。
おかしい。攻撃を受けても外傷はないはずだ。俺たちが扱うのは霊力を具現化した攻撃。体の内部、つまり魂に向かって攻撃をするようなものだと説明を受けたはずだし、実際その通りだった。これは一体、どういうことなんだ。
顔を上げると、久城の巨大十字架が朝霧へ向けて迫る様が見えた。
朝霧はそれを避け、再び体制を整える。
「天女の羽衣!」
久城は左手に具現化した白銀の布を、俺に押しつけてきた。
「早く巻いて!」
この布には、痛みの軽減と回復を早める効果がある。即座に従い、腹巻きをするように腹部へ巻き付けた。
久城が巨大十字架をキャッチすると同時に、朝霧は攻撃の体制に入っている。
「ローズ・スプレッド!!」
地面から立ち上った青白い光が彼女の体を包む。バラのつぼみの形へ変化した光は、二メートルの高さへ伸び上がった。
直後、花が開くように、つぼみ型の光は360度へ展開。強烈な衝撃波となって周囲へほとばしった。
「がっ!」
霊力壁を展開する余裕もないまま、久城と共に吹っ飛ばされ、テラスの手すりへ背中を思い切り打ち付けた。
その場へ横倒れになると、朝霧の近付く足音だけが不気味に響いた。
「さぁ。デス・ゲームの始まりだよ」
朝霧に混じり、幼い少女と、低くくぐもった声の三重奏を聞きながら、意識は闇に飲み込まれていった。




