03 王道は剣と魔法の世界だろ
真っ暗な空間。でも、完全な暗闇というわけじゃない。空間を形作る乳白色のフレームが辺りを覆い、淡い光を放ち続けている。
ここは戦闘訓練用の個室。眼前には、白色に染まるマネキンのような人型の立体映像が。
そいつが繰り出してきた右拳のストレートを、身を逸らしてどうにか避ける。
そのまま、がら空きになった敵の腹部を視界へ捉えた。手にした剣、ゴースト・イレイザーと名付けたそれを両手で強く握りしめる。
「ふっ!」
がら空きになった敵の腹部を狙い、手にした剣を横凪ぎに思いきり振り抜いた。
確かな手応えが感じられると思った時だ。なんと敵の腹部は、刃の勢いに飛ばされるように大きく湾曲したのだ。
攻撃は盛大な空振り。隙だらけの腹部へ蹴りを受け、激痛と嘔吐感が込み上げる。
「くっ!」
怒りに任せた切り返しの一閃を繰り出すも、敵は後方へ飛び退き一定の距離を取る。
「ちきしょう……」
悔しさに舌打ちが漏れ、目の前で揺れる白色の立体画像を睨み付けた。
敵は丸腰だが、武器を持った戦闘ならば確実に殺されていただろう。これはRPGじゃない。リセット・ボタンもない。
あの二人に偉そうなことを言っておきながらこのザマとは、情けないにも程がある。
それにしても体が変形するなんて反則だ。いくらトレーニングとはいえ、こんな悪霊がいるんだろうか。加えて機敏な動作。これはスピードで対抗するしかない。
右拳を敵へ向け、意識を集中した。肘から拳へと撫でられるような感覚が伝う。
「イレイズ・キャノン!」
右手の指輪から、バスケット・ボール程もある青白い光の球、霊力球が吹っ飛んだ。
敵はその球体を顔面へ受け、後頭部から勢いよく転倒した。
これが剣に続く二つ目の技。球型に圧縮した霊力を飛ばす遠距離攻撃だ。うまく当てれば、相手を気絶させる程の威力が出るという。
「とどめだ!」
剣を構えて全力で駆け寄ると、敵も素早く立ち上がり体制を整えた。
「うらあっ!」
首を狙った一閃は、しゃがみ込んだ敵に避けられた。腹部を目掛け、敵の右拳が迫る。
「シールド!」
右手を中心に、青白く輝く円形の霊力壁が傘のように展開。
直後、甲高い音と共に敵の拳を弾き、相手はのけ反るように大きく体制を崩した。
「終わりだ」
鋭い一閃が立体映像の体を切り裂くと、そいつは煙のような気体となって消滅した。
思わず安堵の溜め息が漏れる。
『お見事。だいぶコツをつかんできたみたいね。今朝はここまでにしましょうか』
部屋の隅に取り付けられたスピーカー。そこから響いたのは、セレナさんの声だった。
直後、室内へ明かりが灯ると、右手のマジックミラー越しに隣室の人影が浮かんだ。
真っ先に視界へ飛び込んだのはセレナさんだ。セレナ=スターレック。見た目は二十代後半。垂れ目がちの目と、ぽってりとした厚めの唇が織りなすのは、包み込まれるような優しさに満ちた笑顔。いつ見ても癒やされるし、大人の女性としての魅力を感じてしまう。
透き通るような瞳と、背中まで流れる艶やかな髪はどちらも紺色。これは霊界に住む者、霊界人の特徴なんだとか。
身に付けているのは、チャイナ・ドレスに似た袖のない膝までの長衣。光沢のある緑色に染まり、胸の部分へ見たこともない刺繍が施されている。足下は、白のズボンに茶色のブーツという出で立ちだ。
でも、大人の魅力を感じてしまうのは、その笑顔のせいだけじゃない。長衣の中で窮屈そうにしている、グラビア・アイドルも顔負けの爆乳。間違いなくあれのせいだ。
ついついそんな所を見てしまうが、その隣に立つ人物を目にした途端、そんな邪念は瞬く間に吹っ飛んでいた。
「って、なんでボスまで……」
そこには、俺たち具現者のボスである、ラナーク=レイモンドさんの姿が。
外見は五十歳前後の男性。紺色の髪をオール・バックで決め、痩せ気味で彫りの深い顔立ちは海外の映画俳優を思わせる。年の功とでも言うのだろうか、風格が漂い安心感さえ感じてしまう。うちの父親とは大違いだ。
服装はセレナさんとほぼ同じ。長衣へ青や赤といったより複雑な模様が刻まれ、豪華に仕立て上げられている。これは恐らく、階級の違いから来るものなのだろう。
異能を操るための指輪、霊撃輪を授けてくれたのはこの人だ。そして、具現者というチームを創設した人物でもあるわけだが。
「ボスがいたなら、もっと必死に戦うんだった……どうして教えてくれねぇんだよ……」
この模擬戦が今朝の二戦目。まだまだ不慣れとはいえ、もっと華麗に立ち回りたい。
ぼやきながら、左手の剣へ視線を移した。
ゴースト・イレイザー。俺が創造した、俺だけのための剣だ。銀色に輝く刀身。鍔の部分には、中央に赤く輝く菱形の宝石と、そこから左右へ伸びる、翼をイメージしたデザイン。柄には滑り止めの丈夫な黒皮が巻かれ、柄頭に球形の青い宝石が取り付けられている。
そしてこの剣は、セレナさんが施してくれた補正プログラムのお陰で、素人の俺でも充分使いこなせる武器になった。攻撃の軌道、刃の角度、剣の太刀筋に至るまで、攻撃に合わせて自動的に補正を加えてくれるそうだ。今はまだ剣に使われている状態だが、必ず使いこなせるようになってみせる。
その時だ。訓練室とモニター・ルームを隔てていたドアが開いた。入ってきたのは朝霧。俺の戦いを見たいと言い出した張本人だ。
胸の前で腕を組み、試験官のような空気を纏いながらゆっくりと近付いて来る。
「なんだよ? 文句でも言いに来たのか?」
朝霧へ問い掛けながらも、左手へ意識を集中させた。すると剣は俺の意思を明確に読み取り、光の粒子となって即座に消滅した。
このように武器の出し入れも自由自在。おまけに霊撃輪は強い霊感の持ち主しか視認することが出来ない。構造は分からないが、とんでもない技術力だ。
そんなことを思っていると、眼前に立つ朝霧は小さな溜め息を漏らした。
「剣と盾。それから遠距離攻撃用の霊力球。バランスは良いけど、平凡な能力ね……」
切れ長の目が僅かに細められた。
「特に盾。力の解放率によって防御面積と強度を調整できるようだけれど、コスト・パフォーマンスが悪過ぎ。盾に頼らず回避能力を磨かなければ、すぐに力を使い果たすわよ」
一気にまくし立てると、壁面に投影され続けているグラフへ視線を向けた。
そこには、俺の名前であるカズヤという文字が記され、その下へ、SOULとMINDという二つの項目。各項目の右隣へ帯グラフが伸び、SOULは85、MINDは45の位置を示している。
SOULというのは魂の強度。霊体からの攻撃は痛みを感じるが外傷が無い。代わりに魂を削られ、SOULの値が低下してゆく。0は魂と意識の消失を意味し、抜け殻の廃人になってしまうのだという。
そして、MINDが霊力。霊撃輪による異能を使う度に消耗し、0になってしまうと能力の発動は不可能となる。
つまりRPGでいう、HPとMPのようなものだと理解している。どちらの値も時間経過や充分な睡眠によって回復するそうだが、まさにRPGのような仕様だ。
「確かにMINDの消費は激しいけど、そこは、これから改善すればいいだけの話だろ」
しかもだ。平凡な能力だなんて言われたくない。剣と盾はファンタジーの王道。好きな能力を創って良いと言われた瞬間、これしか思い浮かばなかったんだ。
空を飛ぶ、姿を消すなんてものも考えたが、MINDを著しく消費するため効果は数十秒という警告を受け、泣く泣く諦めた。
「言いたいことは分かるけれど、それじゃダメなのよ! 私は、“あの男”を打ち負かせるくらいの能力を期待していたのに」
「あの男? 誰のことだよ?」
「聞いていないの? もう一人のメンバーのことよ。私たちは今日から、第二十代目の具現者として、四人一組で活動することになるの。そのためにはまずあの男を黙らせて、従わせなくてはダメなのよ!」
「ちょっと待った! 四人一組? 俺も?」
突然の知らせに、なんだか混乱してきた。
俺はそもそも、昨晩に危機を救われた流れでこの夢来屋を訪れた。応対に現れたセレナさんへ、行方不明のアニキを探して欲しいと持ちかけたら、捜索費用と浄霊に二百万。
但し、俺が自分の力でアニキを捜し出し、刀の力を払うことが出来れば、一切の費用はかからないという約束だったはず。そのために、こうして異能を授かったのに。
まぁ確かに、二十代目の具現者として力を貸して欲しいとは言われたが、チームを組んで戦うことになるなんて。しかも朝霧と。
「ってことは、セレナさんが言ってた、アニキの捜索を手伝うスタッフって……」
マジックミラー越しにこちらを見ている二人へ、恨めしげな視線を向けてしまう。
「私たちに決まっているでしょう」
あぁ。この場で絶叫してしまいたい。