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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.01

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25 拒絶と逃避


「甘いんだよ。壁にぶつかったらリセット・ボタンか? んなもん、あるわけねーだろうが。大好きなRPGゲームと違って、裏技は存在しねー。レベル・アップして乗り越えるしかねーんだ」


 男の顔がすぐ目の前にある。その紺色の瞳の中に、怯えた顔の俺がいる。


 今にも泣き出しそうな、情けなく弱々しいその顔に嫌気が差す。


「まぁ、俺の力が反則みてーなもんか。とにかく今は俺を信じろ。秀一しゅういちは必ず助ける。それからもう一度考えりゃいいんだ」


 ウソだ。きっとこいつは俺を言いくるめて洗脳しようとしている。体を乗っ取るためにあれこれ企んでいるんだ。


「自分の存在価値を見つけるんじゃなかったのか? こんなところで終わるつもりじゃねーだろーな!?」


 とっさに耳を塞ぎ、瞳をきつく閉じた。

 外界の全てを遮断する。それは今できる数少ない自己防衛策だった。


「俺にかまうな! これ以上つきまとうなら霊界へ送り返してやる! とっとと消えろ! 二度と出てくるな!!」


 喉がはち切れんばかりに叫んだ。


 誰かに対してこれほどの大声を上げたのは生まれて初めてかもしれない。全てを拒絶して、誰もいない世界へ逃げ込んでしまいたい。恐怖も不安もない世界へ。


☆☆☆


 目覚めると、メディカル・ルームのベッド。


 とんでもない悪夢だった。いや、あれは半分夢で半分現実。あの男との会話は紛れもない事実。決して夢じゃない。


「目が覚めましたか。随分うなされていたようですが、気分はどうですか?」


 部屋の奥から医師のオーレンさんがやってくる。俺の不安を和らげるためなのか、口元に穏やかな笑みすら浮かべて。


「気分? 最悪っスね……」


 洗顔するように両手で顔全体をこすり、大きく息を吐き出す。


 起きたばかりだというのに体が異常にだるい。寝過ぎてだるいという経験はあるが、これはその更に上を行く不快さだ。


「お疲れですね。二、三日の静養を勧めたいところですが、作戦会議があるとセレナ導師どうしより言付かっていましてね」


 困ったように微笑みながら顎髭をさすっている。今はただ、この作ったような笑みが不快でたまらない。


「行きますよ。会議室っスよね?」


「はい。既に始まっていると思いますが」


「え!? 今、何時っスか?」


「十七時ですよ」


「俺、半日以上眠ってたんスか!?」


「セレナ導師も寝かせておくようにと」


 なんてことだ。ここまでの爆睡は人生始まって以来だ。会議までに気持ちの整理を付けたいと考えていたのに台無しだ。


 枕元の棚へ置かれていた制服に着替え、会議室へ急いだ。


☆☆☆


 その扉を開けた直後、全員と目が合った。注目を浴びた恥ずかしさと、その場にそぐわない居心地の悪さを感じる。


 正面の上座にボス。セレナさんは立ち上がって何かを話していたようだ。その向かいに並ぶ朝霧あさぎり久城くじょう。そして二人の斜め後ろの壁にもたれるオタク。


「カズ君、大丈夫? 顔色が悪いわね」


「大丈夫っスよ。話を続けてください」


 手近なイスへ腰掛けると、セレナさんは気を取り直して言葉を続けた。


「カズ君も来たし、もう一度おさらいね」


 向けられる優しい笑みが胸に痛い。


「まず、事件の概略。駅前の羽佐間はざま恭子きょうこさんの事件と、カズ君のお兄さんの失踪事件。何の関係もないような二つの事件が実は繋がっていた、ということね」


 セレナさんの背後にある黒板ほどのディスプレイに、グレイと、黒い布を被ったてるてる坊主のような姿が並ぶ。


「これを暴いたのは、サヤちゃんのお手柄ね。恭子さんに憑依ひょういしているのは異世いよ。カズ君のお兄さんには才蔵さいぞう。覚醒した異世を追って、才蔵が現れたということね」


 俺たちとの戦いの最中にもグレイが警戒していたのはこれだったのか。過去に才蔵の手で命を奪われた異世は、現世げんせで再び消されることを恐れている。


「異世に悪魔が荷担していることも明らかになったわね。刀を狙う敵の目的はまだ不明。これが悪魔、蝙蝠こうもりのバッツァ」


 ディスプレイが切り替わり、蝙蝠顔の悪魔が映る。鍛え抜かれた筋肉質の屈強な体と背中に生えた翼。右手には短刀。


「霊界からの資料によると、蝙蝠へ堕落した犯罪者には、陰湿、狡猾こうかつ、残忍、内向的、計画的といったワードが並んでいるわ。今夜も何かしらの計画や罠があると思うわ。注意して」


 セレナさんは俺たちをぐるりと見回す。


「悪魔の介入により霊界に応援を要請しているけれど、霊能戦士れいのうせんしの到着予定は十九時三十分。十九代目も手が離せない現状。神津かみつ警察にいる具現者リアリゼーターOBにも連絡したけれど、いい返事がなかったわ」


 目の前が暗転する。見放された気分だ。


「三十分押しって、絶望的じゃないっスか。どうしろって言うんスか……」


「リーダーらしいポジティブな意見ね」


「ちょ、ミナちゃん!」


 久城がバツの悪そうな顔をしながら、朝霧を肘で小突いている。


 その光景に、オタクが一歩踏み出した。


「で、その悪魔の懸賞金はいくらだ?」


 セレナさんは判断を仰ぐようにボスへ視線を送る。


「100万だ」


「分かった。その悪魔は私一人で充分だ。ミナ、サヤカ。貴様らでも、女くらいなら相手できるだろう」


 そして一瞬だけこっちを見てきた。


「こいつはダメだ。三人でやるぞ」


「彼が使い物にならないっていう意見にはおおむね賛成するけれど、命令される筋合いはないわ。私たちのやり方でやらせてもらうわよ」


 強気な姿勢で真っ向から睨む朝霧だったが、オタクはそんな視線を無視して、サングラスの奥から再び俺を見ていた。


「刀は私が持つ。貴様は来なくていい」


 その一言に、久城が耐えかねて席を立つ。


「リーダーの気持ちも考えなよ! お兄さんを人質に取られて不安なんだよ。弱気になったってしょうがないじゃん!! 自分が同じ立場だったらどうなの!?」


 女子に庇われるとは終わっている。怒りと恥ずかしさが心の中でない交ぜになる。この場から消えてしまいたい。


 自分の中で張り詰めていたものが、不意に切れた音がした。テーブルに両手を叩き付け素早く席を立った時、腰に下げたポーチが情けなく床へ転がった。


「そこまで言うならオタク様に任せるよ。勝手にやってくれ! 精々うまいことやって懸賞金でも何でも持って行けよ。その代わり、アニキは絶対に助けろよ。もし何かあったら、俺がてめぇをぶっ殺す!」


 全てをぶちまけ、声をさえぎるために背中を向けた。目の前の扉を抜ければ自由になれる。自由だ。もう、これも必要ない。


 歩きながら、右手の中指から霊撃輪れいげきりんを取り外す。背後へ向けて放り投げ、そのまま会議室を飛び出した。


☆☆☆


「リーダー、待ってよ!!」


 ロビーまで来たところで、背後から呼び止められた。でも今は誰にも関わりたくない。俺には関係のないことだ。


「待ってってば! 無視しないでよ!」


 右腕を強く捕まれた。本気でうっとうしい。嫌気をたっぷり込めた息を吐き出し、そいつを睨むように振り返った。


 瞳に涙を浮かべた久城。怯えた小動物のようで、今にも壊れてしまいそうな儚さを秘めた瞳が見つめている。


 何とも言い難い罪悪感が胸を満たす。


「ねぇ。ホントにこのままでいいの?」


 返す言葉など何もない。捕まれた腕を振り払い再び歩き出すと、久城はひな鳥のように後を付いてくる。


「リーダーがやらなくて誰がやるの!? 自分のお兄さんなんだよ!?」 


「俺はもう、リーダーでも何でもねぇ」


「あたし、今のメンバーをまとめられるのは神崎かんざき君しかいないって思ってる。それにあの力。セイギ君もミナちゃんも悔しいから何も言わないんだろうけど、あの力があればきっと勝てるよ!」


 勝手なことばかり言いやがる。こいつの言葉などただの雑音でしかない。

 雑音という言葉で、右腕を締め付け続けるもう一つの拘束を思いだした。


「これ、セレナさんに返しておいてくれ」


 通信機を外し、後に続く久城の手にそれを握らせようとすると、彼女はその小さな手を慌てて後ろへ隠した。


「イヤだ。受け取らないんだから!」


 その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 いたたまれなくなり慌てて視線を逸らすと、噴水の側にあるベンチに気づいた。

 足早に歩み寄り、そこへ通信機を放る。


「じゃ、後は頼むわ」


 決して後ろは振り向かない。久城を振り切ろうと足早に出口を目指す。でもそれは、一刻も早くこの場を離れたいという身勝手な感情でしかなかったんだ。

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