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斬魔剣エクスブラッド 〜限界突破の狂戦士〜  作者: 帆ノ風ヒロ / Honoka Hiro
Episode.01

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24 妙な奴。てめぇは一体、なんなんだ


 絶望感の中、恐る恐る蛇を見る。確認は終わったか、満足したかと言いたげに俺を見ている。その顔が笑った気がした。


「うわあぁぁぁぁ!!」


 逃げ出そうにも恐怖で体が動かない。尻餅をついたまま蛇を見上げた。

 その口が大きく開き、白い牙と赤い舌が迫る。うつむいた顔を左腕で庇った時。


「てめーは、夢の中でも弱えーのかよ!」


 その声に顔を上げると、一人の男が体当たりで蛇の頭を突き飛ばしていた。

 男は握った左手を顔の前へ動かし、人差し指と中指を天へ向かって伸ばす。


「霊界漂う数多あまたの精霊よ。こう創主そうしゅに変わって命ず。我に力を与えまたへ」


 蛇に向かって伸ばした左手の指先。そこへ霊力の青白い光が収束する。


「炎の攻霊術こうれいじゅつ業火ごうか!!」


 その光が蛇を包み、真っ赤な炎のうねりへ変わる。不思議と暑さを微塵も感じないが、蛇には効果覿面だったようだ。

 紅蓮の炎に身を焼かれ、悲鳴を上げる間すらなく、蒸発するように消え去った。


「ヒャッハツ! ちいっとやり過ぎたか。幻影げんえい相手に大人げなかったか?」


 どんな対応をすればいいか分からない。でも、こいつを確かに知っている。


桐島きりしま先輩も、あの蛇も、全部おまえの仕業か。てめぇは一体、なんなんだ!?」


 すると男は口端をもたげ、意地の悪い笑みを浮かべて。


「おめーは神か悪魔とでも思ってたみてーだけど、残念。どっちもハズレだ」


 間違いない。こいつこそ、俺の体を乗っ取って悪魔と戦った張本人だ。


 見た目は二十代前半程度。セレナさんとそう変わらないだろう。日に焼けた浅黒い肌と、細身の割に鍛え抜かれた体付き。この地域で見かけるならサーファーといった感じか。でも、決定的に違和感があるのは紺色の瞳と髪。

 その身には、青や赤の模様が刺繍されたグレーを基調とする長袖の服とズボン。


「ただの悪霊、ってわけじゃないよな?」


 立ち上がり油断なく身構えた。到底かなう相手じゃないが、隙を見せればまた体を奪われるかもしれない。


「おい。ガッコウで習わなかったか? 人の話は最後まで聞きなさいってな」


 人を小馬鹿にしたような調子で、ふわりと中空に浮いている。


 どうやら今のところ危害を加えてくる様子はなさそうだ。信用したわけじゃないが、警戒を緩めることにした。


「夢の中って言ったよな? こんな所にまで出て来て、どういうつもりだ?」


「こんな時しか話すチャンスがねーだろーが。霊界の奴等に見つかれば、ほぼ間違いなく強制送還だ。そんなことになっちまったら今までの苦労が水の泡だ。頼むから俺の話を聞いてくれ!」


 頼まれると断れない。自分でも嫌いな部分だ。切実な顔で頼まれると尚更だ。


「一応、聞くだけ聞いてやるよ……」


「この三十数年間、復活する日を待ち続けたんだぜ。どこから話すか……』


 男は腕組みをしながら視線を漂わせた。


「あんた霊界の人間だろ? この数日に見た夢、俺の予想通りなら、あれはあんたの身に起きたことなんだろ? あんたたちが戦ってた恐竜みたいな怪物。あれが、ジュラマ・ガザードなんだな?」


 男の驚く様子がハッキリと分かった。大きく見開いた瞳で、俺を見据えている。


「俺の記憶を見たのか? そこまで同調シンクロするって、かなりの相性なのか!? こいつは期待できそうだ!」


「浮かれる前に、話を進めてくれよ」


「そーだな。わりぃ、わりぃ」


 男は腕組みをしたまま頬をかいた。


霊魔大戦れいまたいせんで、俺は瀕死の重傷を負った。本気で死を覚悟したが、どうしても仕留めなきゃならねー相手が残ってたんだ。そこで俺は自分の肉体をあきらめ、奥の手を使って意識と力を保存した」


「意識と力を保存? あの黒いうろこにか?」


「てめー、どこまで知ってんだ?」


 疑心を含み、警戒の色を漂わせている。


「あんたの記憶が断片的に流れ込んできただけだ。けど、そこからは大体想像できる。鱗は爺ちゃんの手に渡り、お守りに姿を変えて俺へ受け継がれた……」


「その通りだ。ずっと待っていた。俺の声を聞き、力を解放してくれる奴を」


「それが俺だっていうのか!?」


「てめーが力を授かって、霊力が研ぎ澄まされたんだ。俺との対話が可能なレベルに達したんだよ。ただ頭痛は想定外。俺の言葉が痛みへ変わっちまったらしい」


 口端をもたげて笑う姿に、なんだか無性に腹が立ってきた。


「そんなこと、あんたが勝手に決めることじゃねぇだろ。それに、この体は俺のもんだ。あんたなんかに渡す気はねぇ!」


「待てよ。俺は話し合いにきたんだぜ。おまえ、アニキを助けたいんだろ?」


 痛いところを突いてきやがる。


「俺が力を貸してやる。悪魔だろうが楽勝だ。代わりに、俺が探してる悪魔を見つけるまで力を貸して欲しいんだ。さすがに肉体がないと、どうにもならねー」


 話を聞けば聞くほど胸のモヤモヤが強くなる。そして、眠っている間に取り戻した悪魔との戦いの記憶が蘇る。


「どうやって信用しろっていうんだ? また、体を奪うつもりじゃねぇのか? 昨日の戦いも、俺の意識はなくなって完全に支配されてた。あんなのはごめんだ」


「今は仕方ねーんだ。同調シンクロ率が低いから、俺がベースになっちまう。力の出力を均等に出来れば意識を共有できるんだが、俺も目覚めたばっかりで力の制御がうまくできねーんだ」


 男も困ったような顔で訴えかけてくる。

 ここまでの情報に偽りはなさそうだが、見た目も影響して胡散臭さが拭えない。 


「実戦は早いんじゃねぇのか? 力の加減を誤って、霊力を使い果たしただろ?」


「おめーの霊力があれだけしかねーなんて、思いも寄らなかったんだよ」


「そんな不安定な状態じゃ、とてもじゃねぇけど任せられねぇな」


「不安定? お互い様じゃねーのか? ヒャッハッ! 全てお見通しだぜ。おまえこそ、そんな状態で戦えんのか?」


 男の言葉に、心臓が暴れるように大きく脈打った。


「指輪がないのが何よりの証拠だ。おめーはビビってるのさ。戦うことから逃げようとしてるくらいなら、俺に体を貸せ」


 反論の余地などまるでない。


 くじけそうなこの心。逃げ出したいと叫ぶ本能。他力本願を求める欲望。昨日までの俺は死んだ。いっそこのまま、この暗闇に沈み込んでしまいたい。それが今のいつわりのない本心だ。


 朝霧やセレナさんと話した後、眠っている間に記憶を取り戻したが、まさか、この事件にアニキが関わっていて、人質にまでとられるなんてパニック寸前だ。


 今やアニキの命は俺たちにかかっているが、そんな大役が務まるとは思えない。


 具現者リアリゼーターの活動三日目。色々なことに情報処理が追いつかない。このままフリーズしてしまいたい。それが無理なら、俺の体をハイスペック・マシンに変えて再起動して欲しい。


 アニキを助けられる自信も保証もない。考えたくもないが、死という最悪の事態すら頭に浮かんでしまう。いっそ全てを捨てて、違う町へ逃げ出してしまいたい。


 そう。俺が全てを背負う必要はないんだ。きっと誰かが何とかしてくれる。


 悪魔を倒せたとしても、アニキが死んでしまうようなことにでもなれば、俺はこの先どんな顔をして生きればいいのか。


「とにかく、俺に期待したって無駄だ。うってつけの奴なら一人知ってるぜ。ちょっと変だけどな」


 言いながら思わず笑ってしまう。脳裏に浮かんだのはオタクの顔だ。


「残念だが、あきらめてもらうのは俺じゃねーんだ。封印を解いた相手から離れられないように条件付けられてんだ」


「ふざけんな。どこまで勝手なんだ!?」


 怒声をぶつけても、男は身じろぎ一つしない。だがその直後、男のまとう雰囲気が変化した。触れたら切り裂かれるような、怒気をはらんだ不穏な空気だ。


「自分勝手も大概にしろよ……」


 うつむき加減になっていた男。その前髪の隙間から、戦士としての闘気をまとった鋭い眼光が俺を射貫いた。  


 ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのことだろう。身動きができない。


「力が欲しいと願い、俺を解放したのはてめーだ。今更なかったことにしようだなんて、虫が良すぎるんじゃねーのか?」


 男は俺から視線を外すことなく、ゆっくりと近づいてくる。有名なホラー映画を観た時でさえ、これほどの恐怖を味わったことはない。その足取りが迫るごとに命を削られているような錯覚さえ。


 この場で殺されるんじゃないだろうか。直接手を下されずとも、視線だけで射殺いころされてしまいそうだ。

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