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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.01

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26 自分の力と可能性


 重圧から解放されて、いくらか気分も軽くなった。全てを忘れて、心と体が解放されるような所へ行きたい。


 そんなことを思いながら歩いている間に、気付けば自然と海岸を目指していた。


 人気のない砂浜。そこへ一歩ずつ、自分の存在を示すように確かな足跡をゆっくりと確実に刻んでゆく。

 でも、砂に取られた足取りが鉛のように重い。全てから解放されたはずなのに、どうしてこうも不自由を感じるのだろう。


 当てもなく波打ち際をひたすら歩き、眼前へ広がる大海原を見渡した。潮の香りを含んだ馴染み深い風を全身で感じ、両腕を広げて深く息をする。

 そうしてぼんやりと歩いていると、浜に打ち上げられた大きな流木を見付けた。そのまま何気なく腰を降ろしてみる。


「はぁ……」


 大きく息を吐いた眼前には、抜けるような青空と、どこまでも続く大海原を分ける境界が広がっているはずだった。

 しかし、この梅雨時の曇り空の下でその境はぼんやりと混じり合い、曖昧な姿を見せつける。現世げんせ霊界れいかいの狭間でくすぶる、今の俺だとでも言うように。


 久城くじょうの涙が頭を離れない。自分の中で迷いが生まれている。


 不意に、霊撃輪れいげきりんが填まっていたはずの右手を眺め降ろしていた。


「俺は自分で扉を開けた……」


 自らの意思で先へ進むことを選んだ。自分が持っている可能性を試してみたい。必要としてくれる人たちと一緒に、大きなことをやり遂げたいと思ったから。


「結局、何一つ上手くできてねぇ……」


 初戦は惨敗。霊力を奪われた時に聞いた、女の嘲笑ちょうしょうが耳の奥から離れない。


 本心は悔しい。グレイを浄化させ、オタクやミナの鼻を明かしてやりたいが、今は恐怖と不安の方が圧倒的に強い。


 メディカル・ルームで見た生命維持装置。俺が全てをあきらめたら、彼女たちはどうなるんだろう。最初の被害者を救うためのタイム・リミットが迫っている。


 絶対に助けてみせるなどと大見得を切ってしまったが、全て撤回し、謝って許されるのならいくらでも頭を下げよう。でも、今の彼女たちは話をすることもできない。俺の言葉が聞こえていたとは思えないが、申し訳ない気持ちで一杯だ。


 グレイの身勝手な行為で彼女たちの命が尽きようとしている。自分が襲われたことにすら気づいていない人もいるかもしれない。最後の覚悟も自覚もないまま、その命をもてあそばれている。


 俺が求める存在価値。彼女たちはそれを見つけることすらできずにいるんじゃないだろうか。

 ふと、セレナさんの言葉が頭を過ぎる。


“人には二種類の生き方があると思うの。夢を追う人と、それをあきらめ妥協して現実いまを生きる人”


 持論を恥ずかしそうに語る姿が印象的で。心の授業は、これからの人生で絶対の言葉になると確信している。


“価値なんて人それぞれだと思うわよ。自分の命が尽きる時、悔いのない人生だったと満足できればそれが一番。それに、夢をつかむことのできる人なんてほんの一握りの限られた人たちだけだし、人の欲望は果てしないわ。一度満たされても更に大きな欲望を生む。夢が叶うことなんて永遠にないのかもしれないわね……”


 自分の命が尽きるとき、悔いのない人生だったと満足できれば。俺にはまるで当てはまらない。今ここで命を失ったとしたら、後悔しか残らない。


 恐怖に怯え、全てに背を向け逃げ出す最後。そんな人生に価値なんてない。


「どうすりゃいいんだ……」


 どこへ向かえばいいのか分からない。あの悪夢のように、前も後ろも判然はんぜんとしない真っ暗闇の中に、一人閉じ込められてしまったような気がする。


 膝を抱えて座り込み、両膝へ額を付けて目を閉じる。意識を遮断することでしか、この焦燥感からのがれるすべはないんだ。


 すると、背後からの足音に気づいた。


 久城にでも付けられていたんだろうか。あいにく誰かと話をするような気分じゃない。でも、それは確実に近づいている。


 場所を変えるために慌てて立ち上がる。


「あの〜……」


 耳障りな女性の声は、明らかに俺の背中へ向けられたもの。


 渋々視線を向けると一人の占い師が。間違いなく、夢来屋むらいやのスタッフ衣装だ。

 頭から足下まですっぽりと覆い隠す、フードの付いた紫衣装。口元もフェイス・ヴェールで覆われ目元しか見えない。


「ボスかセレナさんの命令で、俺を捜しに来たのか? 占い師を寄越すなんて、よっぽど人手不足なんだな」


「命令じゃないわ。ここを通りかかっただけよ。随分、疲れた様子の学生が見えたから。君、二十代目の具現者リアリゼーターでしょ? セレナさんから噂は聞いてるわ」


 随分と軽い、というか馴れ馴れしい口調に、苛立ちが加速してゆく。


「通りかかっただけっていうなら、放っておいてくれ! 具現者リアリゼーターもさっき辞めてきたところだ。もう霊撃輪れいげきりんも通信機もねぇ! あんただって、そんな俺に用事があるわけもねぇだろ?」


 自嘲気味じちょうぎみに笑って占い師を見る。


「今、大変な状況だったはずよね? 今日、大きな戦いがあるとか……」


 こちらを心配するような素振りを見せるが、それが余計に神経を逆なでる。


 言う必要もない余計な一言が腹の底から沸き上がってくる。止められない。決壊けっかいしたダムのように、腹の底に積もった本心が止めどなく溢れ出してきて。


「あんたは占いだけやってりゃいいんだろうけど、こっちは命がけなんだ! 恐怖と不安で押し潰されそうなんだよ! あんたたちが地上へ残した悪魔王のとばっちりで、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ!!」


「で、逃げ出してきたっていうわけ?」


 冷静な口調で、俺の心を見透かしたように的確に深層をえぐってくる。


 落ち着き払った対処でいなされてしまうと、熱くなった自分がなんだかに急に無様に思えてきた。恥ずかしいような悔しいような気持ちが胸へ広がってゆく。

 言葉を吐き出して、その気持ちをごまかす以外に方法が見つからない。


「逃げて悪いか!? 怖いんだよ! 上手くやれる自信なんてこれっぽっちもねぇ! もう戦いたくないんだ……」


 目の前の占い師を直視することもできず、うな垂れながら足下を見た。


 思いを全て吐き出すと、意外とすっきりした気分になっていることに驚いた。俺はきっと、この不安な気持ちを誰かに分かって欲しかっただけなのかも。


「自分が自分の力を信じなくてどうするの? 誰が君を信じるの?」


 顔を上げると、占い師が挑むように俺を見ていた。彼女の黒い瞳は信念を宿し、底知れぬ自信と力強さに満ちていた。


「自分の力と可能性を否定すれば、何をやってもうまくいくはずなんてない。マイナス思考は負の作用しかもたらさない」


「それは確かにそうだけど……」


 当たり前だけれど、一番大切なこと。この人の言葉はそれを思い出させ、現実をまざまざと突き付けてきた。


 自分の力を。可能性を信じること。


「君も、自分の意志で具現者リアリゼーターの力を受け入れたんでしょ。何のため?」


「悪霊に憑依ひょういされたアニキを救うため」


「だったら、その目的のために前へ進みなさい。自分の力を信じて」


 厳しさと優しさを兼ね備えた凜とした声に心を揺さぶられる。深層へ染み渡るようにゆっくりと広がっていった。


「でも、失敗したらって考えると……」


 それでも、不安が完全に消えたわけじゃない。この先に待っている大きな難関に、折れかけた心では立ち向かえない。


「君の仲間は、これから悪魔に戦いを挑むのよ。お兄さんだけじゃなく、仲間たちも命を失うようなことになったら……」


「罪の意識に一生苦しむだろうな……」


 三人の顔が浮かんでは消えてゆく。でも、ボスの力で存在が消えるというのなら、俺が苦しむことはないのか。

 あいつらが学校からいなくなり、我が家に謎の空き部屋が出来るだけのこと。ただ、それだけのことなんだ。


 でも、そんな未来を受け入れていいのか。いいはずがない。


 自問自答を繰り返していると、占い師は俺の右手を強く握りしめてきた。

 咄嗟に、彼女の顔を覗き込んでしまう。


「まだ間に合う。間に合うよ。可能性は失われていない。君には大きな力があるってセレナさんも言っていたわ……もっと自信を持って!」


 間近で見つめられながら、その眼力と言葉は魔法のような力となって、俺の心を軽くしていたんだ。

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