30 蛇頭。てめぇは俺が討ち果たす!
「防空壕か?」
戦時中に掘られた後、長い間放置されていたのだろう。辺りには雑草が生い茂り、土砂が吹き込み埋もれかけている。だが、よく見るとそこにはアニキとグレイが転がり、鬼斬丸と手鏡までもが無造作に置かれている。
「あの野郎、どこに行きやがった……」
敵は間違いなくここにいる。緊張で喉がカラカラになり、背中へイヤな汗が伝う。
走り続けてきた俺たちの息遣いだけが、やけにはっきりと聞こえてきて。それが、否が応でも緊張感を高めてゆく。
怖くて仕方ないがこれでも男だ。せめて女子の前くらいでは格好良くいたい。
勇気を奮い起こし、朝霧を背後へ庇うように位置取りながら剣を強く握る。先程まで感じていた霊力が、今は近すぎて分からない。
『ミナ、後ろ! カズヤ、Cを全展開!』
通信機からのセレナさんの声で、弾かれるように背後を振り向く。するとそこには、頭上の枝へ逆さにぶら下がった蛇頭の姿が。
あいつは遠心力を利用し、両手の鋭い爪を振りかざして迫っていた。
「シールド!!」
即座に霊力の盾を前方展開。朝霧の体を引き寄せ、盾の中へ引き込んだ。
だが、相手の強さは俺の想像を軽々と超えていた。敵の爪が盾へ食い込み、卵の殻を割るように大きな亀裂が走る。
「っざけんな!!」
思わず悪態が漏れた。これでも最大に近い威力で盾を展開している。それが、こうも簡単に突き破られてしまうなんて。
直後、その亀裂から強風でも吹き込んだように、盾は跡形もなく砕け散っていた。
「うおぉっ!」
衝撃で体が浮き上がり、勢いに飲まれるがまま後方へ吹っ飛ばされた。俺と朝霧は、散り散りになりながら地面を激しく転がる。
痛みに呻いている暇はない。地面に肘を突きながら慌てて体を起こした。
泥と雨にまみれたワイシャツが、体にべっとりと張り付く。逃れられないその感触は、目の前の悪魔から感じる霊力そのもの。
四つん這いになった俺の視界へ映り込んだのは、鱗に覆われた蛇頭の足。ゆっくりとした歩調で距離を詰めて来ていたらしい。
呑気にしている蛇頭へ、不意打ちの一撃を。
「イレイズ・キャノン!」
四つん這いの姿勢のまま、右手だけを持ち上げて霊力球を放った。この至近距離なら、確実にダメージを与えられるはず。
「ほい!」
だが、悪魔は右手を軽く振るっただけで、その一撃を容易くはね除けた。
顔を上げた姿勢のまま、呆気に取られて固まってしまった。そんな俺を狙い撃つように、相手の蹴りが横手から迫っていた。
「がっ!」
頬と首を強烈な衝撃が襲った。声にならない苦悶の呻きが漏れ、横倒しになったまま地面を情けなく滑ってゆく。
たかが蹴り。それを一度受けただけだというのに動けない。体が言うことを聞かない。
「あれあれ〜? どうしちゃったのさ? てっきり、バッツァ君と遊んでいると思ったんだけどなぁ……二人足りないけど、もう死んじゃった? 残念だったねぇ〜。ゲヒヒヒ」
愉悦に満ちた声と共に蛇頭が再び近付いてきた。泥水を跳ね上げる不快な足音が一歩ずつ確実に近付いている。
その音はまるで、俺の体から流れた血液なんじゃないかと錯覚してしまう。死へと誘う一歩が確実に近付いている。
考えろ。この状況を打破する策を。揺れる視界の中、どうにか頭を働かせた。霊力球が通じない以上、剣を突き刺す以外にない。
だが、最初の攻撃で吹っ飛ばされた際、肝心の剣はどこかへ行ってしまった。この様子だと霊撃輪の中へ戻ってしまったはず。悪魔の隙を突いて具現化できるだろうか。
まずは、敵の気を引かないと始まらない。
「そんなマヌケ顔をしていられるのも今のうちだぜ……あの蝙蝠は死んだよ。情けないほどあっさりな……今度はてめぇの番だ。俺が絶対に討ち果たしてやる……」
「あぁ?」
「ぐあぁっ!」
怒りを込めた低い声と共に、腹部を圧迫される重々しい衝撃。悪魔の右脚が俺の腹部を踏み付けていた。
「冗談が好きなんだねぇ〜。負け惜しみってわけ? もう少しなぶるつもりだったけど、あんまり生意気なこと言ってると、このまま踏み潰しちゃうよ?」
「勘弁してくれよ……苦しむのは苦手でね……やるならいっそ、噛み殺してくれ……」
呻くように言葉を発すると、縦長の瞳孔を持つ目が冷たく見下ろしていた。
「狙いは何かな? ボクちんが近付いた隙に、さっきの技をもう一度試すつもり? 甘い。甘すぎるよねぇ〜」
さすがにこの程度はお見通しか。こうなってしまうと、まさに打つ手無しだ。何か他に方法は残されていないのだろうか。
すると、蛇頭の口元から赤い舌が覗いて。
「苦しみたくないなら、一瞬で死んでごらんよ。頭を貫いてあげるからさぁ」
鋭い爪の伸びる右手が、顔を狙って振り下ろされていた。相手の手首を掴み、それを鼻先すれすれの所でどうにか受け止めた。
「ほらほら。力を抜くと一気にブスリだよ? 頑張って押し返してごらんよ」
ニヤリと笑う口元が腹立たしい。完全に遊ばれている。
「くそっ! ふざけんなっ!!」
だが、両手で力を込めているというのに、こいつの右手を払いのけることができない。
曇り空から降り注ぐ雨が、絶えず顔を打ち続けている。泣きたいのは俺の方だ。
「あれあれぇ? どうしたのかなぁ? まさか、これで本気ってわけじゃないよねぇ?」
これは本気でまずい。そう思った直後だった。悪魔の後頭部で大きな爆発が起こり、敵は前のめりに体勢を崩したのだった。
押し込まれる重圧から不意に解放され、すぐさま地面を転がり敵から距離を取る。
そんな回避行動を取りながらも、何が起こっているのかまるで分からなかった。この耳へ、あいつの声が聞こえるその瞬間まで。
「私がいることを忘れているんじゃないの? 言っておくけど、彼より実勢経験は豊富なのよ。甘くみないことね」
即座に体を起こした俺は、装飾銃を構えたままの朝霧へ並んだ。
「悪い……助かった」
彼女に助けられてしまったことが情けなくて。こちらを振り返る悪魔を見つめたまま、それをつぶやくのが精一杯だった。
「消音効果付きの弾丸はどうだったかしら? さすがのあなたも気付かなかったようね」
朝霧の言葉を受け、鋭い視線を向けていた蛇頭は再び舌を覗かせ微笑んだ。
「まぁ、これくらいやってくれないと面白くないよねぇ……もっと楽しませてよ」
怒りを含んだ眼光に、心臓を打ち抜かれたような恐怖を感じる。しかし、朝霧は怯む様子など微塵も見せず、相手へ近付いて行く。決して挫けない芯の強さを感じる。
「かかってきなさいよ。あんたなんて返り討ちにしてあげるわ!」
ここからは後ろ姿しか見えないが、その声には余裕すら感じる。しかも銃を持っている右手を自分へ振り、呼び込みの挑発まで。
こいつ無茶苦茶だ。蛇頭を怒らせても何の得もない。だが、あの左手の仕草は……
「勝ち気なお嬢ちゃんだねぇ。嫌いじゃないけどムカつくよ。先に死んどく?」
牙をむき、両手を一杯に広げて飛びかかってくる蛇頭。その指先には、全てを引き裂くような鋭利な爪が伸びている。
「くそっ!」
チャンスはここしかない。恐怖を押し殺し、覚悟を決めて朝霧と蛇頭の間へ駆け込んだ。
両手から繰り出された十本の爪が迫る。まともにくらえば、野菜を刻むようにあっさり切り裂かれて終わりだろう。
「シールド!」
目の前へ霊力壁を展開。容易く破られた先程のものとは違う。前面展開の範囲を更に絞り、霊力の出量を上げ防御力を高めたものだ。
直後、蛇頭の突き出した両手が盾へ深々と突き刺さってきた。後ろへ弾かれそうな衝撃に襲われるも、両足に力を込めてどうにか踏み留まった。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
ダメ押しとばかりに霊力を注ぎ込む。ほんの数秒でいい。こいつの両手を封じることさえできれば、そこに勝機を見出せる。
「このっ!」
両手を引き抜こうと動いた悪魔だったが、俺の霊力壁がそれを飲み込んで離さない。
敵が狼狽した一瞬の隙。そこを突いて、俺の背へ張り付いていた朝霧が伸び上がった。
味方同士なら能力が干渉し合うこともない。朝霧の手にした装飾銃は霊力壁をすり抜け、蛇頭の口内へねじ込まれる。
「ブラック・シュート!」
銃口へ溜め込まれていた霊力に、属性変化の能力を加えた強烈な一撃が炸裂。空気を満たした紙袋を叩き割ったような甲高い破裂音と共に、小爆発が起こった。
口内でそれをまともに受けた蛇頭。次の瞬間、その頭部が粉々に弾け飛ぶ。




