27 エセ占い。強運オーラはどこ行った?
歩ける。もう一度、歩き出せる。黙って未来を悲観しているだけじゃ、何もできやしないんだ。何も変えられないんだ。
催眠術でもかけられたんだろうか。それとも、占いを信じやすいという性格が関係しているのかもしれない。
「でも、霊撃輪もアジトに置いてきちまったし、俺には何もできねぇ……」
「大丈夫、大丈夫。今の君には強運のオーラが見えるから。とにかく急いで!」
占い師に背中を押され、海岸の出口へ向かって歩き出した。先程まで沈み込むように足を取られていた砂浜が、信じられないほど軽い足取りで進める。
海岸を抜け、舗装された道路へ踏み込んだ瞬間、今まで思い悩んでいたのが嘘のように心のスイッチが切り替わった。
今はただ、前へ進むしかない。
占い師は隣へ並ぶと右手を目元まで持ち上げ、人差し指を真上へ突き立てた。
「君がその自信を取り戻した時、運命の歯車は回り始める」
色白の細い指が、くるりと宙に円を描く様を見て、何かひっかかりを感じた。
どこかで聞いたそのフレーズ。
「頑張ってね。新人くん!」
俺の肩を叩き、占い師は駆け出す。その先には真っ白な一台のワゴン車が。
その車には見覚えがある。具現者の移動車だ。でも、占い師があの車を使う必要があるんだろうか。
「運命の歯車は回り始める……」
そのフレーズが思わず口をついて出た。
「みんなゴメン。目が覚めたよ……俺は、自分の力と可能性をあきらめない!」
あの占い師の言葉を信じるしかない。迷いと恐怖を振り切るように、光源寺を目指して全力で走った。
☆☆☆
「結界板か……」
光源寺へ続く階段を駆け上がったところで、石畳へ投げ捨てられたそれを見つけた。みんな既に到着しているらしい。
携帯を取り出し時刻を確認する。間もなく約束の十九時。戦いは始まっているんだろうか。それにしては静か過ぎる。
辺りは夕闇に覆われ、野鳥の鳴き声が聞こえる。墓場というシチュエーションも相まって、肝試しには打って付けだ。
「異世の墓に来いって言ってたな……」
ここからは慎重に進むべきだろう。万が一、敵に見つかれば、丸腰の俺に戦う術はない。ただ一つの方法を除いては。
その時、あることを思いついた。手遅れかもしれないが、試してみる価値はある。寺の本堂へ向かって走った。
☆☆☆
結界板の影響か、無人の本堂で用事を済ませ異世の墓へ急ぐ。足に絡まる雑草が鬱陶しい。今は一秒もムダにできない。
「あそこだな……」
二つの墓石が並ぶ開けた場所が見える。だが、そこには誰の姿もない。立ち止まって周囲を確認するが、辺りは静寂だけが支配している。場所を間違えたのか。
気付けば小雨が降り始めていた。天の神がこの戦いを嘆いているんだろうか。それとも、よくぞ立ち上がったという賞賛の涙だろうか。身勝手だが今は後者だと信じ、自分を奮い立たせる力へ変える。
「待ちかねたぞ」
耳元で、死へと誘う死霊のささやきが発せられた。慌てて背後を振り返る。
「相変わらず悪趣味な奴だな。背後から襲うしか能がねぇのか?」
額を流れる汗を拭い、不気味に佇む女を睨んだ。この汗は暑さによるものなのか、それとも恐怖による冷や汗か。
こいつが着ているグレーのスーツが、辺りの景色へ溶け込んで見える。まるで首だけが宙に浮いているようだ。
「約束の物は持ってきたのか?」
「これだろ」
右手に握ったそれを女へ見せる。
「早速、渡して貰おうか」
「アニキを確認するのが先だ。俺を殺して奪ってもムダだ。包みの中には刀の鞘しかねぇ。本体は隠してきた。俺を殺せば永久に分からなくなるぞ」
なぜ鬼斬丸を欲しがるのかは知らないが、交渉はこちらに分があるはず。
「バッツァとか言う、蝙蝠頭はどこだ? 見える所に待機させろ」
「あそこだよ」
女が指さす先には、才蔵と異世の墓。その墓石の後ろへそびえるように立つ影。背中に生えた羽根のシルエットを含めると巨大蝙蝠そのものだ。
「付いてこい。才蔵は縛り上げてある。暴れ出して手が付けられなかったのでな」
墓石に向かって歩き出す女。警戒しながら後へ続いてゆく。
周りは綺麗に手入れがされている。大方、神宮あたりが草むしりをやらされているに違いない。墓前へ踏み込んだ途端、不意に景色が色を失った。
昔の白黒テレビでも見せられているかのように、風景だけが完全にモノクロの世界へ変貌していた。
視覚がおかしくなったのかとも思ったが、自分の体や衣服は変わっていない。
それに加えて、体にまとわりつくような生暖かく不快な空気。一刻も早くここから立ち去りたい。
その不快な空間に、グレイと蝙蝠頭。悪魔の足下には横たわるアニキもいる。体を覆っていた黒い布で後ろ手に縛られ、同じ布で口を塞がれていた。意識を失っているのか、じっとしたまま動かない。
悪魔が口端をもたげて醜悪に笑った。
「シシシッ。ようこそ、俺の魔空間へ」
「魔空間!? これが……」
悪魔が自分の全力を出すために作り出す特殊空間。そこまで思い出し、絶望という二文字と、背筋が凍り付く程の恐怖が襲ってきた。
うろ覚えだが、この悪魔を倒すか、外部からの破壊しか脱出方法はないはずだ。
「あいにく、こんな悪趣味な部屋で交渉するつもりはねぇんだけどな。外に戻らないと刀も探せねぇだろ?」
笑った口元が思わず引きつる。脳ミソをフル回転させるが何も浮かばず、脇の下にはイヤな汗をかいている。
蝙蝠頭の隣へ並んだグレイが、勝ち誇ったように微笑んでいた。
「締め上げて吐かせれば済むこと。時間はた〜っぷりある。た〜っぷりな」
残忍な色を全身から滲ませ、含み笑いを漏らす。その指先をなぞるように五本の青白い光が真っ直ぐに伸びて絡まり、一メートルほどの霊力の刃を生み出す。
「腕と足、失うならどちらがいい?」
瞳を大きく見開き、霊力の刃を一舐めする。それはまさに、血に飢えた殺人鬼。
絶望的だ。霊撃輪のない俺は、ただの高校生。占い師は強運が付いていると言っていたが、まったくのデタラメだ。
「答えないなら好きにさせてもらうぞ」
霊力の剣を眼前に構え、腰を落として身構える。今にも獲物へ飛びかかろうとする猛獣のそれだ。
だが、猛獣退治に挑む俺が持つのは、寺から拝借してきた風呂敷と、そこに包んだ一本の枝。女が実体を持つ以上、打撃を与えることは出来るだろうが頼りないことこの上ない。
「返り討ちにしてやるよ」
枝を両手でつかみ身構える。
「行くぞ!」
女が駆け出したまさにその時だった。俺の右手側で、魔空間の一部が勢いよく崩れ落ちたのだ。
困惑する俺と同様、女は慌てて立ち止まり、突然の出来事に警戒を強めている。
砕けた魔空間の一部。その先には色を取り戻した元の景色が覗いていた。ということは、外部からこの空間へ干渉した何者かがいるということ。
「まったく……段取りが台無しじゃない」
すると聞き覚えのある声と共に、裂け目から朝霧が入り込んで来たのだ。
「そう? 作戦、まとまってないじゃん」
その後ろから覗き込むように顔を出し、恐る恐る魔空間へ入ってくる久城。
「懸賞金は私がいただくからな。足を引っ張らないよう気をつけるんだな」
最後に、鬼斬丸を背中へ結び付けたオタクが意気揚々と入り込んできた。
「ほう。のこのこ殺されにくるとはな」
グレイは俺たちから距離を取る。その隙を突くように、久城が駆け寄ってきた。
「リーダー。戻ってくるって信じてた!」
満面の笑みを見せて右手を差し出してくる。そこにあるのは霊撃輪だ。
思わず抱きしめてしまいたくなる。なんて素敵な奴なんだ。枝を床へ置き、素早く指輪を受け取った。
「ありがとな。みんなもホント悪かった」
「いいってことよ!」
指輪を填めていると、久城に背中を思いきり叩かれた。活を入れられた気分だ。拳を力強く握り、大きく息を吐き出した。




