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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.01

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32 許せねぇ。こいつは絶対ぶっ潰す


「頭を吹き飛ばしたはずなのに……」


 朝霧あさぎり声色こわねが次第に恐怖を帯びていくのが分かる。敵の能力に圧倒されている。だが、それ以上に気がかりなのは。


「てめぇ、あの二人をどうした!?」


 目の前の悪魔に怒りが込み上げ、押さえようのない衝動が体を揺さぶる。


「ん? あぁ。食ったよ。魂の躍り食い。なかなかオツだよねぇ……」


 才蔵さいぞう異世いよ。事件の元凶として追っていた二人だが、霊界へ旅立とうとする姿に多少は許せる気持ちが芽生えていた。

 だがこいつは、その想いを容易く踏みにじるように彼等を食らった。再生へ向かおうとする二つの命をもてあそんだ。


 怒りが収まらない。剣が折れてしまうんじゃないかというほど、それを強く握りしめていた。体が熱くたぎり、心の奥底が引き裂かれそうに喚いている。


「クソ野郎! てめぇに命を弄ぶ権利なんてねぇんだよ! ぶっ潰してやる!」


 怒り以外の全ての感情が吹っ飛び、剣を構えて突進していた。全ての感覚が麻痺し、スローモーションのように展開してゆく。


 だが、振るった剣先が悪魔の腹部へ届くより早く、敵の蹴りをみぞおちへくらった。

 丸太で突かれたような衝撃と共に、体は地面を激しく転がっていた。

 口の中を酸っぱい液が満たし、激しい痛みに動くことができない。


「弱い。弱い。バッツァ君から話を聞いて、もう少しできると思ったんだけどねぇ。それともアレかな? マンガみたいに、仲間の危機で燃えるタイプなの?」


 真っ赤な蛇の瞳が、恐怖で立ちすくむ朝霧を捕らえていた。


「やめろ……そいつに手を出すな……」


 うまく声が出ない。体が動かない。


 蛇頭は瞬時に朝霧へ飛びかかり、左腕一本で彼女の細い体を持ち上げ、締めつける。

 苦痛に顔を歪めた朝霧は、声を上げることも出来ずに両足を激しく動かしている。


「小僧。ボクちんの牙が見えるかなぁ? 前歯には猛毒が仕込まれてるんだよねぇ。言いたいこと、分かる?」


 悪魔は空いた右腕で朝霧のブラウスの襟をつかんだ。それは容易く引き裂かれ、悲鳴を上げるようにボタンが弾け飛ぶ。   


 真っ白で華奢きゃしゃな肩と、下着に隠された豊かな胸元がさらされた。悪魔は彼女を丸呑みにでもするように、地獄への入口となるそれを大きく開いた。


「やめろおぉぉぉぉぉ!」


 無我夢中で伸ばした左手。しかしそれが朝霧へ届くにはあまりにも遠い。その距離は、俺と蛇頭との絶体的な力の差。


 その差をまざまざと見せつけるように、死神の鎌を思わせる湾曲した鋭い牙が、彼女の左肩へ深々と食い込んだ。


「あぐぅっ……」


 言葉を失い、人形のように虚空を見つめる朝霧。一滴の血も流れていないが、その体内には猛毒が注がれているはず。


 その体から牙がゆっくりと引き抜かれ、生気を失った顔は力なく胸元を向いた。


「はい。一丁上がりぃっと」


 信じられないことに、朝霧の体をゴミでも扱うように投げ捨てたのだ。

 人の命を何だと思ってやがるんだ。


 込み上げる怒りとは裏腹に、体は言うことを聞いてくれない。そんな俺をあざ笑うように悪魔は声を上げる。


「どう? 怒りで、パワーアップとかしないの? 俺はもう怒ったぞぉ、とかやってごらんよ。ゲヒヒヒヒ……」


 小馬鹿にしたように笑いながら、朝霧の腹部を踏みつける。


「持って三十分かなぁ? どうする? ボクちんを倒さないと解毒できないよ。その気になったら遊んであげようかなぁ。悪いけど準備に忙しいんだよねぇ」


 蛇頭は、アニキとグレイの体を引きずり、防空壕の入口へ向かって歩き出した。


 朝霧の通信機から音声が漏れる。


『カズヤ、聞こえる? もう少しで霊能戦士れいのうせんしが到着するから、無理はしないで』


 セレナさんのそんな言葉なんてどうでもいい。今は、自分の弱さが心底憎い。


 身近な人たちだけでも守りたい。そんな甘っちょろい理想論をほざいていた俺をぶん殴ってやりたい。

 弱い。俺はどうしようもなく弱い。


 才蔵、異世、そして朝霧までも、目の前で敵の手にかけられた。守るべき存在をことごとく奪われた。

 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。もう逃げるようなことはしない。


 握りしめた両拳にありったけの力を込め、遠ざかる悪魔の背中を睨んだ。


「どっか近くで見てんだろ? 俺の声が聞こえてんだろ? 俺の体を好きにして構わねぇ! あの蛇頭だけは絶対に許せねぇんだ! 頼む! 力を、力を貸してくれ……」


 必死に絞り出した声だけが、独り言となって空しく吹き流される。


 確かに、今更なにを都合のいい事を言っているんだ。あいつを突き放したのは俺自身。身勝手にもほどがある。


「へっ……ざまぁねぇな。カッコ悪いよな。でも、このまま負けっ放しってのは、もっとカッコ悪りぃんだよ! 土下座でも何でもするから戻ってきてくれ!!」


 この絶望的な状況を覆すには、あいつの力に頼るしかない。今の俺には、それ以上の方法なんて何も思いつかなくて。


 その沈黙はどれだけのものだったのか。俺にはとてつもなく長い時間に思えたんだ。そして、もうこれまでだと諦めかけたその時。


(ヒャッハツ! 随分といい面構えになったじゃねーか。少しは見直したぜ)


 地面に額を打ち付けていると、待ちこがれていた声が頭へ確かに響いたのだった。


「頼む。力を貸してくれ……」


(ヘッ! そこまで言うなら仕方ねぇ。共同戦線、成立ってことにしようぜ。その代わり、俺の頼みも聞いてもらうぜ。奴をどうしても見つけなきゃならねー)


「分かった。協力するよ……そういえば、まだ名前も聞いてなかったな……」


 不意にそんなことを思い出した。


(俺とおまえは一心同体。いわば光と闇。俺のことは、シャドウとでも呼んでくれ)


「明らかに偽名だな。まぁ、この際なんでもいいや。シャドウ、頼むぜ……」


 安心した途端、眠りにつくように意識が薄れてゆく感覚に襲われた。


(後は任せな。おまえにしちゃあ、上出来だったんじゃねーのか)


 その言葉を聞きながら、意識は闇へと落ちていった。


★★★


 防空壕を目指していたネイスは不意に足を止め、驚きに背後を振り返った。先程、相手にしていた少年を取り巻く霊力の質が、明らかに別物へと変わっていた。


「あれ、あれぇ? どうしたのかなぁ?」


 視線の先では、シャドウが痙攣けいれんするミナの側へしゃがみ、通信機の電源を落としたところだった。


 見るに耐えない痛々しい姿のミナ。顔は土気色に変色し、目は虚ろ。意識も朦朧もうろうとしているに違いなかった。


★★★


 その頃、アジトでは再びオペレーターの叫び声が上がっていた。


「セレナ導師どうし! カズヤのMINDマインド再び急上昇。限界突破リミット・ブレイク、発動しました!」


 セレナは別のオペレーターを見る。


霊眼れいがんの映像はどう?」


「またしても砂嵐です。映像が乱れて確認できません。ミナの通信も途絶え、音声も拾えません」


 セレナは悔しげに親指の爪をかじる。


「霊能戦士の到着までどのくらい?」


「後五分ほどです」


「表に車を回しておいて! すぐに出撃させるわ! ミナの状態は?」


SOULソウル50。危険な状態です」


 その報告を耳にして、サヤカの専属オペレーターへ視線を送る。


「サヤカに繋いで!」


「回線接続しました。どうぞ!」


「サヤカ。聞こえる?」


「状況はどうなっているんですか?」


 室内のスピーカーから、切迫した声が漏れてきた。


「こちらも状況がつかめなくなってしまったの。座標を送るから合流して。ミナが、悪魔の毒にやられて危険な状態なの」


「ミナちゃんが!? わかりました。セイギ君はここに残していくので保護をお願いします。それから……」


「なに? どうしたの?」


「リーダーの霊力、大きくなりましたよね? あの力、A-MIN(エー・マイン)なんですか? なんなんですか!?」


「こちらでも詳しいことは分かっていないわ。霊眼れいがんの映像が遮断されるほどの強力なエネルギーが放出されているようだけれど、正体不明の力よ」


「そうですか……急いで合流します!」


 通信が終わると、セレナは砂嵐に乱れる映像モニターをじっと見つめ続けた。


「みんな。必ず生きて戻ってきて……」


 祈ることしかできない自分に、ただただやるせなさを感じていた。

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